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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十話 稲光る舞台(11)

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 サイラスのその考えに兵士達も賛成であった。
 そしてサイラスは兵士達の戦意に応えるように声を上げた。

「前列前進! 後列は前列の移動に追従しつつ、左右に展開!」

 重装備の前列に敵の注意を引かせ、左右から狙撃、さらに民家の影に隠れた部隊に背後をつかせる。
 奴の魂が活動を再開した気配はまだ感じられない。今ならばこの包囲攻撃は最善手のはずだ。
 サイラスはそう考えていた。
 そしてその考えをシャロンは読んでいた。
 感知を使ったわけでは無い。使わずとも分かる。狙いが見え見えだ。
 それが笑みが浮かんだ理由の一つ。

(弱った相手を攻めるのは当然よね。……でも甘い)

 甘い、という部分に違和感を感じたのか、シャロンは自身の言葉を訂正した。

(いや、甘いと言うよりは詰めが弱いわね。考えが浅いわ)

 だからこれも教えてあげなくては、そう思ったから笑みが浮かんだのだ。
 そしてシャロンはその笑みを張り付かせたまま、刺突剣を構えなおした。
 足は変わらず後ろに下がり続けている。
 その様子からシャロンは回復を待っていると、サイラスは考えた。
 シャロンに魂を締め付けられたことで、魂の痛みというものを経験した上で、分かったことがあった。
 肉体は魂にとって枷(かせ)であり、安息を与えてくれる揺り籠(ゆりかご)でもあること。
 魂を肉体に戻した途端、痛みが鎮まった(しずまった)のだ。
 しかし肉体の中では外に対しての感知能力が弱まってしまう。
 だから魂は外に出して使ったほうがいいのだろうと思っていた。空に高く上げれば周りを広く見下ろせて好都合だ。シャロンに教えられるまではそう思っていた。
 シャロンの魂はこの肉の揺り籠の中で回復を待っているはず。
 だから急がなくてはならない。ゆえにサイラスはもう一度声を上げた。

「前列突撃!」

 後列の展開が間に合っていないがやむを得ない。
 重装歩兵が大盾を構えて走り始める。
 それを援護するように後列が射撃。
 重装歩兵の隙間を光弾が通り過ぎていく。
 重装歩兵が光の中を走っているように見えるほどの射撃数。
 しかし重装歩兵には当たらない。ただの一発の誤射も無い。
 心が繋がっているからこそ出来る芸当だ。
 シャロンに光の雨が降り注ぎ、それを追う様に鋼の肉壁が迫る。
 これに対しシャロンが選んだ選択肢はまたも防御。
 紫電を纏わせた針で光弾を突き潰しながら、光る雨をくぐり抜ける。
 雨が止む、そう思った時には既に鋼の壁は目の前。
 硬度、重量差は圧倒的。
 細い針で止まる代物では無い。
 にもかかわらず、シャロンは再び刺突剣を繰りだした。
 針の先から糸が伸びる。
 それは低い軌道であった。地を這う蛇のように見えた。
 地面と盾の隙間を狙った攻撃だ。
 しかしこれを重装歩兵は読んでいた。感知も出来た。
 だから歩兵は一歩、右に体をずらした。
 それで糸の射線を外した、そのはずであった。
 なのに、

「?! ぅあっ!」

 歩兵の足に紫電が走った。
 何故――倒れながら歩兵は考えた。
 この女が何かしたのか?
 方向感覚や距離感を狂わされた?
 そうは思えない。この女は波を発していない。
 答えが見えぬまま歩兵の体が地に落ちる。
 その時、兵士は見た。

(これは……?)

 それはリーザが見たものと同じものであった。
 虫の様な小さな魂が歩兵の感覚を狂わせていたのだ。
 いつ取り憑かれたのか。
 それはシャロンが光の雨を突き潰している最中であった。
 あの時、シャロンは突きと同時に虫を放っていたのだ。
 そして直後の精神攻撃があっさり決まったのは、重装歩兵の視界が自身が持つ大盾と光で遮られていたせいだ。
 目に頼らない、目に頼れない者の距離感と方向感覚を狂わせるのは容易いことなのだ。
 そして転ばされた歩兵の体はシャロンの足元で止まった。
 兵士はシャロンの爪先を視界の片隅に映しながら、石畳の地面から伝わる振動を感じ取っていた。
 味方が、同じ重装歩兵達が駆けてきている。
 その形はシャロンを中心とした六角形。
 その六角は急速に縮まり、点となった。
 六人の大盾が一点でぶつかり合う。
 しかし響いたのは金属音のみ。散ったのは鮮血では無く火花。
 シャロンはどこへ消えたのか。逃げたのか。
 考えるまでも無い。感じ取るまでも無い。一つしかない。
 それは、

「上だ!」

 消去法で残るたった一つのその答えを、地に伏せたままの者が叫んだ。
 そしてその声が響くよりも早く、他の重装歩兵達は上を向いていた。分かっていた。
 だから重装歩兵達は一斉に手の平を空に向かって突き出した。
 輪の形に並んだ手の平が同時に発光する。
 対し、シャロンは既にこの事態に備え、構えていた。

「!」

 その構えに、サイラスの目は釘付けになった。
 アランの、師の構えに似ていたからだ。
 掌を柄の底に押し当てた構え。
 しかし次の瞬間、サイラスはさらに驚くべきものを目にした。
 糸だ。
 一瞬では数え切れないほどの数の糸が、柄の底に押し当てられた手の平から伸びた。
 そしてそれらの糸が一斉に剣に絡みつき、巻きつき、一本に束ねられたのだ。
 この時点で重装歩兵達が放った光弾はもう目の前。眼下。
 シャロンは六角の形で迫るその光弾に向かって、

「破ァッ!」

 太くなった針を突き降ろした。
 一点に収束した六つの光弾と針の先端がぶつかり合う。
 直後、

「っ!」

 場を包んだ閃光と轟音に、サイラスは目を細めた。
 しかしそれは一瞬。サイラスはすぐに細めた目を大きく開いた。
 凄まじいものを目にしたからだ。
 それは落雷。
 そうとしか表現出来なかった。
 針の先端から放たれた雷が光弾を消し飛ばし、重装歩兵を貫いたのだ。
 その凄まじさにサイラスは心奪われたが、

「ひるむな! 撃て!」

 心の奥で燃え盛っていた戦意が、サイラスを叫ばせた。
 相手は回避行動が困難な空中にいる。この機を逃す手は無い。
 そしてそれを分かっていた兵士達は指示を受けるよりも早く、既に撃っていた。
 光の弾幕が再びシャロンに襲い掛かる。
 重装歩兵という障害物が無い分、その数は先よりも多い。
 普通ならば、絶体絶命だ。
 しかし、シャロンの心は至って平静であった。
 むしろ、この状況を切り抜けるにはそうでなくては、そうしなくてはならなかった。
 焦りや恐怖などは邪魔なだけだからだ。人間的な感情、その全てが今は必要無い。
 脳の処理能力全てを光弾の軌道計算と身体制御に使わなければならない。

「……」

 シャロンの表情から人間性が消えていく。
 時が止まったかのように感じるほどの静寂と集中の中で、シャロンは不必要なものを切り捨てていった。
 シャロンは己を弾を避けるだけの機械に変えていった。
 だから色覚も、聴覚も殺した。
 しかしまだ足りない。
 この肉の身が持つ能力だけでは足りない。
 だから、シャロンは魂を使って工夫することにした。
 それはサイラスに教えてあげたいことの一つであった。
 その工夫とは――
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