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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十一話 三つ葉葵の男(5)

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 それを合図として、雲水は地を蹴った。
 陽炎となった二人の影が重なり、閃光が、蛇と刀が交錯する。
 衝突点から金属音が響き、紫電が散る。
 その火花を置き去りにするかのように、すれ違った二人の背中が離れる。
 そして二人は同時に向き直った。
 互いの視線が再び交錯する。
 芸術的に重なった二人の動きとは対照的に、双方の瞳に湛えられている感情は違うものであった。
 シャロンが浮かべているのは好奇の色。
 先のたった一合だけでシャロンは見切ったのだ。雲水がどのように危機を乗り切ったのかを。
 その技術の基本は俗に「重ね」と呼ばれているもの。
 相手の筋肉を観察し、動きを読むこと。それが「重ね」。シャロンも使っているものだ。
 ただの動作感知であるこの技術が「重ね」と呼ばれるようになったのは、読み取った相手の動きを真似し、自分のものに出来るからだ。
 ……と、説明されている。「一般向け」には。
 この説明は素人をだますために、ごまかすために流布されたものだ。
 本物の「重ね」はもっと深い所を、心を読む。心を重ねるのだ。
 思考や感情を共有する共感の延長にあるものだが、読み取る深さが違う。人格や記憶、魂、その全てを自分に写す。
 そしてゆえに、そのために、

(なるほど。だから、武器に魂を避難させて、)

 本体は空にしてあるのだ。写した相手の人格に自分の体を操縦させるために。
 これが水鏡流の極意。そしてその名は、

(水鏡流合気、ねえ……)

 心に響いたその名と意味を反芻しながら、シャロンは「よく出来た技だ」と思った。
 宙を舞う羽を掴もうとして逃げられたような感覚。
 そして一瞬だが、まるで自分を相手にしているような錯覚も味わった。
 奴の水面には私の姿が映っている。
 しかしその姿はおぼろげ。
 シャロンはその水面に写された自分の像が歪んでいる理由に気付いていた。
 そしてそれは正解かどうかを尋ねるまでも無かった。雲水の表情に表れていた。
 雲水はその顔に焦りの色を浮かべていた。
 雲水の左手は針に削られた右肩に当てられていた。
 装甲が無ければ真っ赤な穴を開けられていただろう。
 計算が正しければこんなことにはならなかった。
 シャロンは予想外の動きを見せた。シャロンの踏み込みは予想以上に「伸びた」。こちらの回避行動に合わせて、さらに加速し、追従してきた。
 そうなった理由は単純。心の写しがまだ完成していないからだ。計算に推測が含まれていたからだ。
 しかしそれにしてもこの誤差は大きすぎる。
 そして恐らく、この誤差は簡単には埋まらない。
 それが雲水を焦らせている理由。
 それを雲水は刀の中で言葉にした。

(この女の心、上手く読めんな……)

 いや、読みにくいと言うべきか、と雲水は自分の言葉を即座に訂正したが、どちらにしてもそれは雲水にとって初めてのことであった。
 心の中身がおぞましすぎて見たくない、という事はかつてあった。が、この女の場合はそうでは無い。
 まず第一に言えるのは、

(この女、一人では無い、な?)

 ということだ。
 複数の人格と意識が存在し、そこから生じる判断の基準がめまぐるしく入れ替わっていた。
 その様子を一言で表すならば「混沌」。
 しかし真の意味での混沌など、この世には存在しない。全てのものには成るべくして為る理由が存在する。全てを紐解けばこの世に偶然は無い。
 女の意識が本当の意味での混沌であるならば、あのように動けるわけが無いのだ。
 何度か似たような物の怪を、悪い霊に取り付かれた者を相手にしたことがある。一つの体に複数の意識を持つ者達だ。
 そのいずれも動きは滅茶苦茶であった。
 思考に統率が無いゆえにそうなって然るべきなのだ。
 しかしこの女はそうじゃない。
 何かが、またはどうにかして、行動に理を持たせているはずだ。
 つまり、あの混沌は、

(女ならではの防御術……と見るべきだろう)

 自身を蝕む危険性をはらんだものだが、あえてそれを選び、上手く制御しているのは見事と言わざるを得ない。

(合気の完成には時間がかかりそうだな……)

 では、どうするかと考えた雲水は構えを変えた。
 それは居合いの構え。
 それを見たシャロンは雲水の考えを察した。

(……威力のある範囲攻撃で時間を稼ぐつもりね)
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