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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十一話 三つ葉葵の男(4)
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雲水の瞳に映ったのは赤ではなく紫電。
耳を打ったのは電撃魔法同士のぶつかりあいで生じた炸裂音と金属音。
雨は届いていない。全て止められている。
傘で、防御魔法で防がれたのでは無い。
受け流されたわけでも無い。
言葉通り、止められたのだ。
シャロンが見せたその防御は雲水にとって初めてのものだった。だから驚いた。
雨を同じ雨で、突きを同じ突きで止めているのだ。
刀と針の先端が寸分の狂いも無くぶつかり合っている。
それだけでは無い。感情も止められている。相殺されている。この女は真逆の波を針に込めている。
まるで意地悪な鏡を相手にしているかのような感覚。
否。この鏡には一つ違うところがあった。
表情だ。
シャロンは笑っていた。
なぜ笑っているのか。
その理由をシャロンは心の声で、
“見ぃつけた”
と、雲水が持つ「刀」に送った。
「!」
これに雲水は再び目を見開いた。
シャロンは何を見つけたのか。
それは雲水の魂。
雲水は剣に己の魂を宿し、そこから遠隔操作していたのだ。
ならば、狙いは武器破壊でもいいということになる。
だから、シャロンはあえてこんな防御を選んだのだ。
(しかし驚いたわね)
シャロンは笑みと同時に抱いた驚きを敬意に変えて雲水の刀に送った。
和の国には「剣に身をゆだねよ」という言葉があるらしいが、まさか言葉通りの意味だったとは。
そして考えてみれば、剣は魂を入れるには悪くない場所だ。
肉の身よりもはるかに硬く、そして鋼は魂と相性が良い。
肉の身で作られる魂の養分は、魂への補給は剣を握る手から流し込んでいるのだろう。
この推測が正解であるならば、狙いは小手、または手首でもいいと考えられる。
(……正解かしら?)
シャロンは突きの応酬を繰り返しながら、自身の推測を刀にぶつけた。
「……」
返事は無し。
(答えないのであれば――)
試せばいい、そう思ったシャロンは腕に、肩に魔力を込めた。
シャロンの腕が、皮膚の下に描かれている回路が眩く輝く。
その瞬間から攻防の天秤は大きく傾いた。
シャロンの針から放たれる光の雨が、その激しさと量を増す。
迎え撃つ雲水の足が自然と下がる。
全ては受け流せない。ゆえに間合い外への退避を選択せざるを得ない。
当然のようにそれを追ってシャロンの足が前に出る。
「っ!」
詰められる雲水が眉をひそめる。
単純な速さ比べでは溝を開けられていることが判明した。
それはつまり、懐に潜り込まれると非常に危険であるということ。
そして、シャロンの狙いは正にそれであった。
「疾ッ!」
気勢と共にシャロンが突きを放つ。
顔面狙いのその一撃を雲水は反りのある刃で受け流そうとした。
が、直後、
「!?」
雲水の視界は閃光に包まれた。
高出力の電撃魔法が生み出した火花のせいだ。
この瞬間、雲水は、
(来る!)
ことを察した。
雲水はシャロンの狙いに気付いていた。
この目くらましの火花が仕掛けの合図。
そしてその攻めの型は心を読まずとも分かった。こちらの弱点を突くために上段に意識を向けたのだから、
(下!)
雲水は刀を下段に向けながら足に力を込めた。
が、雲水はその力を一気には解放しなかった。
雲水が選んだ歩法は地を擦りながら進むすり足。
地を這うように迫る眼下の危機と比べると遅すぎる移動。
しかし雲水の心に、刀に焦りの色は無い。
これでいい。これでなくてはならない。むしろこれしかない。大きく跳び退いても結局すぐに捕まる。ならば、ここで交錯するしかない。
「……」
だから雲水はあの水面と同じように静かに待った。
雲水の心に乱れは無い。
しかし変化はあった。
彼の心に、水鏡に映っている雲が、その形をまざまざと変えた。
雲水は考えていた。計算していた。
突きと精神攻撃がシャロンの得意分野であるように、彼にも、雲水にも得意分野があった。
これがそうだ。そしてそれが彼の心に、水面に雲が映っている理由である。
間も無く、水面に映る雲がその動きを、変化を止めた。
それはシャロンが刃の下に潜り込み始めたのと同時であった。
間に合ってくれたか、雲水がそう思った直後、
「蛇ッ!」
シャロンが気勢と共にその針を突き出した。
地を這っていた蛇が飛び掛るように、輝く先端が雲水の顎下目掛けて飛び上がる。
その瞬間、
(今!)
雲水の水面に、一滴の雫が落ちた。
耳を打ったのは電撃魔法同士のぶつかりあいで生じた炸裂音と金属音。
雨は届いていない。全て止められている。
傘で、防御魔法で防がれたのでは無い。
受け流されたわけでも無い。
言葉通り、止められたのだ。
シャロンが見せたその防御は雲水にとって初めてのものだった。だから驚いた。
雨を同じ雨で、突きを同じ突きで止めているのだ。
刀と針の先端が寸分の狂いも無くぶつかり合っている。
それだけでは無い。感情も止められている。相殺されている。この女は真逆の波を針に込めている。
まるで意地悪な鏡を相手にしているかのような感覚。
否。この鏡には一つ違うところがあった。
表情だ。
シャロンは笑っていた。
なぜ笑っているのか。
その理由をシャロンは心の声で、
“見ぃつけた”
と、雲水が持つ「刀」に送った。
「!」
これに雲水は再び目を見開いた。
シャロンは何を見つけたのか。
それは雲水の魂。
雲水は剣に己の魂を宿し、そこから遠隔操作していたのだ。
ならば、狙いは武器破壊でもいいということになる。
だから、シャロンはあえてこんな防御を選んだのだ。
(しかし驚いたわね)
シャロンは笑みと同時に抱いた驚きを敬意に変えて雲水の刀に送った。
和の国には「剣に身をゆだねよ」という言葉があるらしいが、まさか言葉通りの意味だったとは。
そして考えてみれば、剣は魂を入れるには悪くない場所だ。
肉の身よりもはるかに硬く、そして鋼は魂と相性が良い。
肉の身で作られる魂の養分は、魂への補給は剣を握る手から流し込んでいるのだろう。
この推測が正解であるならば、狙いは小手、または手首でもいいと考えられる。
(……正解かしら?)
シャロンは突きの応酬を繰り返しながら、自身の推測を刀にぶつけた。
「……」
返事は無し。
(答えないのであれば――)
試せばいい、そう思ったシャロンは腕に、肩に魔力を込めた。
シャロンの腕が、皮膚の下に描かれている回路が眩く輝く。
その瞬間から攻防の天秤は大きく傾いた。
シャロンの針から放たれる光の雨が、その激しさと量を増す。
迎え撃つ雲水の足が自然と下がる。
全ては受け流せない。ゆえに間合い外への退避を選択せざるを得ない。
当然のようにそれを追ってシャロンの足が前に出る。
「っ!」
詰められる雲水が眉をひそめる。
単純な速さ比べでは溝を開けられていることが判明した。
それはつまり、懐に潜り込まれると非常に危険であるということ。
そして、シャロンの狙いは正にそれであった。
「疾ッ!」
気勢と共にシャロンが突きを放つ。
顔面狙いのその一撃を雲水は反りのある刃で受け流そうとした。
が、直後、
「!?」
雲水の視界は閃光に包まれた。
高出力の電撃魔法が生み出した火花のせいだ。
この瞬間、雲水は、
(来る!)
ことを察した。
雲水はシャロンの狙いに気付いていた。
この目くらましの火花が仕掛けの合図。
そしてその攻めの型は心を読まずとも分かった。こちらの弱点を突くために上段に意識を向けたのだから、
(下!)
雲水は刀を下段に向けながら足に力を込めた。
が、雲水はその力を一気には解放しなかった。
雲水が選んだ歩法は地を擦りながら進むすり足。
地を這うように迫る眼下の危機と比べると遅すぎる移動。
しかし雲水の心に、刀に焦りの色は無い。
これでいい。これでなくてはならない。むしろこれしかない。大きく跳び退いても結局すぐに捕まる。ならば、ここで交錯するしかない。
「……」
だから雲水はあの水面と同じように静かに待った。
雲水の心に乱れは無い。
しかし変化はあった。
彼の心に、水鏡に映っている雲が、その形をまざまざと変えた。
雲水は考えていた。計算していた。
突きと精神攻撃がシャロンの得意分野であるように、彼にも、雲水にも得意分野があった。
これがそうだ。そしてそれが彼の心に、水面に雲が映っている理由である。
間も無く、水面に映る雲がその動きを、変化を止めた。
それはシャロンが刃の下に潜り込み始めたのと同時であった。
間に合ってくれたか、雲水がそう思った直後、
「蛇ッ!」
シャロンが気勢と共にその針を突き出した。
地を這っていた蛇が飛び掛るように、輝く先端が雲水の顎下目掛けて飛び上がる。
その瞬間、
(今!)
雲水の水面に、一滴の雫が落ちた。
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