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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十二話 魔王(19)

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(ならば!)

 隊長は己の刃を人形のものと同じくらい激しく発光させながら、活路を見出した。
 そして次の瞬間、その活路は言葉と成り、同時に隊長の体はそのように動き始めた。

(受けられないのであれば、流しながら避ける!)

 ほぼ真下に振り下ろされ始めた人形の刃に向かって丸みのある盾を構えながら、雪面を左に蹴る。
 直後にぶつかり合う二つの曲刀。
 接触箇所から伝わるいびつな振動を手に感じながら、隊長は丸みのある刃の上に人形の刃を滑らせた。
 大きく右に流れる人形の刃。
 その軌道の変化が自身の安全を確保するのに十分であることを、隊長は安堵感と共に確信したが、

「!?」

 次の瞬間にはその安堵感も消えた。

(切り返してくる?!)

 隊長は感じ取った。魔王がその一撃で濁流を放つのは止めたことを。こちらの回避行動を見て対応したのを。
 雪面に振り下ろした直後、刀身に込めた魔力はそのままに、左側に逃げたこちらに向かって振り上げるつもりだ。
 その一撃で三日月を、濁流を放つかどうかはまだ魔王も決めていない。しかし、確実に当てられると判断すれば、間違いなく撃ってくるだろう。
 そして恐らく、このままだとそうなる可能性が高い。

(どうすればいい!)

 止まったかのような緩慢な時間の中で、隊長の理性と本能、そして魂が議論を交わす。
 そのやり取りは激しく、誰が何を提案し、答えたのかすら分からなくなりそうなほどであった。
 しかしそれでも、隊長は最良と思われる答えを導き出した。
 その正解とは――

(回り込み!)

 人形の背後を取るように雪面を蹴り直す。
 魔王は人形のやや後方にいる。つまりこうすれば魔王を射線上に入れることが出来る。直線に走る三日月はもちろん、前に大きく広がる濁流も使いづらくなるはずだ。

「ふむ」

 確かに、とでも言うかのように、その動きに対して魔王が相槌を打つ。
 その直後、またしても人形の動きが変わった。

「っ!」

 隊長はそれを感じ取った。
 背中をこちらにぶつけようとするかのように、人形が後方に雪面を蹴ったのを。
 そして同時に体を捻り始めたのを。
 後ろに跳びながらの水平回転切りだ。

「くっ!」

 直後、隊長は同じく体を捻ってそれを迎え撃った。
 同じ型から放たれた二つの刃がぶつかり合う。
 この激突もやはり、隊長が勝った。
 押し負けた人形の姿勢が崩れる。
 ふらつくその様子を感じ取りながら、隊長は迷った。
 曲刀に込めた魔力を今解き放ち、人形の腕を斬り飛ばすべきかを。
 その迷いは一瞬で消えた。

「シャァッ!」

 この刀身に込めた魔力はやはり魔王に対して使うべきだと、隊長は判断した。
 雪面を蹴り直し、魔王の方に向き直りつつ、回転の速度を増す。
 隊長は勢いを増したその回転斬りを、三日月を魔王に向かって解き放とうとしたが、

「!」

 それは叶わなかった。
 金属音と共に生まれた光の粒子が隊長の視界を埋め尽くした。
 三日月を放つより早く、踏み込んできた魔王の刃に止められたのだ。
 競り合うように擦れる二つの刃。
 その接触点から、魔王の意識が流れ込んできた。
 今、我に向かって捨て身の一撃を放つかどうか迷ったな? と。
 だから我もお前と同じ気持ちになったぞ。厄介だ、と。

「くっ!」

 その言葉を忌々しく感じながら、隊長は曲刀を持つ腕に力を込めた。
 深い皺が刻まれた老人の腕ならば、押し切れるのではないかと思ったからだ。

「!」

 しかし次の瞬間、その考えはあきらめざるを得なくなった。
 想像以上に魔王の腕力が強かったのもあるが、最大の理由は復帰した人形が後方から切りかかってきたからだ。
 ここは仕切り直すべき、そう思った隊長は大きく距離を取るように左に雪面を蹴った。
 当然のように追ってくる人形。
 しかし魔王は動かず。
 三本目の足とした杖に体重を預け、休もうとしている。
 高みの見物とさせてもらおう、そんな言葉が隊長の頭の中に響いた。
 だがその言葉は隊長の意識には入らなかった。
 そんな余裕は無かった。人形は既に目の前。攻撃態勢を取っている。

「!?」

 瞬間、隊長は思わず後ずさった。
 人形が左拳を突き出してきたからだ。
 しかも完全に届かない距離。
 だが、この時後ずさったのは正解であった。

「なっ?!」

 直後、人形の腕が伸びた。そのように見えた。感じられた。
 それが違うことも、何であるかもすぐに分かった。
 取り付いている分身が拳の先から糸を伸ばしたのだ。
 この奇襲を隊長は防御魔法で受けた。

「っ!」

 驚かされたが、やはり軽い一撃。
 ゆえに隊長はすぐに反撃に移ろうとしたが、

「何っ?!」

 直後、隊長は先よりも強い驚きの声を上げた。
 人形が太陽を遮るように、こちらに覆いかぶさるかのように跳躍してきたのだ。
 しかし分身は下。雪の上に立っている。
 操作を放棄して女の体を投げつけた? 隊長は一瞬そう思った。

(いや、違う! これは!)

 操作は放棄されていない! 隊長はそれを感じ取った。
 曲刀を握る右手に糸が、魔王の魂が絡み付いている!
 右手を振り下ろせれば、濁流を放てれば後はどうでもいいということだろう。
 何にしても直撃はマズい、そう思った隊長は距離を取ろうとしたが、

「チィっ!」

 足を引っ掛けるかのように伸びてきた分身の糸がそれを邪魔してきた。
 曲刀から小さな三日月を放ち、その迫る糸を断ち切る。
 この時点で上からの攻撃を魔力を込めた曲刀で受ける選択肢は完全に消えた。
 だから隊長は膝の中で魔力を爆発させた。
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