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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十二話 魔王(22)
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しかし直後、
「うっ!?」
分身が放ったある一撃に、隊長は焦りの声を漏らした。
曲刀を打たれたのだ。
手から弾き飛ばされることは無かったが構えを大きく崩された。
がら空きになる隊長の胸元。
立て直すよりも早く、分身の前蹴りがみぞおちに差し込まれる。
「っ!」
軽い。嗚咽を漏らすほどの一撃では無い。しかし電流のせいで筋肉が硬直する。動けない。構えを戻せない。
そして次の瞬間、人形がその開きっぱなしの胸元に向かって曲刀を振り上げている姿が隊長の瞳に映った。
(――あ)
その人形の構えに、隊長は不思議な感覚を抱いた。
懐かしいと感じた。同時に喪失感もある。
懐かしい理由はすぐに分かった。思い出した。
あの時の彼女とそっくりなのだ。彼女と練習組み手をしたあの時と。
あの時も今のように、曲刀を右肩にかつぐように大きく構えていた。彼女にはそういう癖があった。その構えから相手の反対側のわき腹に向けて斜めに振り抜く袈裟斬りを放つのがお約束だった。
少しでも加速を乗せるためにそうしていたのだろうが、俺は彼女がそうする度にいつも注意していた。隙が大きく読まれやすいからやめろと。
あの時もそうだった。君は今のように、俺の体勢を大きく崩すことに成功したのに、そんな大きな動きを選んでその好機を自ら潰した。
(だからあの時、俺は――)
悪戯心をくすぐられたから、「あんな意地悪なお返し」をしたんだ、ということを隊長は思い出した。
その記憶と共に隊長の体は動いていた。曲刀を右下に構えていた。
人形の刃が、左上から右下に向かって迫ってくる。
隊長はそれを迎え撃つように、曲刀を左上に振り上げ始めた。
人形のものとは真逆の、逆袈裟の軌道。
対となるその二つの軌道が交わる。
寸分違わず刃がぶつかり、重なり、二つの刃が一つの直線と成る。
相手の太刀筋の癖を良く知っているからこんな事が出来る。出来た。
そして、その様は正に芸術であった。
「……!」
だから魔王は表情を硬直させた。
その瞬間、魔王の心から愉悦の色は消えていた。
驚きと感動が魔王の心を埋めつつあった。
そしてその芸術には続きがあった。
あの時とは違うことが一つあった。
それは、
「雄ォッ!」
三日月を放つ、ということであった。
そしてそれは完全に同時であった。
一つの線となった二つの刃から放たれた三日月は瞬時に交わり、弾け、そして濁流となった。
衝突点から生まれた蛇が産みの親である鋼の刃を、そして二人の肉を削る。
隊長の曲刀が中ほどで折れ、蛇になぞられた左目がその色を失う。
人形の右腕が根元から切り飛び、高く舞い上がる。
隊長の左わき腹が引き裂かれ、中身が少しはみ出す。
人形の腹が真横に大きく割れ、上半身と下半身が別れる。
白い嵐とともに噴出す赤い華。
それはまるで芸術の締めとして行われたかのような、残酷な彩りであった。
「……?!」
だから魔王はすぐに気付けなかった。
感動という強い感情の隙を突かれていたことに。
しかし魔王の中で違和感は着実に膨らんでいった。
そしてその疑問の答えが言葉になる瞬間、
「まだだ!」
隊長の叫びが耳に飛び込んだ。
気が付けば、隊長は既に走り出していた。
真っ赤な体を見せ付けるように。
周りが白一色であるゆえに余計目立つ。
走れていることが不思議に思えるほどの傷。
「……っ!」
魔王の意識はその凄まじさに捕らわれた。
だがそれは一瞬だった。
魔王はすぐに気付いた。己を取り戻した。
これは精神汚染であると。
自分の思考能力を止めるためのものであると。
驚いている場合では無い、迎撃しなくてはならない。さっさと分身を手元に戻さなくてはならない。
その事に気付いた魔王は杖を構えようとしたが、
(いや、違う?!)
直後、魔王は正解に気付いた。
そして魔王はその答えを頭の中で言葉にした。
((仕掛けたのは二人!))
頭の中で響いたその声は魔王のものだけでは無かった。
隊長が教えたのだ。答えを。これは俺だけの力で出来たことではない、と。
その答えはいま考えるべきことでは無かったが、魔王の意識はその真実に引き摺られた。
隊長の声は続いた。
彼女が協力してくれたから出来たのだ、と。
そうだ。なぜすぐに気付かなかった。なぜ、「人形が女の悪癖を再現したのか」ということを。
女の魂は分身で砕いた。
しかしそれは完全では無かったのだ。
残ったわずかなカケラが隊長の中に隠れていたのだ。そして機をうかがっていたのだ。
だから女はあの動きを選んだのだ。我を感動で塗りつぶすために。その隙を突くために。
そしてその時点で女の魂は全ての力を使い果たし、消えた。
だから隊長の中で喪失感が沸きあがったのだ。
「貴様!」
その答えに、魔王は声を上げながら杖を輝かせた。
「うっ!?」
分身が放ったある一撃に、隊長は焦りの声を漏らした。
曲刀を打たれたのだ。
手から弾き飛ばされることは無かったが構えを大きく崩された。
がら空きになる隊長の胸元。
立て直すよりも早く、分身の前蹴りがみぞおちに差し込まれる。
「っ!」
軽い。嗚咽を漏らすほどの一撃では無い。しかし電流のせいで筋肉が硬直する。動けない。構えを戻せない。
そして次の瞬間、人形がその開きっぱなしの胸元に向かって曲刀を振り上げている姿が隊長の瞳に映った。
(――あ)
その人形の構えに、隊長は不思議な感覚を抱いた。
懐かしいと感じた。同時に喪失感もある。
懐かしい理由はすぐに分かった。思い出した。
あの時の彼女とそっくりなのだ。彼女と練習組み手をしたあの時と。
あの時も今のように、曲刀を右肩にかつぐように大きく構えていた。彼女にはそういう癖があった。その構えから相手の反対側のわき腹に向けて斜めに振り抜く袈裟斬りを放つのがお約束だった。
少しでも加速を乗せるためにそうしていたのだろうが、俺は彼女がそうする度にいつも注意していた。隙が大きく読まれやすいからやめろと。
あの時もそうだった。君は今のように、俺の体勢を大きく崩すことに成功したのに、そんな大きな動きを選んでその好機を自ら潰した。
(だからあの時、俺は――)
悪戯心をくすぐられたから、「あんな意地悪なお返し」をしたんだ、ということを隊長は思い出した。
その記憶と共に隊長の体は動いていた。曲刀を右下に構えていた。
人形の刃が、左上から右下に向かって迫ってくる。
隊長はそれを迎え撃つように、曲刀を左上に振り上げ始めた。
人形のものとは真逆の、逆袈裟の軌道。
対となるその二つの軌道が交わる。
寸分違わず刃がぶつかり、重なり、二つの刃が一つの直線と成る。
相手の太刀筋の癖を良く知っているからこんな事が出来る。出来た。
そして、その様は正に芸術であった。
「……!」
だから魔王は表情を硬直させた。
その瞬間、魔王の心から愉悦の色は消えていた。
驚きと感動が魔王の心を埋めつつあった。
そしてその芸術には続きがあった。
あの時とは違うことが一つあった。
それは、
「雄ォッ!」
三日月を放つ、ということであった。
そしてそれは完全に同時であった。
一つの線となった二つの刃から放たれた三日月は瞬時に交わり、弾け、そして濁流となった。
衝突点から生まれた蛇が産みの親である鋼の刃を、そして二人の肉を削る。
隊長の曲刀が中ほどで折れ、蛇になぞられた左目がその色を失う。
人形の右腕が根元から切り飛び、高く舞い上がる。
隊長の左わき腹が引き裂かれ、中身が少しはみ出す。
人形の腹が真横に大きく割れ、上半身と下半身が別れる。
白い嵐とともに噴出す赤い華。
それはまるで芸術の締めとして行われたかのような、残酷な彩りであった。
「……?!」
だから魔王はすぐに気付けなかった。
感動という強い感情の隙を突かれていたことに。
しかし魔王の中で違和感は着実に膨らんでいった。
そしてその疑問の答えが言葉になる瞬間、
「まだだ!」
隊長の叫びが耳に飛び込んだ。
気が付けば、隊長は既に走り出していた。
真っ赤な体を見せ付けるように。
周りが白一色であるゆえに余計目立つ。
走れていることが不思議に思えるほどの傷。
「……っ!」
魔王の意識はその凄まじさに捕らわれた。
だがそれは一瞬だった。
魔王はすぐに気付いた。己を取り戻した。
これは精神汚染であると。
自分の思考能力を止めるためのものであると。
驚いている場合では無い、迎撃しなくてはならない。さっさと分身を手元に戻さなくてはならない。
その事に気付いた魔王は杖を構えようとしたが、
(いや、違う?!)
直後、魔王は正解に気付いた。
そして魔王はその答えを頭の中で言葉にした。
((仕掛けたのは二人!))
頭の中で響いたその声は魔王のものだけでは無かった。
隊長が教えたのだ。答えを。これは俺だけの力で出来たことではない、と。
その答えはいま考えるべきことでは無かったが、魔王の意識はその真実に引き摺られた。
隊長の声は続いた。
彼女が協力してくれたから出来たのだ、と。
そうだ。なぜすぐに気付かなかった。なぜ、「人形が女の悪癖を再現したのか」ということを。
女の魂は分身で砕いた。
しかしそれは完全では無かったのだ。
残ったわずかなカケラが隊長の中に隠れていたのだ。そして機をうかがっていたのだ。
だから女はあの動きを選んだのだ。我を感動で塗りつぶすために。その隙を突くために。
そしてその時点で女の魂は全ての力を使い果たし、消えた。
だから隊長の中で喪失感が沸きあがったのだ。
「貴様!」
その答えに、魔王は声を上げながら杖を輝かせた。
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