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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十二話 魔王(13)

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 そして魔王は分身を身に纏いながら「杖」を構え、次の目標に向かって再び突進。
 それを見た隊長は、

「撃て!」

 と叫んだ。
 それしか言えなかった。
 それ以上の対策が浮かばないからだ。
 そして部下達は声に応じるまでもなく、既に援護の三日月を放っていた。
 狙撃隊からの援護もほぼ同時に始まった。
 しかし当たらない。
 火力が、密度が足りない。
 だから隊長は考えた。考えようとした。
 しかし出来なかった。

(くそ! なんだこれは!?)

 隊長は心の中で叫んだ。
 あるものを振り払うために。集中力を取り戻すために。
 だがその願いは叶わなかった。
 隊長の心は依然、「手」のようなものに掴まれていた。

 かつてアランはその感覚を「魅了」と表現したが、まさしくその通りであった。
 考え方の基本は魔王が言った通り「汚染」。別の感覚を植えつけるというもの。クラウスが放った「無明剣」と同じだ。
 しかしこの汚染は「無明剣」とは異なり、負の感情を基礎としたものでは無い。
 魔王が植えつけているものは「好奇心」。
 見てはいけないが見たい、見ている場合では無いが気になる、魔王はその感覚を利用しているのだ。
 この感覚は幅が広い。「恐怖」を基本とした「怖いもの見たさ」や、さらに「性欲」や「罪悪感」を利用した「背徳感」など様々だ。
 魔王は自身が知る限りのものを混ぜて使っており、この感覚に支配されたものは集中力を失う。つまり隊長は「気が散っている」のだ。深刻なレベルで。
 そして付け加えると「手」は魔王が見せているものではない。強度の汚染を受け、「見てはいけないが見なければならない」、という矛盾した感覚に陥った時にその「手」は現れる。「手」に心を掴まれているような感覚を覚える。
 これはただの錯覚である。脳が、魂が勝手にそのようなイメージを生み出すのだ。この世界の人間はそのように出来ている、ただそれだけの話である。

 では、アランが見たものも「錯覚」なのか?
 否。この世界には人間の錯覚を利用するものが存在する。

 そして、その感覚に汚染されているものは隊長だけでは無い。

「うおぉぉぉぉっ!」

 だから次の目標は迫る魔王に向かって必死で三日月を放った。連射した。それしか思いつかなかったからだ。
 しかし当たらない。避けられ、弾かれ、防がれる。
 引き撃ちしているが、その速度は緩慢。
 詰まる双方の距離。
 その間合いが三度の大きな踏み込みで消えるほどになった瞬間、魔王は仕掛けた。

「!」

 目標の眼前に偽者が迫る。
 これに目標は「外し」を仕掛けながら、曲刀を振り下ろし、三日月を放った。
 偽者の感覚を外すことに意味があるのだろうか、この時の目標にはそれを判断するほどの集中力すら無かったが、

「!?」

 瞬間、目標は感じ取った。
 偽者の感覚が瞬間的に回復したことを。
 本体が修正したのだ。
 わざわざ本体が修正したということは、この偽者はある程度「自動」で動いている? 外すにしても両方同時に仕掛けなければ意味が無い?
 そのような疑惑が目標の心に湧いたが、それを考える集中力も、そして時間も今の目標には無かった。
 そしてそのような集中力で放たれたゆえにか、三日月の軌道は完全に外れていた。
 ほぼ真下と言える軌道。
 しかしこの失敗が今回は功と成った。
 沼のように溶けた雪に叩き付けられた三日月は、派手なしぶきを上げながら少し潜り、そして弾けた。
 水面下から湧き上がる光る嵐。
 その小さな濁流は偽者を飲み込み、偽者を切り裂いた。
 ばらばらになる偽者。
 これで偽者は無力化した、後は本体だけ――そんな考えが安堵感と共に浮かんだが、

「!?」

 その思いは一瞬で泡沫と化した。
 偽者が再生したのだ。ばらばらになった部位が瞬く間に繋がったのだ。
 そして同時に声が頭の中に響き始めた。

「見ての通りそれは脆い」

 しかしその言葉は目標の意識には入らなかった。
 声と同時に攻撃されたからだ。

「!」

 偽者が放った「右拳」による一撃を、目標は防御魔法で受け止めた。
 電撃魔法による独特の炸裂音と同時に声が続く。

「ゆえに、我は簡単に治せるように設計した」

 偽者に重さが無いゆえか、その一撃は軽かった。
 しかし速い。
 そしてやはり、魔王の声は目標の意識には入らなかった。
 立て続けに左、再び右、さらに左と、攻撃されたからだ。聞く余裕など無かった。
 しかしそれでも声は続いた。

「よく出来てるだろう?」
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