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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十二話 魔王(11)

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「!」

 その感覚は突然消えた。
 そして気付けば、魔王は既に目の前。
 反射的に部下は右手にある曲刀を肩の上に振り上げ、袈裟の軌道で振り下ろした。
 三日月を叩き込むつもりだった。しかし、魔王の踏み込みの方が速かった。
 刃は三日月を放つこと叶わず、魔王が前にかざした杖とぶつかり合った。
 直後、

「?!」

 部下は目を細めた。
 視界は白一色。
 それが、刃と杖の衝突点から生まれた閃光のせいだと気付いた瞬間、部下の腹部に鋭く熱い痛みが右から左へ一文字に走った。

「!?」

 魔力を込めた杖で腹を打たれた? 白い世界の中で部下はそう判断した。
 そして魔王の気配は真左を通り抜けようとしている。
 後ろに回りこむつもりだ。
 そうはさせぬと、体を左に鋭く半回転させる。
 しかし次の瞬間、

「え?」

 部下は間抜けな声を上げた。
「背中に」痛みが走ったからだ。
 右脇腹から左肩へと鋭いもので撫でられた感覚。
 なぜ? 部下の心はその言葉で埋まった。
 そして直後に部下の視界は回復した。
 前には誰もいない。
 しかし気配は目の前に感じる。

(あ、これは――)

 気付いた部下は再び振り返ろうとした。
 しかしもう何もかも手遅れだった。
 真横に裂かれた腹からは臓物が垂れ流されている。
 背中も真っ赤。背骨まで断たれている。
 もう戦える状態じゃない。振り向いても何も出来ない。
 しかしそれでも部下は最後の力を振り絞って振り向いた。振り向かずにはいられなかった。
 そして振り向いた先には、部下が想像した通りのものがあった。
 それは杖を真上に、大上段に構える魔王の姿。
 いや、それは杖では無かった。

(なぜ――)

 なんでそんなものを持っている? それが言葉になるよりも早く、魔王はその手にあるものを、

「むんっ!」

 振り下ろした。

「あがっ!」

 部下の額から真下に赤い線が引かれ、腹にある横線と交差する。
 まるで赤い逆十字を描くように。

「……っ」

 そして部下は「それ」を凝視したままその場に崩れ落ちた。
「それ」は剣だった。
 先ほどまでは杖だった。
 それは俗に「仕込み杖」と呼ばれる武器。
 刃を内包した杖だ。
 なぜ魔王がこんな武器を使うのか。
 魔王にもあったのだ。彼らと同じ頃が、若く弱かった頃が。自分よりも強いものと戦う機会が。
 そんな戦いを生き残るために若き魔王は剣を手に取った。自身の弱さを補うために、硬い相手の防御魔法を突破するために、重量物を手に取る必要があったのだ。
 意外にも、若き魔王が得意としていた戦闘方法は接近戦である。速度を乗せた重量物を叩き込み即座に離れる、いわゆる一撃離脱戦法だ。
 だから魔王は老いてなお、雪の上を走る体力がある。

「……ふん」

 そして魔王は苛立ちを滲ませた表情で刃についた血を振り払った。
 自身の太刀筋が弱くなっていることを実感したからだ。
 魔王はその醜い表情を維持したまま、刃を「納めた」。
 凶器を隠していればその機構がなんであれ、「仕込み」という接頭語が付くが、魔王が所持している仕込み杖は至極単純なものであった。
 はっきり言ってただの剣と変わらない。杖が「鞘」である。
 先端が「柄」。握りやすいように指の形に合わせて波打った形状をしている。飾りに見せかけた「鍔」もちゃんと付いている。

「……」

 そして魔王は表情を戻しながら隊長の方に意識を向けた。

「……っ!」

 隊長はその光景に目を見開いていた。
 だが、隊長の目線は、意識は部下の亡骸の方には向いていなかった。
 隊長は直前の出来事を思い返していた。
 目には、部下が斬られながら一回転しただけに見える。
 部下は背後に回った「偽者」を追いかけてしまったのだ。
 問題はそこだ。
 なぜ、「幻」では無く「偽者」と表現してしまうのか。
 その理由はすぐに分かった。
 生々しいのだ。
 魂の集合体である「偽者」から、筋肉の収縮や、血の巡り、心臓の鼓動が感じ取れるのだ。
 それだけでは無い。足音もだ。人の形をした「偽者」がその足を降ろすたびに、「音」が発生していた。
 そう、あれは確かに「音」だった。「耳」に届いた。
 そのように魂が振動している? 魂を使ってよく似た「波」を生み出している?
 いや、それは何かおかしい。
 いくら集合体とはいえ、魂に「音」を生み出せるとは思えない。波の形状や振動数は合わせられても、耳が感知出来るほどの大きな波を出せるとは思えない。
 本当にそんなことが可能ならば、この世界は耐え難いほどにうるさいはずだ。

(一体どうやって……?!)

 瞬間、隊長は気付いた。
 というより、魔王が見せた。気付かせた。
「偽者」はただの魂の集合体では無かった。
 それは糸で、電撃魔法で結びついていた。
 まるで透明な糸で編んだ人形。
 その糸は魔王の手から伸びている。
 透明な操り人形だ。
 電気の力を使っているゆえに、「音」を出せる。
 そして恐ろしいことに、この人形は「音の反射」まで再現している。「音」を受けると、即座に似た「波」を返している。
 本当にそこに何かいるように感じられる。
 しかし対抗手段はある。
 隊長はそれを叫んだ。

「目を使え! 光の情報だけを信用しろ!」

 と。
 これに魔王は、

(それはいい対抗策だ)

 と、心の声で賞賛を送ったが、

(だが、)

 同時に警告も送った。

(我がこれまでに経験した戦いの中で、同じ対抗手段を思いついた奴が一人もいなかったと思うか?)
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