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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十二話 魔王(14)

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 その言葉だけが、感情と共に目標の意識に染みこんだ。
 その感情が喜び、愉悦であることを理解した瞬間、

「ぐっ?!」

 目標の右足に鋭い痛みが走った。
 すねを蹴られた。上段に気を取られたその隙を付かれた。
 追撃される、その言葉が恐怖となるよりも早く、

「あがっ!」

 目標の顔は見上げるように空へ向いた。
 低姿勢で懐に潜り込んで来た偽者にアゴを打ち上げられたのだ。
 そして目標の目に映った空の色は鮮やかな青では無かった。
 白みがかっていた。
 それはアゴを強く打たれたことだけが原因では無かった。
 離れたところにいる仲間達にはそれが見えていた。
 目標を打ち上げた瞬間、偽者が「光った」のだ。
 視認出来るほどに、高い電流が流れたのだ。見逃されているが、大きな音を発する時もわずかに光っている。
 その閃光に、目標の目は眩んだのだ。
 そして同時に脳を激しく揺らされた目標は、わずかに残っていた判断力すら失っていた。
 それでも、目標は朦朧とした意識の中で体勢を立て直そうとした。目線を前へ向けなおした。
 だがその直後、

「!」

 視界を水平に切り裂くように、銀色の閃光が奔った。
 目の前にいる偽者の胴と腰が別れる。
 偽物ごと斬られたのだ。
 痛みからその傷の深さも分かった。
 これはもう助からない、ならば――

(せめてあと一撃!)

 目標は残った力の全てを右手にある曲刀に込めながら、背後に斬り抜けた魔王の方に振り返った。
 激しく発光する曲刀。
 我が最大の濁流をもって貴様を道連れに、目標はその思いとともに曲刀を振り上げたが、

「くッっっ!」

 その右腕が振り下ろされることは無かった。
 二つになった偽者に後ろから抱きつかれたのだ。
 そして、魔王は痙攣する目標に向かって笑みを浮かべながら口を開いた。

「いい覚悟だ。華々しく散らせてやる」

 言いながら、魔王は目標の額に杖の先端を押し当てた。
 これに、目標は、

「おのれ……!」

 無念さを吐き出すことしか出来なかった。
 そして次の瞬間、魔王は杖を輝かせた。
 先端から閃光が、白色が溢れる。
 その色は刹那の間を置いて爆発音と共に赤に変じた。

「ーーーーッ!」

 直後、場に叫びが響き渡った。
 それは声では無かった。頭は既に無くなっている。
 それは魂の叫びであった。
 その叫びはほとんど言葉の形を成していなかった。複数の感情を混ぜたものであった。
 最も目立つのは無念さ。
 その後ろに後悔。
 その後悔の中に、隊長への思いが含まれていた。
 その思いだけは言葉に変換することが出来た。
 それは、「強い思いを持てば、『手』を消すことが出来る」という助言であった。
 死の直前、彼は気付いたのだ。覚悟が汚染を吹き飛ばしていたことを。
 そして隊長はその思いを受け取った直後、

「魔王ーーッ!」

 叫んだ。
 そして走り出した。
 その心は同じように赤く燃えていた。
 部下が残した無念さが、命を弄ぶ(もてあそぶ)魔王の姿がその燃料となっていた。
 その顔は正に「鬼気迫る」という言葉を表したものであった。
 が、その顔を見ても魔王は笑みを崩さなかった。
 魔王は釣り上がったその口尻をさらにひきつらせるように、口を開いた。

「そうだ。より強い感情で、または相性の良い感情で己を上書きすれば汚染は解除出来る」

 そこで魔王は笑みを消し、言葉を続けた。

「だがお前は未熟だ。その感情に振り回されている。怒りを使うのであれば、それ相応の冷静さも必要なのだ。静かに熱くならねばならんのだ」

 怒りを利用して異なる汚染を仕掛けることが出来るのだ、魔王はそう隊長に教えてやった。
 しかし隊長はこの助言に応えなかった。出来なかった。
 だから隊長はただ走り続けた。
 その姿に魔王は落胆の表情を浮かべながら口を開いた。

「そうか、出来ないか。残念だ」

 そう言った直後、魔王はあることを思い出した。
 こんな事を始めたそもそもの理由だ。
 楽しむことばかりに執着して忘れてしまっていた。
 遊びで殺しすぎた。あと二人しかいない。狙撃要因はこれ以上近づいてこないだろう。
 この二人で本来の目的を済ませることにしよう、そう思った魔王は、

「では、もう疲れたのでな。遊びはここまでだ」

 終わりを宣言した。
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