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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十一話 三つ葉葵の男(17)

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 奇しくも、女が選んだ手は雲水と同じ複眼。
 しかし対照的。雲水が体の制御を個々の複眼に任せているのに対し、女の複眼はあくまで情報収集のみ。

「……」

 そして二人は虫を体に身に纏ったまま、にらみ合った。
 女は雲水が来るのを待っている。
 応えるまでも無く、雲水は攻める気だ。
 が、雲水は迷っていた。
 正確には、複眼達が動くのを躊躇していた。
 複眼達はなんとなく感じていた。このまま攻めるのはマズいのではないか、と。
 珍しく全ての複眼の意見が一致したゆえに、雲水の体は動かないのだ。
 だから複眼達は本体に、剣にそれを訴えた。

「……」

 その声は届き、雲水は静かに意識を戻した。
 そして、それを感じ取った女は賞賛の念を抱いた。

(そうだ……それで正解だ。『今の状態の私』と戦うには、いざという時に全体をまとめられるやつが、まともに考えられるやつが一人はいないと話にならない)

 しかしそれでも不利がつくぞ――女がその言葉を心の中でつむぐよりも早く、雲水は地を蹴った。
 女の瞳に映っている雲水の像が「ずい」と迫り、大きくなる。
 その初動は雲水自身が考えて起こしたものであるゆえに、無駄が無く、そして隙も少ない、良い踏み込みであった。
 が、直後に見せた攻撃動作は一転して奇怪なものであった。
 雲水の意識が直接つながっている右腕が突きを放とうと伸び始めた、そこまでは良かった。
 しかし左腕がその動きにちゃんとついていけなかった。その遅れが逆に引っ張る力となって、突きを弱くしてしまっている。
 そして足はもっと酷い。上半身の動きとまったくかみ合っていない。減速するのが早すぎる。そのせいで上半身だけが前に倒れるかのように飛び出している。

「……」

 その奇妙な動きに女は半ば呆れつつも、左に地を蹴りながら右に払うように針を振るった。
 女の足裏が地の上を滑り、針が突きの軌道を反らし始める。
 直後、

「!」

 雲水の動きはさらに奇怪なものに変わり始めた。
 両足が地から離れたのだ。
 小さな跳躍をしようとしているように見える。
 同時に、雲水の背が大きく反り始めた。
 突きの軌道は下向きに。
 剣を地面に突き立てて逆立ちしようとしているかのような動き。
 腰が地に対して水平になったあたりで、その動きにさらなる変化が。
 軸である背骨が曲がり、足裏が女の方に向けられたのだ。
 これはつまり、体を縦に回転させて踵を相手に叩き込むという、いわゆるあびせ蹴り、

(……なのか?)

 と、女は自分の考えに疑問を抱きながら雲水の奇妙な動きを眺めた。
 足はこれを狙っていたから上半身とかみ合わなかったのかもしれない、などという思考を巡らす余裕すら女にはあった。
 雲水の足裏はゆっくりと弧を描きながら迫ってきている。
 そう、「ゆっくりと」だ。
 女は複眼から得られる大量の情報と高速演算が生み出す緩慢な世界にいるのだ。
 そんな状態の相手に対して、こんな動作の大きい攻撃が通用するわけがない。大きな隙を晒しているだけだ。
 確かに、動きを読みにくくはなった。体を操作する司令官が増えたのだから当然だ。完全に読もうと思ったら全ての複眼の思考を監視するしかない。
 しかし今の雲水相手にそんな面倒な事をする必要は無い。動きに無駄があり、遅いのだから見てから対処すればいい。つまり、同じ複眼を使って「見(けん)」からの「後の先」に徹すればいいのだ。
 結局は雲水がこの技を使いこなせていないことが原因である。が、女はその未熟さを無礼と受け取った。
 愚かな攻撃には冷たい反撃を。そう思った女はあびせ蹴りを左手の防御魔法で受け止め、がら空きになっている雲水の背中にその防御魔法を叩きつけた。

「ぐっ!?」

 背中が軋む音と共に吹き飛ぶ雲水。
 間も無くその体は痛々しく地面の上を滑ったが、雲水はすぐに立ち上がった。
 しかしその時既に女は目の前。
 女は雲水が構えを整えるよりも早く、針を突き出した。
 狙いは正中。雲水の胸の中心。
 心臓付近に迫るその銀色の先端に、雲水は、

「!?」

 まともに動けなかった。
 これもそう。対処法の一つであり、弱点の一つ。これがあるゆえに相手の回避先を読む必要が無い。
 この攻撃は左右、どちらに逃げてもいい。
 だが雲水はそのどちらにも動こうとしていない。
 左足は右に、右足は左に跳ぼうとしているからだ。
 ぶつかりあった力は逃げ場を求めるように後ろへ。
 結果、雲水の動きは後退になっている。
 だがその速度は迫る先端に比べれば緩慢。
 ゆえに雲水は刀で迎え撃った。それしか無かった。
 迫る針とそれをなぎ払おうとする刃、二つの鋼がぶつかり合う。
 瞬間、

「っ!?」

 刃と針の動きはそこでぴたりと止まった。
 鍔迫り合いの時と同じ。電撃魔法による拘束。
 そして女は雲水の刃を捕まえたまま、左足に魔力を込めた。
 輝き始めたその爪先が地を押し、かかとが浮き上がる。
 雲水はその動きが蹴りの初動であることを察し、刹那の間を置いてその軌道を読んだ。
 女の狙いはやはり武器破壊。
 電撃魔法で固定した刃を蹴り砕くつもりだ。
 どうする? 雲水がそれを考えるよりも早く、右足が勝手に動いた。
 蹴りの軌道を変えようと、前へ飛び出す雲水の右足。
 それを見た女は蹴りの目標を変えた。
 女の意識が刀から雲水の腹へと移る。
 魔力の通っていない右足では止められない、そう判断したのか、今度は左手が動いた。
 光る手の平と輝く足裏がぶつかり合う。

「がっは!」「ぐっ!」

 直後、二人は同時に悲鳴を漏らした。
 女が放った前蹴りは雲水の左手ごと腹に押し込んでいた。
 その圧迫感に、雲水は嗚咽を漏らした。
 そして、女の腹にも同じように雲水の右足がねじこまれていた。
 左手が動いたことを察した右足が目標を変えたのだ。

「「げ、ごほっ」」

 刃と針が離れ、同じ嗚咽を漏らしながら後ろによろめく。
 この時、雲水は察し、そして学んだ。
 この女に対し、この手は奇策にならないことを。この女はこの技のことをよく知っている。
 なぜだ。
 まさか、これがそうなのか? この技術の先に混沌があるのか?
 わからない。
 もしそうだとしても、この戦いでその域に辿り着けるとは思えない。
 しかし、だからといってこの手が全く使い物にならないというわけでもない。
 咄嗟の防御に使う限りにはこの手は悪くない!
 そう思った雲水は、

「雄雄ォッ!」

 嗚咽の唾液を気勢に変え、女に向かって踏み込んだ。
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