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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十二話 魔王(9)

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 耳に残るその声と共に、太陽を背負った男の影が煌く。
 後光よりも眩しく。
 手先から溢れたその煌きは、線の形を成した。
 太陽を遮る自身の影を両断するかのように、縦に、真っ直ぐに描かれた。
 切り裂くように、飲み込むように、線と散弾がぶつかり合う。

「ほう」

 瞬間、魔王は感嘆の声を漏らした。
 瞬時に、男の生存を確信したからだ。
 男は散弾を切り裂いたわけでは無かった。
 男の線に魔王の弾を切る力は無かった。そも、二つに分けても意味が無い。
 だから男は受け流した。
 弾を選んで「撫でた」のだ。
 そうして男は弾の軌道を変え、自身がすり抜けられる隙間を作ったのだ。
 それは賞賛すべき判断力であった。下手に受けようとすれば終わっていただろう。
 だから魔王は、

「いいぞ! そうでなくては!」

 興奮の声を上げながら着地する男に向かって踏み込んだ。
 近くで顔を見たいと思ったからだ。
 何より、近くで「やり合いたい」と思ったからだ。
 そして、魔王のその踏み込み速度は男と同等であった。
 その速度の秘密はやはり足に見えた。
 足裏から防御魔法が展開されている。
 単純に接地面積を大きくすることで単位面積あたりの雪に対しての加重を減らし、足が沈まぬようにしているのだ。
 そしてその形状は細長い。
 滑走性を増すためだ。
 そう、この走行術は我々が知るスケーティング技術となんら変わらない。
 違うのは、光魔法と雪の間に斥力(せきりょく)が働くため、加速性が非常に高いこと。
 男が使っている高速移動技術も同じ。
 そうだ。この世界において、足裏からの魔力放射能力を発達させるスポーツの一つは、スキーだ。
 ゆえに、雪国の人間は足で魔法を使える者が多い。
 だから、魔王は「たったの五人か」と思った。
 そして魔王はその理由を先ほど知った。
 男の手に握られている剣が、この国では見慣れないものであったからだ。
 その刀身は大げさなほどに丸みを帯びていた。
 それは曲刀。撫で斬ることに特化した剣であった。
 そして直後に魔王の望みは叶った。
 男と魔王の視線が交錯する。
 男の顔は目元以外が白い布で覆われているため、傍目にはその表情は窺い知ることが出来ない。
 しかし魔王は感じ取った。
 大きな緊張と、それを凌駕する強い覚悟の意思を。
 対し、魔王の顔に浮かんでいるのは表情は愉悦。期待の色を含んだもの。
 服装の色が対照的であるゆえにより際立つ。
 男は全身白。雪の中に身を隠すための色。
 対し、魔王は黒装束。隠密性を無視した色。
 対照的なその二人の意識の交錯は、一瞬で終わった。
 男が加速して視線を外したからだ。
 迫ってくる魔王を振り切ろうとするかのように。
 丘の上から飛び出してきた時よりも速い。
 一度も減速していないからだ。着地の時すらもである。
 しかし魔王との距離はみるみる縮まっていった。
 あと五秒もすればぶつかり合う距離。
 魔王の方が速いからでは無い。
 男の動き方が魔王を中心とした時計回りだからだ。
 魔王の動きは単純な直線。
 まっすぐ男を追いかける魔王の心は「突撃」という単語で埋まっていた。
 魔王は昂ぶるその心に身をゆだね、

「そおら、いくぞっ!」

 心のおもむくままに、杖を水平に振るった。
 そして放たれたのは大量の光る糸。
 光魔法を練りこまれた電撃魔法の束だ。
 触れただけで感電死しそうな太さ。
 速度が出ている状態でなぎ払うように放たれたゆえに、その形状は綺麗な三日月であった。
 これに対し男は、

「ジャアァッ!」

 同じく、曲刀から三日月を放った。
 しかしその軌道は斜め下。
 ゆえに三日月は直後に雪面へ着弾。
 立ち昇る雪の柱と共に、光る濁流があふれ出る。
 嵐と化した刃が雷蛇を飲み込み、切り裂く。

「ふんっ」

 しかし、魔王はそれを鼻で笑った。
 視線を上に向けながら。
 魔王の意識は濁流の方には一切向いていなかった。
 濁流は脅威では無いと分かっていた。
 雷蛇とぶつかり合った時点で、その威力のほとんどを失っている。
 残りかすが多少飛んでくるが、これは防御魔法でどうとでもなる。
 しかし、なぜ「上」なのか?
 魔王は気付いていた。
 三日月が雪面に着弾した直後、男が体を右に鋭く傾け、曲刀を雪に突き刺しながら急減速したことを。
 感知したわけでは無い。これは単純な経験則。
 そして同時に、魔王の意識は一瞬右に向いた。
 走り続ける男の幻影を追いかけるように。
 しかし魔王はそれが男が仕掛けてきた感覚汚染であることを経験から知っていた。
 だから破るまでも、感覚を修正するまでも無く、魔王は反射的に視線を上に向けられた。
 そして思った通り、男の姿はそこにあった。
 減速した後、魔王の頭上を越えるように跳躍したのだ。
 わざわざ三日月を下に放ったのは、雪の柱と濁流で身を隠すため。
 男と魔王の視線が再び交錯する。
 瞬間、

「シャラァッ!」

 男は気勢と共に、曲刀を振るった。
 振り上げるように、顔面を縦に撫でるように。
 しかし直後に散ったのは鮮血では無く火花。
 刃が撫でたのは皺だらけの肌では無く、杖。
 魔王はその衝撃を手に感じながら、心の声を送った。
 残念だが、それはよくある手だ、と。

「そして――」

 頭上を飛び越えた男に向かって、魔王は口を開いた。
 着地する男に向かって杖を向けながら、声を上げた。

「そんなありふれた手で獲れるほど、我の首は安く無いぞ!」

 叫びながら、魔王は杖を輝かせた。
 先端から光弾が放たれる。
 単発では無い連射。

「ッ!?」

 その数に、男は顔を歪ませた。
 視界が埋まるほどの数。
 まるで部隊から制圧射撃を受けているかのよう。
 しかしやはり精度は低い。
 杖が向いている方向の通りに、まっすぐ飛んでいる光弾の数はそれほど多くない。
 だから男は下手に左右に動かず、魔王から離れることを優先しながらこれを受けた。
 が、

「くっ!」

 男の口から苦悶の声が漏れた。
 直撃したわけでは無い。撫でられただけ。
 しかし、それだけで白い布ごと皮膚を持っていかれたのだ。

「「チィっ」」

 直後、魔王と男、二人の口から同時に舌打ちの音が漏れた。
 魔王が舌打ちした理由は、もっと派手な赤色を期待していたからだ。
 対し、男が舌打ちした理由は避けきれなかったからでは無い。
 感覚汚染が効かなかったからだ。
 だからこんな窮地に見舞われた。
 いや、効かなかったという表現は正しくない。
 復帰が異常に早いのだ。ほぼ瞬間的に回復している。
 感覚汚染に慣れているとしてもおかしい。

(それに――)

 それだけでは無いのだ。
 感覚汚染を仕掛けた時に、奇妙な感じがしたのだ。
 まるで、『魔王が二人いたような』――

「!?」

 瞬間、男の背筋は凍りついた。
 突如、魔王が攻撃の手を止めて笑みを浮かべたからだ。
 おぞましい笑み。
 まるで、獣のような――

(そうだ、それだ)

 あれに似ている。獲物を追い詰めた肉食獣の目に。
 圧倒的優位に立つものだけが浮かべられる表情。
 それだけじゃない。あれは、あの目は愉悦の色も含んでいる。
 命を弄ぶ子供のような目。
 だから恐ろしい。おぞましい。
 なぜそんな表情を浮かべる?! どうしてそんな目が出来る?!

 なぜか――

 魔王は嬉しかったのだ。本当に。
「二人いる」と感じてくれたことに。
 だから魔王は思った。今の反撃で終わらなくて良かった、と。
 だから攻撃の手を止めた。
 だから見せてやろうと思った。

(ちょうど、お仲間も到着したようだしな)

 そんな事を考えながら、魔王は再び走り始めた。
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