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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十話 稲光る舞台(19)
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「……」
そこで、シャロンは自身の感情を一時停止させた。
湧き上がりかけた哀愁のような感覚を止めるためだ。
今考えるべきはそんなことじゃない。哀愁など抱いている場合では無い。
問題は精度が「ほぼ」から高まらないことだ。
(……とりあえず、もう一度試してみよう)
迫ってくるケビンが光る剣を振り上げる。
動きは右肩から左脇へ振り下ろす袈裟の軌道であると、虫からの報せが入る。
数瞬遅れて、今度は放たれる三日月の情報が。
それらから「ほぼ」安全な位置取りを計算する。
(三日月は彼の左手側にかたよるようね。ならば――)
考えながらシャロンは地を蹴った。
ケビンが剣を振り下ろす動きに合わせて、彼の右脇側にもぐりこむ。
ここに三日月は来ない「はずだ」。今のところは。
がら空きの右脇を針の射程内にとらえる。
もう半歩踏み込めば確実に心臓まで貫ける間合い。
その短い距離を、シャロンが詰めようとした瞬間、
「!」
彼女の魂が、危険察知機関が最大の警鐘を鳴らした。
即座に地を蹴りなおし、後方に跳ぶ。
瞬く間に双方の距離が再び大きく開く。
踏み込みながら放った突きはケビンの右脇に蛇口を開けただけに終わった。
そして、彼が放った三日月の軌道は事前に計算した通りであった。
それでも後退しなければならなかった。
(……またか)
何が「また」なのか。
それは、シャロンが針を突き出した瞬間に起きた。
心臓に向けた一撃を放った瞬間、彼の心にある天秤が激しく乱れたのだ。
その天秤こそ、計算の精度向上を妨げている最後の要素。
彼の心にある生死の境界線。
彼の覚悟は死の一歩手前で止まっている。
天秤は静止していない。わずかだが揺れている。
この天秤は理性、本能、そして魂の意識の平均値を取ったもの。
三つの意識がせめぎあっているのだ。だから揺れている。振動している。
「覚悟」は強い感情だ。ゆえに表に出る。が、その「覚悟」を実行に移すことはなかなか難しい。生死に関わることであればなおさらだ。
あるものが事を起こそうとしても、他の二つが「まだ早い」「様子を見よう」などと時間稼ぎのようなことをするのはよくあることである。要は迷っているのだ。
彼の、ケビンの心が今まさにそれだ。
ゆえに、彼の剣は崩壊の一歩手前のところで上手く制御されている。
そして、彼が温存しているこの最後の切り札はなかなかに厄介な代物だ。
範囲は間違いなく全方位。放たれる濁流の密度も高い。
接近した状態でこれを受けるような事態は避けたい。
「……ふ」
問題について考えながら構えを整えようとした時、シャロンの口から小さな笑みがこぼれた。
意外に楽しませてくれそうだと、本気で思ったからだ。
しかし悲しきは、この問題に対しての対処法を知っていること。
そのうちの一つは先ほど試した。
彼の意識が追いつかないほどの速度で攻撃することだ。
それは成功したように見えた。その証拠に、彼は私が計算した通りに動き、攻撃を派手に外した。
が、何かが私の動きを捉えていた。小さく弱いが、何かが私を睨んでいた。それが彼の心の天秤を揺らした。
その睨みは、目線のようなものはケビンの中から感じ取れた。しかしそれはケビンの意識じゃない。
以上のことから導き出される答えは一つだけだ。
(……彼の魂の奥に、中に、何か別のものが棲んで(すんで)いるようね)
彼の中には同居人がいる。
ケビン自身はそのことに気付いていない。同居人のことを自分の一部だと思っている。
そしてその同居人は生死の問題に口を出すことが出来る。
つまり、その同居人はケビンにとって――な存在である、または「あった」可能性が高いということ。例えば、ケビンの――
「はあぁっ!」
考えながらシャロンは動いた。
久しぶりに見せるシャロンからの突進。
「雄応ッ!」
迎え撃つ形になったケビン。
瞬く間に距離が詰まり、二人の影が重なる。
ぶつかり合う寸前、ケビンが一閃。
放たれた濁流がシャロンの影を飲み込む。
かのように見えたのは一瞬。
地を蹴る音と共にシャロンの影が掻き消え、ケビンの体に蛇口が一つ増える。
「破ぁっ!」
赤い蛇と共に生まれる新たな痛みを無視しながら、飛び下がるシャロンに向かって一閃。
逃がさぬ、逃げるな、という思いが込められた濁流が、三日月がシャロンに食らいつかんとする。
その執念じみた濁流をシャロンが針で迎え討つ。
うるさい、というお返しの思いを込めて。
二人の思いがぶつかり合い、火花のような紫電がシャロンの眼前に散る。
生じた閃光の後にシャロンの目を覆ったのは影。
背負うように構えた輝く剣を後光として生み出された影。
同じ執念を発しながら迫ってきたその影は、
「ずぇやっ!」
雄叫びのような気勢と共に、背負っていた後光を振り下ろした。
地面に叩きつけられた衝撃で後光が弾け、濁流が溢れる。
しかしそこにシャロンの姿は無い。
シャロンの影は既にケビンの側面。
針が届く間合い。
であったが、シャロンは手を出さず、再び距離を取り直した。
あることを確認するためだ。
(やはり……)
そして、シャロンの考えは正解であった。
ケビンより多少感が良いようだが、あの同居人も常に私の動きを追えているわけでは無い。
大雑把な距離感と私が発する攻撃意識だけで判別している時がある。今のがそうだった。
分かったことはそれだけでは無い。
ただの好奇心からだが、彼の同居人が何者か調べさせてもらった。そのためにケビンの記憶を軽く漁った。
その時に面白いものが見えた。
神楽だ。
二人の男がそれを発動しようとしている映像。
片方はクラウスと呼ばれる男。ケビンが尊敬し、そして自身に重ねようとしている男だ。光る剣は彼を真似てのものだ。
もう一人はアラン。
強力な感知能力者。彼が起こした神楽がサイラスを目覚めさせた。
そしてこの場にはもういない。
つまり、
(私の仕事を増やしたのはアランなのね……)
この後、彼を追跡する任務が与えられる可能性が高いということだ。
ついでに同居人の正体も分かった。
だから、
「疾ッ!」
シャロンは積極的に攻めることにした。
そこで、シャロンは自身の感情を一時停止させた。
湧き上がりかけた哀愁のような感覚を止めるためだ。
今考えるべきはそんなことじゃない。哀愁など抱いている場合では無い。
問題は精度が「ほぼ」から高まらないことだ。
(……とりあえず、もう一度試してみよう)
迫ってくるケビンが光る剣を振り上げる。
動きは右肩から左脇へ振り下ろす袈裟の軌道であると、虫からの報せが入る。
数瞬遅れて、今度は放たれる三日月の情報が。
それらから「ほぼ」安全な位置取りを計算する。
(三日月は彼の左手側にかたよるようね。ならば――)
考えながらシャロンは地を蹴った。
ケビンが剣を振り下ろす動きに合わせて、彼の右脇側にもぐりこむ。
ここに三日月は来ない「はずだ」。今のところは。
がら空きの右脇を針の射程内にとらえる。
もう半歩踏み込めば確実に心臓まで貫ける間合い。
その短い距離を、シャロンが詰めようとした瞬間、
「!」
彼女の魂が、危険察知機関が最大の警鐘を鳴らした。
即座に地を蹴りなおし、後方に跳ぶ。
瞬く間に双方の距離が再び大きく開く。
踏み込みながら放った突きはケビンの右脇に蛇口を開けただけに終わった。
そして、彼が放った三日月の軌道は事前に計算した通りであった。
それでも後退しなければならなかった。
(……またか)
何が「また」なのか。
それは、シャロンが針を突き出した瞬間に起きた。
心臓に向けた一撃を放った瞬間、彼の心にある天秤が激しく乱れたのだ。
その天秤こそ、計算の精度向上を妨げている最後の要素。
彼の心にある生死の境界線。
彼の覚悟は死の一歩手前で止まっている。
天秤は静止していない。わずかだが揺れている。
この天秤は理性、本能、そして魂の意識の平均値を取ったもの。
三つの意識がせめぎあっているのだ。だから揺れている。振動している。
「覚悟」は強い感情だ。ゆえに表に出る。が、その「覚悟」を実行に移すことはなかなか難しい。生死に関わることであればなおさらだ。
あるものが事を起こそうとしても、他の二つが「まだ早い」「様子を見よう」などと時間稼ぎのようなことをするのはよくあることである。要は迷っているのだ。
彼の、ケビンの心が今まさにそれだ。
ゆえに、彼の剣は崩壊の一歩手前のところで上手く制御されている。
そして、彼が温存しているこの最後の切り札はなかなかに厄介な代物だ。
範囲は間違いなく全方位。放たれる濁流の密度も高い。
接近した状態でこれを受けるような事態は避けたい。
「……ふ」
問題について考えながら構えを整えようとした時、シャロンの口から小さな笑みがこぼれた。
意外に楽しませてくれそうだと、本気で思ったからだ。
しかし悲しきは、この問題に対しての対処法を知っていること。
そのうちの一つは先ほど試した。
彼の意識が追いつかないほどの速度で攻撃することだ。
それは成功したように見えた。その証拠に、彼は私が計算した通りに動き、攻撃を派手に外した。
が、何かが私の動きを捉えていた。小さく弱いが、何かが私を睨んでいた。それが彼の心の天秤を揺らした。
その睨みは、目線のようなものはケビンの中から感じ取れた。しかしそれはケビンの意識じゃない。
以上のことから導き出される答えは一つだけだ。
(……彼の魂の奥に、中に、何か別のものが棲んで(すんで)いるようね)
彼の中には同居人がいる。
ケビン自身はそのことに気付いていない。同居人のことを自分の一部だと思っている。
そしてその同居人は生死の問題に口を出すことが出来る。
つまり、その同居人はケビンにとって――な存在である、または「あった」可能性が高いということ。例えば、ケビンの――
「はあぁっ!」
考えながらシャロンは動いた。
久しぶりに見せるシャロンからの突進。
「雄応ッ!」
迎え撃つ形になったケビン。
瞬く間に距離が詰まり、二人の影が重なる。
ぶつかり合う寸前、ケビンが一閃。
放たれた濁流がシャロンの影を飲み込む。
かのように見えたのは一瞬。
地を蹴る音と共にシャロンの影が掻き消え、ケビンの体に蛇口が一つ増える。
「破ぁっ!」
赤い蛇と共に生まれる新たな痛みを無視しながら、飛び下がるシャロンに向かって一閃。
逃がさぬ、逃げるな、という思いが込められた濁流が、三日月がシャロンに食らいつかんとする。
その執念じみた濁流をシャロンが針で迎え討つ。
うるさい、というお返しの思いを込めて。
二人の思いがぶつかり合い、火花のような紫電がシャロンの眼前に散る。
生じた閃光の後にシャロンの目を覆ったのは影。
背負うように構えた輝く剣を後光として生み出された影。
同じ執念を発しながら迫ってきたその影は、
「ずぇやっ!」
雄叫びのような気勢と共に、背負っていた後光を振り下ろした。
地面に叩きつけられた衝撃で後光が弾け、濁流が溢れる。
しかしそこにシャロンの姿は無い。
シャロンの影は既にケビンの側面。
針が届く間合い。
であったが、シャロンは手を出さず、再び距離を取り直した。
あることを確認するためだ。
(やはり……)
そして、シャロンの考えは正解であった。
ケビンより多少感が良いようだが、あの同居人も常に私の動きを追えているわけでは無い。
大雑把な距離感と私が発する攻撃意識だけで判別している時がある。今のがそうだった。
分かったことはそれだけでは無い。
ただの好奇心からだが、彼の同居人が何者か調べさせてもらった。そのためにケビンの記憶を軽く漁った。
その時に面白いものが見えた。
神楽だ。
二人の男がそれを発動しようとしている映像。
片方はクラウスと呼ばれる男。ケビンが尊敬し、そして自身に重ねようとしている男だ。光る剣は彼を真似てのものだ。
もう一人はアラン。
強力な感知能力者。彼が起こした神楽がサイラスを目覚めさせた。
そしてこの場にはもういない。
つまり、
(私の仕事を増やしたのはアランなのね……)
この後、彼を追跡する任務が与えられる可能性が高いということだ。
ついでに同居人の正体も分かった。
だから、
「疾ッ!」
シャロンは積極的に攻めることにした。
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