292 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十二話 魔王(11)
しおりを挟む
「!」
その感覚は突然消えた。
そして気付けば、魔王は既に目の前。
反射的に部下は右手にある曲刀を肩の上に振り上げ、袈裟の軌道で振り下ろした。
三日月を叩き込むつもりだった。しかし、魔王の踏み込みの方が速かった。
刃は三日月を放つこと叶わず、魔王が前にかざした杖とぶつかり合った。
直後、
「?!」
部下は目を細めた。
視界は白一色。
それが、刃と杖の衝突点から生まれた閃光のせいだと気付いた瞬間、部下の腹部に鋭く熱い痛みが右から左へ一文字に走った。
「!?」
魔力を込めた杖で腹を打たれた? 白い世界の中で部下はそう判断した。
そして魔王の気配は真左を通り抜けようとしている。
後ろに回りこむつもりだ。
そうはさせぬと、体を左に鋭く半回転させる。
しかし次の瞬間、
「え?」
部下は間抜けな声を上げた。
「背中に」痛みが走ったからだ。
右脇腹から左肩へと鋭いもので撫でられた感覚。
なぜ? 部下の心はその言葉で埋まった。
そして直後に部下の視界は回復した。
前には誰もいない。
しかし気配は目の前に感じる。
(あ、これは――)
気付いた部下は再び振り返ろうとした。
しかしもう何もかも手遅れだった。
真横に裂かれた腹からは臓物が垂れ流されている。
背中も真っ赤。背骨まで断たれている。
もう戦える状態じゃない。振り向いても何も出来ない。
しかしそれでも部下は最後の力を振り絞って振り向いた。振り向かずにはいられなかった。
そして振り向いた先には、部下が想像した通りのものがあった。
それは杖を真上に、大上段に構える魔王の姿。
いや、それは杖では無かった。
(なぜ――)
なんでそんなものを持っている? それが言葉になるよりも早く、魔王はその手にあるものを、
「むんっ!」
振り下ろした。
「あがっ!」
部下の額から真下に赤い線が引かれ、腹にある横線と交差する。
まるで赤い逆十字を描くように。
「……っ」
そして部下は「それ」を凝視したままその場に崩れ落ちた。
「それ」は剣だった。
先ほどまでは杖だった。
それは俗に「仕込み杖」と呼ばれる武器。
刃を内包した杖だ。
なぜ魔王がこんな武器を使うのか。
魔王にもあったのだ。彼らと同じ頃が、若く弱かった頃が。自分よりも強いものと戦う機会が。
そんな戦いを生き残るために若き魔王は剣を手に取った。自身の弱さを補うために、硬い相手の防御魔法を突破するために、重量物を手に取る必要があったのだ。
意外にも、若き魔王が得意としていた戦闘方法は接近戦である。速度を乗せた重量物を叩き込み即座に離れる、いわゆる一撃離脱戦法だ。
だから魔王は老いてなお、雪の上を走る体力がある。
「……ふん」
そして魔王は苛立ちを滲ませた表情で刃についた血を振り払った。
自身の太刀筋が弱くなっていることを実感したからだ。
魔王はその醜い表情を維持したまま、刃を「納めた」。
凶器を隠していればその機構がなんであれ、「仕込み」という接頭語が付くが、魔王が所持している仕込み杖は至極単純なものであった。
はっきり言ってただの剣と変わらない。杖が「鞘」である。
先端が「柄」。握りやすいように指の形に合わせて波打った形状をしている。飾りに見せかけた「鍔」もちゃんと付いている。
「……」
そして魔王は表情を戻しながら隊長の方に意識を向けた。
「……っ!」
隊長はその光景に目を見開いていた。
だが、隊長の目線は、意識は部下の亡骸の方には向いていなかった。
隊長は直前の出来事を思い返していた。
目には、部下が斬られながら一回転しただけに見える。
部下は背後に回った「偽者」を追いかけてしまったのだ。
問題はそこだ。
なぜ、「幻」では無く「偽者」と表現してしまうのか。
その理由はすぐに分かった。
生々しいのだ。
魂の集合体である「偽者」から、筋肉の収縮や、血の巡り、心臓の鼓動が感じ取れるのだ。
それだけでは無い。足音もだ。人の形をした「偽者」がその足を降ろすたびに、「音」が発生していた。
そう、あれは確かに「音」だった。「耳」に届いた。
そのように魂が振動している? 魂を使ってよく似た「波」を生み出している?
いや、それは何かおかしい。
いくら集合体とはいえ、魂に「音」を生み出せるとは思えない。波の形状や振動数は合わせられても、耳が感知出来るほどの大きな波を出せるとは思えない。
本当にそんなことが可能ならば、この世界は耐え難いほどにうるさいはずだ。
(一体どうやって……?!)
瞬間、隊長は気付いた。
というより、魔王が見せた。気付かせた。
「偽者」はただの魂の集合体では無かった。
それは糸で、電撃魔法で結びついていた。
まるで透明な糸で編んだ人形。
その糸は魔王の手から伸びている。
透明な操り人形だ。
電気の力を使っているゆえに、「音」を出せる。
そして恐ろしいことに、この人形は「音の反射」まで再現している。「音」を受けると、即座に似た「波」を返している。
本当にそこに何かいるように感じられる。
しかし対抗手段はある。
隊長はそれを叫んだ。
「目を使え! 光の情報だけを信用しろ!」
と。
これに魔王は、
(それはいい対抗策だ)
と、心の声で賞賛を送ったが、
(だが、)
同時に警告も送った。
(我がこれまでに経験した戦いの中で、同じ対抗手段を思いついた奴が一人もいなかったと思うか?)
その感覚は突然消えた。
そして気付けば、魔王は既に目の前。
反射的に部下は右手にある曲刀を肩の上に振り上げ、袈裟の軌道で振り下ろした。
三日月を叩き込むつもりだった。しかし、魔王の踏み込みの方が速かった。
刃は三日月を放つこと叶わず、魔王が前にかざした杖とぶつかり合った。
直後、
「?!」
部下は目を細めた。
視界は白一色。
それが、刃と杖の衝突点から生まれた閃光のせいだと気付いた瞬間、部下の腹部に鋭く熱い痛みが右から左へ一文字に走った。
「!?」
魔力を込めた杖で腹を打たれた? 白い世界の中で部下はそう判断した。
そして魔王の気配は真左を通り抜けようとしている。
後ろに回りこむつもりだ。
そうはさせぬと、体を左に鋭く半回転させる。
しかし次の瞬間、
「え?」
部下は間抜けな声を上げた。
「背中に」痛みが走ったからだ。
右脇腹から左肩へと鋭いもので撫でられた感覚。
なぜ? 部下の心はその言葉で埋まった。
そして直後に部下の視界は回復した。
前には誰もいない。
しかし気配は目の前に感じる。
(あ、これは――)
気付いた部下は再び振り返ろうとした。
しかしもう何もかも手遅れだった。
真横に裂かれた腹からは臓物が垂れ流されている。
背中も真っ赤。背骨まで断たれている。
もう戦える状態じゃない。振り向いても何も出来ない。
しかしそれでも部下は最後の力を振り絞って振り向いた。振り向かずにはいられなかった。
そして振り向いた先には、部下が想像した通りのものがあった。
それは杖を真上に、大上段に構える魔王の姿。
いや、それは杖では無かった。
(なぜ――)
なんでそんなものを持っている? それが言葉になるよりも早く、魔王はその手にあるものを、
「むんっ!」
振り下ろした。
「あがっ!」
部下の額から真下に赤い線が引かれ、腹にある横線と交差する。
まるで赤い逆十字を描くように。
「……っ」
そして部下は「それ」を凝視したままその場に崩れ落ちた。
「それ」は剣だった。
先ほどまでは杖だった。
それは俗に「仕込み杖」と呼ばれる武器。
刃を内包した杖だ。
なぜ魔王がこんな武器を使うのか。
魔王にもあったのだ。彼らと同じ頃が、若く弱かった頃が。自分よりも強いものと戦う機会が。
そんな戦いを生き残るために若き魔王は剣を手に取った。自身の弱さを補うために、硬い相手の防御魔法を突破するために、重量物を手に取る必要があったのだ。
意外にも、若き魔王が得意としていた戦闘方法は接近戦である。速度を乗せた重量物を叩き込み即座に離れる、いわゆる一撃離脱戦法だ。
だから魔王は老いてなお、雪の上を走る体力がある。
「……ふん」
そして魔王は苛立ちを滲ませた表情で刃についた血を振り払った。
自身の太刀筋が弱くなっていることを実感したからだ。
魔王はその醜い表情を維持したまま、刃を「納めた」。
凶器を隠していればその機構がなんであれ、「仕込み」という接頭語が付くが、魔王が所持している仕込み杖は至極単純なものであった。
はっきり言ってただの剣と変わらない。杖が「鞘」である。
先端が「柄」。握りやすいように指の形に合わせて波打った形状をしている。飾りに見せかけた「鍔」もちゃんと付いている。
「……」
そして魔王は表情を戻しながら隊長の方に意識を向けた。
「……っ!」
隊長はその光景に目を見開いていた。
だが、隊長の目線は、意識は部下の亡骸の方には向いていなかった。
隊長は直前の出来事を思い返していた。
目には、部下が斬られながら一回転しただけに見える。
部下は背後に回った「偽者」を追いかけてしまったのだ。
問題はそこだ。
なぜ、「幻」では無く「偽者」と表現してしまうのか。
その理由はすぐに分かった。
生々しいのだ。
魂の集合体である「偽者」から、筋肉の収縮や、血の巡り、心臓の鼓動が感じ取れるのだ。
それだけでは無い。足音もだ。人の形をした「偽者」がその足を降ろすたびに、「音」が発生していた。
そう、あれは確かに「音」だった。「耳」に届いた。
そのように魂が振動している? 魂を使ってよく似た「波」を生み出している?
いや、それは何かおかしい。
いくら集合体とはいえ、魂に「音」を生み出せるとは思えない。波の形状や振動数は合わせられても、耳が感知出来るほどの大きな波を出せるとは思えない。
本当にそんなことが可能ならば、この世界は耐え難いほどにうるさいはずだ。
(一体どうやって……?!)
瞬間、隊長は気付いた。
というより、魔王が見せた。気付かせた。
「偽者」はただの魂の集合体では無かった。
それは糸で、電撃魔法で結びついていた。
まるで透明な糸で編んだ人形。
その糸は魔王の手から伸びている。
透明な操り人形だ。
電気の力を使っているゆえに、「音」を出せる。
そして恐ろしいことに、この人形は「音の反射」まで再現している。「音」を受けると、即座に似た「波」を返している。
本当にそこに何かいるように感じられる。
しかし対抗手段はある。
隊長はそれを叫んだ。
「目を使え! 光の情報だけを信用しろ!」
と。
これに魔王は、
(それはいい対抗策だ)
と、心の声で賞賛を送ったが、
(だが、)
同時に警告も送った。
(我がこれまでに経験した戦いの中で、同じ対抗手段を思いついた奴が一人もいなかったと思うか?)
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。


魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる