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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十話 稲光る舞台(7)

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 兵士達の手から光弾が放たれる。
 しかしそれは一斉にではなかった。
 光弾の数はまばら。狙いも足元に絞られている。
 そして明らかに意図して攻撃の厚みに差が作られている。
 相手をどこかに誘導したい、または追い詰めたいのだろう。
 そのシャロンの予想通り、逃げやすい方向にはサイラスの手から生まれた電気の糸が張り巡らされていた。
 その糸も足首を狙って張られている。そして込められている魔力は明らかに弱い。
 その薄い弾幕を回避しながら、シャロンはサイラスが何を考えているのか読んだ。

(私を生け捕りにしたいのね)

 しかしそれはシャロンにとって気持ちのいいものでは無かった。

(……私からいろいろ聞きたいことがあるみたいだけれども、これはなめられているみたいで、あまりいい気はしないわね)

 だからシャロンは少し大人気無い行動を取った。

「!」

 その動きに、兵士達は驚きを浮かべた。
 刺突剣を構えながら突っ込んできたのだ。
 陽炎を身にまとったかのように、影がぶれてみえるほどの踏み込み速度。
 そして低姿勢。足元狙いの光弾が胸にあたりそうなほどの。
 シャロンのたくらみはまさにそれであった。
 光弾を胸元で受けたかったのだ。迎撃しやすいように。
 シャロンは地の上を滑空するように走りながら、向かってくる光弾に対して刺突剣を突き出した。

「破ッ!」

 一声と共に放たれた剣閃は数多(あまた)。
 針のような剣先が数え切れぬほどの直線を空中に描く。
 その線はどれも独特の光を帯びていた。
 紫がかった電光だ。
 紫電を帯びた剣閃が次々と光弾を穿つ。
 雷が爆ぜた(はぜた)時に生じる独特の破裂音を発しながら、光弾は掻き消えていった。

「……っ!」

 その鮮やかな剣捌きに、兵士達が警戒を強める。
 そして兵士達はサイラスに心で訴えた。
 これは手加減できる相手では無いのではないかと。
 しかし当のサイラスは、

「……?!」

 困惑した表情を浮かべていた。
 サイラスはシャロンが電撃魔法を使って見せた直後に表情を変えていた。
 まず驚いた。
 希有な電撃魔法の使い手に出会ったからでは無い。
 シャロンが電撃魔法を使ったことに既視感を覚えたからだ。
 まるで自分がシャロンのことを既に知っているかのように。
 だから表情が困惑に変化した。
 そして、サイラスは兵士達からの訴えがもっともであると感じていた。
 手加減出来る相手では無いことは、ヨハンの刺客があっさりと退けられたという話から予想出来ていた。
 なのに、サイラスは躊躇していた。
 何が自分の決断を遅らせているのかは分かっていた。
 シャロンを傷つけてはいけないと、傷つけたくないと思っている、感じているからだ。
 しかしその理由が分からない。
 自分はやはりこの女のことを知っているのか?

「……っ」

 記憶を漁れど答えの見つからぬそのもどかしさと焦りに、サイラスは歯軋りした。
 そしてその疑惑の対象であるシャロンは、サイラスが抱いている感情に気付いていた。
 その疑問の答えを自分が知っていることも。
 だからシャロンはその顔に笑みを張り付かせながら突進した。

「!」

 戦闘中に笑みを浮かべながら突撃してくる、その異常性に気圧された兵士達は思わず反撃した。
 手加減の無い、そして統率の取れた一斉射撃。
 それは単純な一点集中では無く、回避先を潰すような予測射撃も含まれていたが、シャロンにとっては脅威では無かった。
 正面から受けることも出来た。が、シャロンはあえて回避を選択した。
 見せたかったからだ。

「何ッ!?」

 そしてそれを見たサイラスは声を上げた。
 傍目にはシャロンは高速移動しただけだ。
 サイラスが驚いたのはその速度では無く、移動の原理。
 体内で魔力の爆発が無かったのだ。
 思い返せば、先の突進もそうだった。
 今になって気付けたのは、シャロンの足から派手に紫電が散ったからだ。
 実は紫電を散らす必要は無い。シャロンはサイラスに気付いて欲しいがためにそうしたのだ。
 しかしサイラスはその移動の原理までは分からなかった。
 サイラスに見えたのはある事実だけ。
 紫電が散るよりも一瞬早く、シャロンの足裏から光弾が発射されたことだ。
 つまりこの女はリックと、偉大なる一族と同じことが出来るということ。
 しかし加速の原因は光弾の発射自体によるものでは無い。それは間違いない。
 何かしらの理由で光弾は発射しなければならなかったのだ。そしてそれは紫電と関係があるはず。

「……ッ」

 光弾を謎の移動で回避し続けるシャロンの姿を見ながら、サイラスは再び歯軋りした。
 サイラスは痛感していた。自身の「電撃魔法」というものへの理解の浅さを。
 サイラスは電撃魔法を「なんとなく」使えているだけだ。
 なぜ電気が流れるのかは全く分かっていない。
 そして、サイラスはそれを恥ずかしいことだと感じていた。
 自身の不理解をシャロンに読み取られたからだ。
 しかし奇妙なのは自身の考えが読まれること自体には抵抗が無いこと。
 そもそも、なぜ隠さないのか。防御しないのか。
 現在、サイラスは理性と本能を殺していない。魂は情報収集と共有だけ行っている。
 何のためにこの一ヶ月訓練してきたのか。このような能力者との戦いに備えるためでは無かったのか。
 この現状に兵士達は明らかに困惑している。
 相手に心を読ませているのは、感知に対してサイラスがほとんど無防備なのは、敵と話し合いの場を設けるためなのだろうと、兵士達は勝手に思い込んでいた。
 しかしそれが間違いであることは今のサイラスの状態を見れば馬鹿でも分かる。
 だから兵士達は叫んだ。

「「「ご決断を!」」」

 と。
 この心の叫びに、サイラスは、

「……ッ」

 またも歯軋りした。
 サイラスは正体不明の迷いと戦っていた。
 その天秤の揺れは拮抗していたが、少しずつ、ある方向に傾いていった。

「……こ、」

 その傾きが、サイラスの口をこじ開けた。
 たった一文字であったが、声にしたことで天秤の傾きは決定的なものになった。
 そしてサイラスは叫んだ。

「全力で攻撃しろ! この女相手に手加減は無用だッ!」

 待ち望んでいたその言葉に、兵士達は、

「「「応ッ!」」」

 力強い気勢を返した。
 空気が震えるほどの声量。
 シャロンはその揺れを肌で感じながら、

「……素晴らしいわ」

 と呟き、その顔に新たな笑みを作り直した。
 全力で、殺す気で向かってくるこの展開こそ、シャロンが望んでいたものであった。
 シャロンは知りたかった。サイラスの今の全力を。
 その結果、自分が死ぬことになったとしてもそれは本望であった。
 目覚めて間もないサイラスに倒されるのであれば、自分はその程度であったということ。

(―見たい。あなたの力を)

 シャロンの中で狂気のような感情が膨らんでいた。

(――見せてほしい。あなたの可能性を)

 欲望のようなその何かは重く、濁流となってシャロンの胸をさかのぼっていった。

(―――魅せてみよ。私を感動させてみせよ)

 そしてそれが喉に達した瞬間、シャロンは叫んだ。

「見せよ! 魅せてみよ! あなたの力で、私を震わせてみせろッ!」

 これが新たな開始の合図となった。
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