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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十一話 三つ葉葵の男(2)
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「お二人の蜜月のような時間を邪魔したくなかったのだが……すまないな、ここででしゃばるのが最善のように思えた」
三つ葉葵の男は腰の獲物に手を添えたまま、シャロンに向かってそう言った。
流暢とは言えぬ、異国人独特の訛りを含んだ口調。
すまないと言ったが、その口調からは悪気は感じられなかった。むしろ嬉しそう、楽しそうだと、シャロンは感じた。
黒い面をつけているため表情は窺い知れない。
が、直後、その面の下には薄笑みが張り付いているという情報が、放った虫から送られてきた。
既に戦いは、探り合いは始まっている。
男が放ったと思われる虫も周囲を飛びまわっている。
それはつまり、この男も魂をそれなりに使える、ということ。
そして口調と風貌から、この男は「和の国」の者と判断出来る。
「和の国」の剣士は独特の技を使うという。そしてそれは剣捌きにでは無く、心にあるという。
心、それはつまり、魂を使った技術のことだろう。
魂に関する独特の技――それは具体的にはどのようなものなのか。
「……」
ふと浮かんだ疑問に、シャロンは好奇心を抱かなかった。
魂の扱いなら知り尽くしていると自負しているからだ。
魂に関する技について、自分が知らぬことなど無い。
そう思っていた。次の瞬間までは。
「?!」
それを見たシャロンは驚きの表情を浮かべた。
シャロンはある虫に男の頭の中を調べさせた。
当然、男の考えを読むためだ。
が、その虫から送られてきた情報はたった一つの風景だった。
シャロンはその風景の中に、自分が立っているような錯覚を覚えた。
それほどまでに写実的で美しく、しかし幻想的な風景だった。
まず目を奪われたのは鮮やかすぎるほどに青い空と、雲。
雲の流れは非現実的に速く、その形を様々に変えている。
眼前にある、地平線から半分だけ顔を覗かせている太陽が空を照らしている。
そして眼下一面に広がる鏡がその美しい空を綺麗に映して――
いや、違う。
これは、下にあるのは鏡じゃない。
これは水面だ。
波一つ無い、一切の揺らぎが無い恐ろしいほどに静かな水面。
それが水鏡となって空を映しているのだ。
他には何も無い。
どこまでも広がる水面と空、そして水平線に輝く太陽。これだけだ。
言葉や感情、そのようなものは一切存在しない、ただの風景、それだけ。
この男の心は、意識はどこに?
もしや、この男はこれ以外に何も考えていないのか?
シャロンはそう考えたが、
「水鏡流師範代、雲水」
直後、男が名乗った。
これにシャロンは再び驚いた。
思考が走らなかったのだ。言語をつむいだのに脳が活動しなかった。
この男はどうやって喋った?
シャロンがその答えを、剣士の秘密を探ろうとした瞬間、小さな金属音が耳に入った。
刀の鯉口を切った音だ。
仕掛けて来る、それが言葉としてシャロンの脳裏に浮かんだ瞬間、
「参る」
雲水と名乗った男は地を蹴った。
「っ!」
速いっ! という事実を認識するよりも先に、シャロンは後ろに跳んだ。
速いというのは雲水の踏み込み対しての評価では無い。
心を読めずともシャロンは初撃を見切っていた。相手の筋肉の動き、魔力の流れから予想がついた。
そしてその型はシャロンが思った通り、
「斬っ!」
クラウスが見せた「居合い」であった。
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