Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十話 稲光る舞台(21)

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 まず、その体がぼんやりと光り始めた。
 それが彼女の体に巻きついた電撃魔法の糸が発する輝きであることに気付くのに時間はかからなかった。
 そしてその考えの間違いにもすぐ気付いた。

(違う、あれは巻きついているのでは無い!)

 電撃魔法の糸は皮膚の下を通っていた。
 だからぼんやりと光っているように見えるのだ。
 そしてその行為は痛みをともなっている。彼女が苦痛を発しているのを感じる。
 凄まじい激痛だ。
 そうまでして、何をしようとしている?!
 それはすぐに分かった。

(自分を……改造している?)

 全身に描かれた光の紋様の中に幾何学的な模様があったことから、そう思った。
 それは正解であったが、それが意味するところは今のケビンには分からなかった。
 これはクレアが使ったあの技と同じ類のもの。身体能力の超絶強化。
 しかし、シャロンの技にはクレアのものとは違う特徴がある。
 大きな違いは内臓に極度の負荷をかけないこと。つまり、長期戦が可能なのだ。

「……っ!」

 その凄まじさに、ケビンはたじろいだが、

「どうしたの? あなたが待つ必要は無い。来い」

 という、頭の中に響いたシャロンの声が、ケビンの心に湧きあがりかけた雑念を吹き飛ばした。
 そしてケビンの心には一つだけの感情が残った。
 ケビンは時間が巻き戻ったかのように感じた。
 それは、この戦いが始まったばかりの時に抱いたものと同じものだった。
 シャロンが放った咆哮で雑念を吹き飛ばされた時に、唯一残った感情だ。
 それをケビンは叫んだ。

「参る!」

 同時に、二人は地を蹴った。
 ケビンの足が地から離れる。
 その時点でシャロンはもう目の前。
 速い。速すぎる。
 この剣を振ることすら出来ずに自分は死ぬ。言葉にはならなかったが、ケビンはそれを察した。
 対し、シャロンの時間の流れはケビンとは対照的と言えるほどにゆっくりとしたものであった。
 高速演算によって作り出されたその緩慢な世界の中で、シャロンは自身の能力の全てを「ケビンをいかに楽に殺すか」にあてていた。
 狙いは当然脳、ただ一点。眼球から突き通す。
 一瞬で粉砕するために、腕をどう動かすか、魔力をどのように込めるかを計算する。
 腕に張り巡らされた電撃魔法がその輝きを増す。
 これは回路。腕を、体をより速く、そして効率良く動かすためのもの。
 そしてこれらの演算のために虫を大量に使っている。
 周囲に対する察知能力を犠牲にしているが、彼を、ケビンを楽に終わらせるためにはやむを得な――

「!」

 その瞬間、シャロンの背に悪寒が走った。
 虫の一匹が最大級の警告を発したのだ。
 その内容は、「高速の飛来物」。
 警告は対象の外観と共に送られてきたが、ただの光弾にしか見えないそれが「飛来物」と表現されたことがシャロンの悪寒を強くしていた。
 それはつまり、これはただの光弾では無いということ。
 この虫ではその正体の分析が間に合わなかったということ。
 これはどこから放たれたものだ?
 軌道から逆算する。
 回転はかかっていない。ならば軌道はただの直線と推定出来る。
 その直線を辿った先にあるものは――

「ッ!!」

 それを認識した瞬間、シャロンは針を片手持ちに切り替えながら、その光弾に向かって防御魔法を展開した。
 同時に地を蹴りなおす。
 間に合うか?
 その判断がつくよりも、計算するよりも速く、シャロンは閃光と轟音に包まれた。

「リーザ?!」

 直後、轟音に代わって場に響いたのはサイラスの声。
 彼女が、リーザが突然上半身を起こし、爆発魔法を放ったのだ。
 しかしサイラスは、気が付いたのか、と言葉を続けられなかった。
 彼女の意識はいまだに落ちたままであることを感じ取ったからだ。

「な……?!」

 代わりに、意味を成さないただの音がサイラスの口からこぼれた。
 なぜ、と言いそうになった。
 どうして動けた?
 そして、どうして普通の爆発魔法を撃った?
 それは分かる。ケビンを助けるためだ。普通の光弾ではあの女は止められない。指向性を持たせた爆発魔法ではケビンも死んでしまう。だからなのだ。
 しかし、なぜ、それを考えることが出来た?

「……」

 リーザは答えない。
 そして間も無く、突き出されていた彼女の右腕は、重力に従ってだらりと落ちた。
 サイラスはそんな彼女をもう一度呼びかけようとしたが、

「リ「雄雄雄ォッ!」

 かき消すように、ケビンの雄叫びが場に響いた。
 目を向けるとそこには、シャロンに向かって光る剣を振り下ろそうとするケビンの姿が。

「しま……っ!」

 シャロンはケビンが発する雄叫びの中でそんな言葉を漏らしていた。
 この「しまった」は、目の前にある窮地に対してでは無く、ケビンを即死させられなかったこと、余計な痛みを与えてしまったことに対してのものであった。
 そして二人は針で繋がっていた。顔が触れ合いそうなほどの距離で。
 ケビンの左肩は針で串刺しにされている。
 その針を握るシャロンの右手をケビンは左手で掴んでいる。
 逃がさぬために。このまま剣を振り下ろし、地獄まで一緒に来てもらうために。
 が、そう思った時には、既に剣はケビンの右手の中から無くなっていた。
 代わりに右手にあるのは痛みだけ。
 シャロンが左手で放った光弾が、ケビンの剣を弾き飛ばしていた。
 本当に終わった、ケビンの脳裏にそんな言葉が浮かび上がる。
 しかし、ケビンの体はその言葉とは真逆に動いた。

「おらぁっ!」

 それは頭突き。
 なぜ頭突きなのか。
 ケビンは深く考えていない。ただ、今繰り出せる最も速い攻撃がこれだったというだけだ。
 そしてその速度は人外。
 ケビンはあの加速技を用いて振り下ろした額を、シャロンの頭に叩き込んだ。

「っ!」

 嫌な音と共に走った衝撃に、シャロンはうつむいた。
 シャロンの頭から尾を引いて蛇が流れ出る。
 蛇はシャロンの額に垂れ、その顔をさらに赤く塗りなおした。
 激しい出血。
 頭が割れている。骨折している。
 当然、ケビンの額もだ。
 ケビンの顔が同じ色に染まり、その目に血が流れ込む。
 赤黒く染まる視界。
 ほとんど見えない。が、ケビンは感じ取った。
 シャロンが距離を取り直そうとしているのを。シャロンの右手を握る自分の左手が、引っ張られているのを。
 逃がさん、そんな思いを込めながら、ケビンは左手にさらなる力を込めたが、

「!?」

 左肩に紫電が走ったのを痛みとともに感じた直後、針は引き抜かれてしまった。
 いや、違う、とケビンは思った。
 引き抜かれただけじゃない。同時に押された。見えない力に左肩を突き飛ばされた。
 その時に一瞬だが、奇妙なものが見えた。
 それは螺旋状に巻かれた電撃魔法の糸。
 その螺旋から生まれた見えない力に自分は突き飛ばされた。

(これが……!?)

 ケビンは察した。
 この見えない力が、この女が使っている加速術の原理だと。
 そして同時にケビンはもう一つ察した。感じた。
 次の邪魔が入る前に終わらせる、とシャロンが考えていることを。
 もう脳への照準合わせと動作計算は完了していると。
 速度も圧倒的。手も足も頭も出ない。間に合わない。
 だから、

(ここまで、か)

 ケビンは心を穏やかにしてその時を待つことにした。
 そして、ケビンが自身の中にいる同居人に心を寄せた瞬間、視界が、場が、閃光に包まれた。

   第四十一話 三つ葉葵の男 に続く
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