上 下
241 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十話 稲光る舞台(6)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 そしてシャロンの足はある場所で再び止まった。
 シャロンの眼前には少し開けた場所があった。
 目に付くのは夜に場を照らすためのかがり火台だけだ。
 兵士の姿は見えない。
 感知を使って探っても近くには誰もいない。
 遠方から警戒の線が張られているわけでもない。

「……」

 しかしシャロンはその空間の意味を理解していた。
 そしてシャロンは、

(素晴らしいわ)

 などと笑みを浮かべながら、その空間に踏み込んだ。
 すると次の瞬間、少し離れたところから鐘の音が一度だけ鳴った。
 そうだ。この無防備な空間は罠だ。
 しかし感知の気配は無かった。
 相手はどうやってシャロンの存在を認識したのか。
 それは至極単純。視線である。
 だが、視線には意識が含まれるのが普通。見ているものを全く意識しない、というのはかなり難しい技術だ。ゆえに人は見られるとその気配を感じることが出来る。シャロンでも視線に含まれる意識を完全には殺せない。
 その秘密の答えは鏡であった。
 鏡を使って視界だけを確保していたのだ。意識は鏡の方に向けられており、脳波は光のように鏡で反射したりはしない。
 このように道具を通して視ることで、感知能力者に気取られることなく一方的に相手を察知することができる。能力者を騙す手段というものは意外に多いものなのだ。
 そして逆も然り。道具を使っている相手を感知する対抗技術も存在する。が、それは高度なものであり、使い手は限定される。
 シャロンはその一人であり、道具を使って視られていることに気付いていた。
 そして、だから嬉しかった。目覚めてからたった一ヶ月でこのような手を思いついてくれたことに、シャロンは感謝と敬意のような念を抱いていた。
 ゆえにシャロンはその場で待った。この感情をある者に伝えるために。
 そしてしばらくしてその者は現れた。
 大勢の兵士達を連れて。
 兵士達はシャロンを包みこむように左右に広く展開した。
 その動きが止まった頃、その者は口を開いた。

「お前がヨハンが言い残した『あの女』だな?」

 シャロンの待ち人は、声の主はサイラス。
 隣にはリーザの姿。
 ラルフの姿は無い。
 サイラスはリーザに「影の脅威」について話していた。
 しかしラルフには話していない。
 サイラスは考えた末、ラルフには話さないことにした。ラルフは表の世界だけ知っていればいいと判断した。
 ラルフの感知力はそれほど強くない。ゆえにシャロンのような隠密能力に長ける存在は察知出来ない。話さなければ知る機会は滅多に訪れないだろうと、サイラスは考えたのだ。
 そして戦力的な問題はリーザが解決してくれた。サイラスは今のリーザをラルフに匹敵する戦力として見ていた。
 そも、ラルフは既にこの街にいない。
 教会打倒という当初の目的のために、リリィと共に別の場所に移動している。
 妙なことが起きないように護衛という名の監視をつけてはいるが、サイラスがラルフを手元から離したのには理由があった。
 直後、サイラスはその理由をシャロンに見せた。
 それはシャロンを驚かせるのに十分であった。

(ここまでとは……! これは想像していなかったわね)

 サイラスとリーザに上から見下ろされたのだ。
 サイラスは既に天に至る術を身に着けていた。
 リーザと共感するだけでサイラスはそれをあっさりと成した。
 サイラスの魂は理性と本能の要望に素直に答えた。サイラスの魂は腑抜けてはいなかったのだ。
 そして腑抜けていない者はサイラスだけではなかった。
 サイラスとリーザに続き、何名かの兵士達の魂が天に昇った。
 その中にはケビンの魂もある。
 なぜ彼らはこうも簡単に天に至れたのか。
 彼らには共通点があった。
 彼らはいずれも修羅場を何度もくぐりぬけた歴戦の戦士であった。
 この大陸では天に至る素質を持つ者は多い。戦いが長期化しているからだ。激戦を何度も経験したこの大陸の戦士に腑抜ける余裕など無いのだ。
 しかしここまではシャロンの予想通り。
 この街に到着するまでに、シャロンは魂が天に至る気配を何度も感じ取っていたからだ。
 シャロンが驚いたのは別のところ。
 天に昇った者達の魂が、まだ地上に残っている者達に線を降ろしたことだ。
 その線からは魂が収集した情報が送り込まれ、相互に共有されている。
「武神の号令」の魂への応用版だ。
 サイラスはこれをまだラルフに見せたくなかった。感じ取られたくなかった。だから距離を置いたのだ。

(本当に素晴らしいわ……)

 シャロンはこの短期間にこのような技を編み出したサイラス達に拍手を送ったが、

(でもね……それは今の状況で使っていい技では無いのよ)

 同時にサイラス達がやはりまだ未熟であることを知った。
 だからそれを教えてあげようと思ったシャロンは、

「じゃあ、始めましょうか」

 と、刺突剣を鞘から引き抜いた。
 それが開始の合図となった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...