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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十話 稲光る舞台(14)

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 その声に、怪物は笑みをさらに強めた。
 その笑みを剥ぎ取ろうと、光弾が再び迫る。
 しかし当たらない。サイラスの目に映ったのは先の繰り返し。
 光弾の雨がすり抜け、シャロンが別の場所に飛び跳ねる。
 人間業とは思えぬ回避行動。
 全方位に目を光らせているので、左右や背後からの攻撃には包囲以上の効果は無い。不意打ちにはなっていない。
 このまま工夫無く続けても時間を稼がれるだけに見える。
 それが分かっていながらサイラスは、

「撃ち続けろ!」

 と叫んだ。
 今のサイラスにはそれしか出来なかった。
 あの女をどうにかする手段自体はとうに思いついている。持っている。
 だからサイラスは、

「起きろ! リーザ!」

 と、気を失っているリーザの肩を揺らした。

「……」

 しかしリーザの反応は無い。

「おい! 目を覚ませ!」

 サイラスは相手が女性であるにもかかわらず、その胸元を掴み、揺らしながら頬を叩いた。
 焦るサイラス。
 対し、シャロンは笑みを浮かべたまま上空を飛び跳ねていた。
 シャロンは喜びを心の中で言葉にしていた。
 こんなに派手な戦いは久しぶりだ。
 いつ以来だろうか。
 ああ、そうだ。思い出した。
 あの鎖を使う凄腕と戦った時以来だ。
 あの戦いは楽しかった。
 他の武器には見られない特徴的な軌道だった。
 動きを読んでも回避が困難な攻撃ばかりだった。
 そして時に、本人すらどういう軌道を取るのかわからない乱反射もあった。
 虫を使って相手に外させなければ苦戦を強いられていたかもしれない。
 本当に、とても楽しい縄跳びだった。
 私も針を捨てて鎖の使い手になろうかと真剣に考えたくらいだ。使ってみたいと思わせるほどに、面白そうな武器だった。
 出鱈目な威力、出鱈目な速度、出鱈目な軌道、そのような心を読むだけでは意味が無い攻撃は面倒で、そして面白い。
 しかしこいつらは違う。
 攻撃にしっかりと秩序がある。避けやすい直線ばかりで、しかもとても正確。
 感知能力者相手にはその正確さが仇となる。
 だが数は多い。
 だから派手で、ゆえに楽しい。
 しかしこの楽しい時間もじきに終わりを迎えてしまう。

「……」

 シャロンは顔から笑みを消しながらその原因を、リーザを見つめた。
 あの女がそろそろ目を覚ますはずだ。
 あの女の魔法は危険。出鱈目な威力と速度を持っている。
 だからサイラスはあの女を起こそうとしている。必死にリーザの頬を叩いている。
 その必死さがシャロンにとっては滑稽であった。
 だから呟いた。

「……そんなことしなくても、すぐに起こせるのに」

 だからシャロンは教えてあげようと、魅せてあげようと思った。
 時間を稼いでいるのはそのためでもある。

(さて、そろそろ見つかるはずなんだけど)

 シャロンは「虫」からの連絡を待っていた。
 あるものを探させるために放った虫だ。
 そのあるものとは、魂だけで動いている者達、遮蔽物から攻撃を仕掛けてきている兵士達のことだ。
 光弾の軌道から、おおよその位置は分かっている。
 人数がそれほど多くないことも光弾の数から分かっている。
 だから、少ないから襲うには好都合だ。
 なにより、「魂だけで活動している」という点が一番都合がいい。
 光弾を回避しながら連絡を待つ。

(……まだかしら)

 回避行動に飽き始めた頃、それはようやく来た。
 瞬間、シャロンは目を見開き、声を上げた。

「……見ぃつけたっ!」

 光弾を蹴り、目標に向かって飛び掛る。

「!」

 標的である兵士の顔に驚きが浮かび、シャロンと視線が交錯する。
 感知せずとも狙いが自分であることを察した兵士は、即座に光弾で迎撃した。
 しかし当たらない。光弾の雨を避けきる女に、たった数発の弾が当たるわけがない。
 だから兵士は後退しながら防御魔法を展開した。
 背後の路地から数名の兵士が援護に駆けつける。
 それを見たシャロンは糸を針に束ねた。
 対し、合流した兵士達は強力な電撃が来ることを感知し、肩を寄せあって防御魔法の壁を形成。
 その通り、シャロンは強力な電撃を見舞うつもりであった。
 しかし、一人の兵士はその感知に疑問を持っていた。
 狙いが「人間」ではなく、「路地」だからだ。
 が、兵士はその疑問を他の者に伝えることが出来なかった。間に合わなかった。

「「「っ!?」」」

 その連絡の遅れは、驚きに疑問を混ぜた形で兵士達の顔に表れた。
 空中でシャロンが放った電撃魔法は網のように広がった。
 それは予想出来ていた。
 その網は兵士達にでは無く、後方、狭い路地の壁に向かって飛んでいった。
 これには動揺を見せた者がいた。が、あくまで動揺しただけだ。
 驚いたのは次だ。
 背後の壁に向かって放たれた網が跳ね返ってきたのだ。
 糸が細い路地の間を、そして地面を跳ね回り、兵士達の体を防御魔法ごと包み込んだ。
 そして糸は生き物のように兵士達に絡みつき、その肉の体に紫電を流し込んだ。

「「「ぅあぁっ!」」」

 兵士達の顔が苦悶に変わる。
 その悲鳴が狭い路地に響き渡ったのと同時に、シャロンが着地。
 足から展開した防御魔法で衝撃を受け止めながら地の上を滑る。
 シャロンはその勢いを殺し切る前に防御魔法を解除し、前傾姿勢に切り替えながら紫電を纏わせた足で地を蹴った。
 落下の勢いを乗せた高速突進だ。
 これに対し、感電した兵士達は構えることすら出来なかった。
 しかし動けない理由は電撃のせいだけでは無い。
 魂を縛られたからだ。
 体の操縦に関する全権を魂に委ねていたゆえに、動けなくなってしまったのだ。
 理性が機能していればこの危機を切り抜けられたかもしれない。操縦権を理性に譲渡すれば可能性はあった。
 だからシャロンはこの者達を狙った。
 魂だけで動くという行為は利点も多ければ欠点も多いのだ。

「「「あああああっ!」」」

 そして、兵士達は壮絶な悲鳴を残して事切れた。
 魂を完全に砕かれたからだ。
 が、

「……?」

 一人だけ、悲鳴を上げなかった者がいた。
 その者の顔に、心に浮かんでいる色は戸惑いだけ。
 兵士の瞳には、目の前に立つシャロンの顔が映っている。
 なぜ自分だけ生かされたのか。
 それを探るために、兵士はシャロンの心を読んだ。
 いや、読んでしまった。

「……っ!!?」

 瞬間、兵士の顔は恐怖一色に染まった。
 これから何をされるのか、兵士は知ってしまった。
 知らないほうが幸せだった。
 だから兵士は心で懇願した。やめてくれ、と。
 しかしその願いは、

「……ダメ、よ」

 悪魔染みた笑みと共に叩き払われた。
 直後、シャロンの左手が兵士の後頭部に伸びた。
 兵士の首裏が痛いくらいに締め付けられる。
 狙いを定めるためだ。
 そして兵士の抵抗が弱いことを左手で確かめたシャロンは、下段に構えていた右手の針を突き上げるように振り上げた。

「おがっっ!!」

 その痛みに兵士が漏らした悲鳴は奇妙なものであった。
 顎下から差し込まれた針が舌を串刺しにしたからだ。

「ががががっ!」

 それでも兵士は悲鳴を発し続けた。
 それが彼に出来る精一杯の抵抗であり、逃げでもあった。
 そして間も無く兵士が発する心の懇願の内容が変わった。
「やめてくれ」から「早く終わらせてくれ」にだ。
 その願いを聞き終えた瞬間、シャロンは針に魔力を流し込みながら、針をさらに深く突き上げた。

「っっっ!」

 今度は悲鳴も出なかった。
 兵士に出来たことは体をがくがくと痙攣させることだけ。
 針は脳内にまで達した。
 しかし哀れなことに、まだかろうじて生きてる。
 だからシャロンは針に込めた魔力を爆発させた。
 込められていたのは電撃ではなく純粋な光魔法。
 針から放たれた光の槍は脳を粉砕し、頭蓋を突き破って外に飛び出した。

「ぁぉっ!」

 兵士の顎が、頭が衝撃に跳ね上がる。
 兵士の生はその悲鳴とも取れない奇妙な呻き声と共に終わった。
 脳天に空いた穴から血が噴水のように噴出す。
 血が雨のようにシャロンに降りかかり、穴から垂れた赤色が兵士の後頭部を掴むシャロンの左手を同じ色に染める。
 その手はぼんやりと光っていた。
 その手は握り締めていた。
 天に帰ろうとする兵士の魂を逃さず、握り締めていた。
 これが欲しかった。だからこの者達を狙い、こんな残酷なことをした。
 そしてシャロンはよく知っていた。
 出来るだけ新鮮なうちに、ということを。
 だからシャロンは、真っ赤に染まった左手を自分の顔に押し当てた。
 血を塗りこむように、左手をぐりぐりと押し当てる。
 そうだ。傍目には血を顔に塗っているように見える。

「……!!!」

 だから、援護に駆けつけたサイラス達の足はその場に止まってしまっていた。
 あまりに凄惨な光景に体が縛られていた。
 それは、人間に成せる中で最も冒涜的行為に見えた。
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