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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十一話 三つ葉葵の男(7)
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シャロンはその工夫を習得する過程で独特の癖を身につけたが、それを雲水は写した。
ゆえにシャロンは感動した。この男は本気で私の生き写しを作ろうとしているのだと気付いた。
だから改めなくてはならない。この男への評価を。
相手の記憶や心を読み取るというただ一点においては、私より上かもしれない。
それは認めよう。だが、
(それでも待つ意味は無い。あなたの合気が完成することなんて無いのだから)
それでも私の心は写せるものでは無い、という自負がシャロンにはあった。
いや、自負などという生易しいものでは無かった。
(これが簡単に写されるのであれば、私の一生に意味は無く、私に価値など無いということになる)
その時、一瞬だがシャロンの心にある者の影が映った。
雲水が放った虫はそれを敏感に読み取り、主の水面に映した。
(これは誰だ……?)
その影は雲水が見知るものではなかった。写した記憶の中にもまだ見当たらない。
(これが女にとって重要な人物であることは間違い無い。が、)
今はそれを探る余裕など無い。戦闘に関する部分だけでも合気を完成させなければこちらの命が危うい。
なぜなら、
(……どうやら私の虫は女の逆鱗に触れてしまったようだからな)
雲水は感じ取っていた。
今の影を読み取られたことにシャロンが怒りを抱いたことを。
(いや、反転したというべきか?)
雲水はまたしても自分の言葉を訂正した。
雲水は知っていた。シャロンが自分を写されることに恐怖を抱いていたのを。それに目を背けていたのを。
それが怒りに変わったのだろう。
この推察を雲水は、
(……正解か?)
と、シャロンの心に問いかけた。
怒りを煽るための、見え見えの安い挑発行為。
「……」
シャロンはすぐには答えなかった。
しばらくして、その心が口を開いた。
(……この技を編み出すために、)
それはゆっくりとした口調だった。
自身の中にある怒りを暴走させないためだ。
が、その堤防は間も無く決壊した。
(この技を編み出すために私は全てを費やしてきた! 写せるものならば写して魅せよ!)
そう叫ぶと同時に、シャロンは雲水に向かって地を蹴った。
輝く回路から生みだされる、尋常ならざる踏み込み速度。
陽炎すら置き去りにするかのような速度で迫る影。
それを迎え撃つは地に水平に走る三日月。
妙なことに、ただの三日月。
速度差がある、ゆえに広範囲攻撃で迎え撃つ、そのための居合い。なのにただの三日月。
それがただの三日月では無いことをシャロンは見抜いていた。
この三日月は途中で割れ、濁流と化す。電撃魔法を使ってそのように工夫されている。どうしてそうなるのかまでシャロンは知っていた。
磁力の正体は電子の回転によって生じるエネルギーである。このエネルギーを束ねたものが磁束だ。磁石が外部からの助けなしに磁力を放出し続けられるのは、中に数多くある電子がみな同じ方向を向いて回転しているからである。電子が綺麗に整列し、それを保持出来ているという特殊な状態にあるのだ。
光魔法、いわゆる磁性体に磁束を通すと一時的に磁石のように振舞うようになるのは、中にある電子が外部からの磁力の影響によって整列しているからである。そして光魔法の粒子自体も電子の影響を受けて整列する。ゆえに三日月は安定する。しかしあくまでも一時的だ。そしてその時間は計算することが出来る。
シャロンはその時間と、放たれる濁流の範囲と速度までおおまかに計算した。
濁流に関しての計算はかなり推測が多い。三日月の大きさと速度、慣性から大まかに算出したものだ。
だからシャロンは余裕を持って、大きく左に跳ぶように地を蹴りなおした。
しかしその直後、
「な?!」
シャロンは驚きの声を上げた。
生まれた濁流が、逃げる自分を追いかけてくるように迫ってきたからだ。
この濁流は左に大きく傾いている! なぜ?!
ゆえにシャロンは感動した。この男は本気で私の生き写しを作ろうとしているのだと気付いた。
だから改めなくてはならない。この男への評価を。
相手の記憶や心を読み取るというただ一点においては、私より上かもしれない。
それは認めよう。だが、
(それでも待つ意味は無い。あなたの合気が完成することなんて無いのだから)
それでも私の心は写せるものでは無い、という自負がシャロンにはあった。
いや、自負などという生易しいものでは無かった。
(これが簡単に写されるのであれば、私の一生に意味は無く、私に価値など無いということになる)
その時、一瞬だがシャロンの心にある者の影が映った。
雲水が放った虫はそれを敏感に読み取り、主の水面に映した。
(これは誰だ……?)
その影は雲水が見知るものではなかった。写した記憶の中にもまだ見当たらない。
(これが女にとって重要な人物であることは間違い無い。が、)
今はそれを探る余裕など無い。戦闘に関する部分だけでも合気を完成させなければこちらの命が危うい。
なぜなら、
(……どうやら私の虫は女の逆鱗に触れてしまったようだからな)
雲水は感じ取っていた。
今の影を読み取られたことにシャロンが怒りを抱いたことを。
(いや、反転したというべきか?)
雲水はまたしても自分の言葉を訂正した。
雲水は知っていた。シャロンが自分を写されることに恐怖を抱いていたのを。それに目を背けていたのを。
それが怒りに変わったのだろう。
この推察を雲水は、
(……正解か?)
と、シャロンの心に問いかけた。
怒りを煽るための、見え見えの安い挑発行為。
「……」
シャロンはすぐには答えなかった。
しばらくして、その心が口を開いた。
(……この技を編み出すために、)
それはゆっくりとした口調だった。
自身の中にある怒りを暴走させないためだ。
が、その堤防は間も無く決壊した。
(この技を編み出すために私は全てを費やしてきた! 写せるものならば写して魅せよ!)
そう叫ぶと同時に、シャロンは雲水に向かって地を蹴った。
輝く回路から生みだされる、尋常ならざる踏み込み速度。
陽炎すら置き去りにするかのような速度で迫る影。
それを迎え撃つは地に水平に走る三日月。
妙なことに、ただの三日月。
速度差がある、ゆえに広範囲攻撃で迎え撃つ、そのための居合い。なのにただの三日月。
それがただの三日月では無いことをシャロンは見抜いていた。
この三日月は途中で割れ、濁流と化す。電撃魔法を使ってそのように工夫されている。どうしてそうなるのかまでシャロンは知っていた。
磁力の正体は電子の回転によって生じるエネルギーである。このエネルギーを束ねたものが磁束だ。磁石が外部からの助けなしに磁力を放出し続けられるのは、中に数多くある電子がみな同じ方向を向いて回転しているからである。電子が綺麗に整列し、それを保持出来ているという特殊な状態にあるのだ。
光魔法、いわゆる磁性体に磁束を通すと一時的に磁石のように振舞うようになるのは、中にある電子が外部からの磁力の影響によって整列しているからである。そして光魔法の粒子自体も電子の影響を受けて整列する。ゆえに三日月は安定する。しかしあくまでも一時的だ。そしてその時間は計算することが出来る。
シャロンはその時間と、放たれる濁流の範囲と速度までおおまかに計算した。
濁流に関しての計算はかなり推測が多い。三日月の大きさと速度、慣性から大まかに算出したものだ。
だからシャロンは余裕を持って、大きく左に跳ぶように地を蹴りなおした。
しかしその直後、
「な?!」
シャロンは驚きの声を上げた。
生まれた濁流が、逃げる自分を追いかけてくるように迫ってきたからだ。
この濁流は左に大きく傾いている! なぜ?!
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