Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十一話 三つ葉葵の男(11)

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 その時既に嵐は目の前。
 宣言よりも早く雲水は動いていた。先手を取ったのだ。
 相手の準備を律儀に待つ義理など無い。女が試行錯誤しているうちに雲水は魔力を刀に溜め、それを居合いで放ったのだ。
 かなり規模の大きい嵐。
 左右への回避はもう間に合わない。
 しかも一撃では終わらない。雲水は連射しようとしている。
 が、女には避けるつもりなど最初から無かった。
 雲水が魔力を溜めていたのも当然分かっていた。
 あえて受けようと思ったのだ。この武器の使い心地を試すにはちょうどいいと思ったからだ。
 だから女は、

「疾ッ!」

 嵐に向かって踏み込んだ。
 気勢と共に放たれた一撃が一本の閃光となって嵐に突き刺さる。
 嵐を形成する光る刃の何本かがちぎれ飛び、粒子となって掻き消える。
 しかしその程度でこの濁流は止まらない。
 その細い首を切り飛ばさんと、光る刃が迫る。

「破ッ!」

 女はそれを光る左手で叩き払いながら、右拳を再び繰り出した。
 あまりの速度に霞む右拳。
 しかしその針が描く光の直線は対照的に鮮明。
 幾重にも描かれる閃光が嵐を次々切り裂いていく。
 左右から迫る光る曲線は左手で叩き払い、時に避ける。

「雄雄雄ォッ!」

 その激しさの中で、女は自然に叫んだ。
 その叫びに呼応するかのように、女の手が早まる。
 幾重にも重なる閃光と光の粒子が女の視界を埋め尽くす。
 その白い世界での攻防は、まるで永遠に続くかのように長く感じられた。
 が、その夢のような時間にも終わりのきざしが見え始めた。
 女の目に新たな色が、赤色が映り込んだのだ。
 空だ。夕焼けの色だ。
 それはつまり、この嵐を抜けつつあるということ。
 もう終わってしまう。

(ならば――)

 最後は派手な動きで、そう思った女は、

「せぇやっ!」

 輝く右足でなぎ払うように一閃した。
 光が消し飛び、大きな夕焼け色が女の視界に飛び込む。
 その色の鮮やかさは女の心をさらに熱くした。
 一瞬遅れて前方にいる雲水の姿が映りこむ。
 これからどうしようか、などと考えるまでも無かった。

「ゥ雄ォッ!」

 体の中から湧き上がる熱に突き動かされるまま、女は獣のように突進した。
 しかし場に響いた地を蹴る音は二つ。
 雲水もまた同時に、居合いの構えを維持したまま飛び出していた。
 二人の距離は瞬く間に縮まり、

「斬!」「破ッ!」

 輝く曲線と直線が交錯した。
 先のぶつかり合いと同じように甲高い金属音が鳴り響き、火花が散る。
 しかし今回は揺るがない。女の体勢は崩れない。
 崩されたのは逆。雲水の方。
 それにより、斬撃と同時に放たれた三日月はあさっての方向に。
 だが、雲水は退かない。
 即座に振り抜いた手首を返し、再び斬撃を放つ。
 再び交錯する刃と針。
 再び散る火花。
 ふらつく雲水。外れる三日月。
 先と同じ結果。
 しかしその交錯は針の方がわずかに速く見えた。
 斬撃の繰り返しではいつか詰められる、そう思った雲水は手首を返した勢いを利用して刃を顔のそばに引き寄せ、水鏡流本来の構えに戻した。
 直後に鋼が再び交錯。
 しかし今度は同じ直線同士。
 擦れたような音が響き、小さな火花が散る。
 その速度は五分に見えた。
 負けじと二人が同時に手を出す。
 再び二閃。
 しかし五分。
 まだまだ、そんな思いをどちらかが、いや、双方が鋼に込めながら一閃。
 だが、やはり五分。
 ぶつかり合った思いの強さも同じ。
 肌から伝わるその思いが、互いの心の火を強くする。

「雄雄雄ォッ!」「でぇやあああッ!」

 そして同時に二人は叫び始めた。
 二人の間に光の線が幾重にも折り重なる。
 まるで糸を編むかのように。
 かつてのアランとリックのように。
 もっと速く、もっと前へ。
 そんな思いが肌を通して双方に伝わる。
 描かれる光の芸術がさらに加速する。
 閃光と火花で埋め尽くされる二人の視界。
 しかしその攻防は繊細。
 女の狙いは武器破壊。
 突き折らんと針を繰り出している。
 しかし直撃しない。触れることは出来ても受け流される。擦れるのみ。
 そして対する雲水の狙いは小手。
 針を握るその手を突き裂かんと刃を繰り出している。
 しかし当たらない。寸前のところでするりと逃げられる。
 刃が擦れた時に軌道を変えられている。
 互いの攻と防が綺麗に噛み合っている。
 そして同時に気付く。
 これは速さ比べでは無い。力比べであると。
 擦れ、せめぎ合う鋼。その押し合いを先に有利なように崩した方が勝ちであることを。
 その思いが肌を通して双方に伝わった瞬間、

「「破ッ!」」

 二人はまたも同時に叫んだ。
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