Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十話 稲光る舞台(4)

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「さて、お前には明日から手伝ってもらうぞ」

 その手伝いが何であるか察した熊は口を開いた。

「ザウルとキーラを鍛えるのですな?」

 魔王は頷きを返しながら「そうだ」と答え、言葉を続けた。

「『共感』を使えばある程度まで伸ばせるだろう。魂の感覚は人によって異なるゆえ、あくまでもある程度までだがな。そこからは本人の努力次第。ゆえに彼らには焦ってもらう必要があった」
「……」

 魔王の言葉に熊は再び押し黙った。
 聞きたいことはあった。しかし、それを安易に尋ねてもよいものか悩んだのだ。
 しかし結局、好奇心に負けた熊は口を開いた。

「なぜそうまでして彼らの成長を急かすのです?」

 近々大きな戦いを仕掛けるおつもりなのですか? という言葉を熊は飲み込んだ。
 が、魔王はその心を読み、答えた。

「……お前が考えている通り、になるかもしれん。まだはっきりとは決めかねている」

 何が魔王の決断を妨げているのか。その疑問の答えも魔王は続けて言葉にした。

「仕掛けるならば勝たねばならん。そしてただ勝つだけでは駄目だ。短期決着、しかも圧勝でなければならぬ。長期戦で国を疲弊させたくはないからな」

 魔王は窓の外に視線を戻し、言葉を続けた。

「……少し前までは頃合かと思っていたのだがな。最近風向きが変わってしまったのだ」

 そう、あの焼け付くような、アランとクラウスが発動した「武神の号令」を感じ取ったあの日、魔王の自信は揺るいでしまった。
 そして魔王は目を細めながら、言葉を続けた。

「……『あいつ』が戦いに出てくれるならば、こんなに悩まずにすむのだがな」

 その言葉に、熊は尋ねた。

「どうしてあの御方は戦わないのです?」

 これに魔王は少し考える素振りを見せてから答えた。

「……戦うにはもう年を取りすぎた、と奴は答えたが、それは理由としては半分『だろう』な」

 その言葉に引っかかった熊は、即座に尋ねた。

「『だろう』、とは? 魔王様の力を持ってしても、読めないのですか?」

 これに魔王は、

「そうだ」

 と即答し、言葉を続けた。

「お前も読めなかっただろう?」

 その通りであった熊は頷きを返した。
 そして熊は考えた。
 あの時は自分が未熟だったからだと思った。
 しかし魔王様でも読めないという。
 魔王様はあの御方は違う道を歩んでいると言った。
 それは一体どんな道なのか。
 熊はそれを魔王に聞きたいと思った。分からずとも、考えを聞きたいと思った。
 そして魔王は熊のその興味を察していたが、その口から出たのは先の話の続きであった。

「……もう半分の理由は恐らく、最強に至ったと、一つの道の頂点に達したと感じているからだろう。戦いへの意欲を失ってしまったのだ。元々、奴が戦っていた理由はただの力試しだったからな」
「……」

 自分もいつかその高みに昇りたい、熊はそう思ったが言葉にはしなかった。
 そして同時に、熊は『あの御方』が戦わない理由はそれだけではないような気がしていた。

 オレグの考えは正解であった。
 その者が戦わない理由は他にもあった。
 それは魔王も抱いている感情、考えである。
 が、魔王はその奇妙な共通点にまだ気付いていなかった。

「……」

 熊のその心を読んでいた魔王は、そうかもしれないな、という言葉をあえて飲み込んだ。
 分からないものを話し続けても仕方が無いと思ったからだ。
 そして魔王は熊が『あいつ』に対して敬意を抱いていることを喜んだ。
 その眩しい感情を糧にもっと成長してほしい、成長してもらわねば、と魔王は思った。
 なぜなら、魔王はオレグを次の皇帝候補として見ているからだ。
 だから、魔王は三人をここに呼んだもう一つの理由を言葉にした。

「ところでオレグよ。ザウルとキーラのことを気にかけるのはいいが、それだけでは困るぞ。ここにお前を呼んだのはお前を鍛えるためでもあるのだからな」

 これに熊は嬉しそうな表情を作り、口を開いた。

「魔王様自ら御指南いただけるので? それは楽しみですな」

 気持ちの良いその答えに、魔王も笑みを浮かべた。
 が、魔王はすぐにその笑みを消し、口を開いた。

「……しかし歯がゆきは、お前のような者が少なくなったことよ」

 熊は魔王が何を言わんとしているのか掴みかねたが、魔王はその意を続けて言葉にした。

「最近ではお前達のような『天に至る者』がめっきり減ってしまった」

 これに熊は尋ねた。

「やはり『共感』ではどうにもならないので?」

 この言葉に、魔王は少し悲しくなった。
 オレグの魂というものへの理解がまだ弱いことに気付いたからだ。
 が、魔王は瞳に失望の色が宿らせることなく、答えた。

「……魂というものを何か誤解しているようだな。魂というものは必ずしも神聖なものでも、綺麗なものでも無い。それは人によるのだ」

 オレグの魂は高潔で少し世間ズレしているようだから、それが分からないのだろうと、魔王はオレグへの失望を消した。
 それは正解であった。これに関してはザウルのほうが理解が深い。
 そして、ここではっきりと教えておいたほうがいいだろうと思った魔王は言葉を続けた。

「おかしいと思ったことは無いか? 結局、三位一体というものが発動するかどうかは、魂が理性と本能からの要望に答えるかどうかであることに」

 確かにその通りだと、熊は頷いた。『共感』を使っても、天に至る感覚を完璧に伝えたとしても、魂がそれに応じなければ何も起きない。

「魂が理性と本能のかわりに表に立っても、普通の生活においては有利になることはあまり無い。余計な手間と情報が増えるばかりよ。その情報も、普段は本能が秘密裏に、そして必要に応じて理性に伝えているしな。俗に言う『感』が良いというのは、それも含めてのものよ」

 これにも熊は頷きを返した。
 ここまでは熊も同じ認識であった。
 問題は次だ。そう思った熊が言葉を待つと、間も無く魔王は口を開いた。

「では、ゆえに魂は普段表に出ないのか? それは間違いだ」

 その上手い話の進め方に、熊は興味を強くした。
 そして魔王はその興味をさらに煽ろうと、口を開いた。

「現在、天に至る者が少ない理由、それは多くの魂が腑抜けているからよ」

 腑抜けているとはどういうことなのか、魔王は言葉を続けた。

「分かりやすく言えば、感覚を与えても発動しないのは単純に魂が表に出ることを嫌がっているからよ。理性と本能を盾に奥に閉じこもっていたい、表に出る勇気を持たない臆病者なのだよ」

 魔王は「それが理由の一つ」と繋げ、間を置かず口を開いた。

「もう一つの理由は怠け者であること。時に理性が本能から与えられる欲求に振り回されるように、魂にも独自の欲求がある。それを満たすことしか考えていない魂はろくに仕事をしない。魂が情報を本能に伝達しないがため、そういう連中は『感』が鈍くなっている」

 言いながら魔王は皮肉の色が濃い笑みを浮かべた。魔王が言う府抜けた連中を馬鹿にしているように。
 しかし魔王はすぐにその笑みを消した。
 自国民のほとんどがその腑抜けた連中だからだ。
 そして魔王は怒気をわずかに滲ませながら言葉を続けた。

「考えてもみろ。魂はこの世に生を受けてからずっと理性と本能を盾にして奥に引きこもっているのだぞ。そんな環境でたくましい人格が育つと思うか?」

 魔王は「そして魂が腑抜けになりやすい理由はもう一つある」と言葉を続けた。

「それは安全になったからよ。今の人間は文明というものに守られている。魂は危険察知能力に長けるが、今の世ではそのような能力はほとんど必要が無くなってしまった。まともな文明が無かった時代、ヒトという種が自然の中で摂理に怯えながら生きていた太古の時代においては、三位一体というものは当たり前のものだったのかもしれぬ」

 話しながら魔王は口調から怒気を消していった。
 そして魔王はオレグに質問を投げた。

「……オレグ、お前はどうやって三位一体を発動した? どのような修行を積んだ? どんな環境に身を置いた?」
「……」

 オレグは即答しなかった。
 オレグは言葉を捜していた。
 単純に、厳しい、という表現ではあまりにも弱かったからだ。
 オレグは三位一体に至るために、一族に伝わる様々な試練を受けた。
「飢餓の試練」、「走破の試練」、「武技の試練」と続き、最後に待ち受けるのが「毒の試練」だ。
 この最終試験は一族の中でも賛否が分かれている。
 その理由は単純。生存率が低すぎるからだ。
 その内容は五感を麻痺させる毒を飲んだ状態で「飢餓の試練」、「走破の試練」、「武技の試練」を行うというもの。
 通常の感覚がほとんど機能しなくなるため、魂の力を借りなければ突破は不可能に近い。
 挑むものすら久しくなった現代で、オレグはこの試練に挑んだ。
 それはあまりに過酷であったが、学んだことも数え切れないほどにあった。
 今の自分があるのはこの試練のおかげだと言っても過言では無い。

「……」

 オレグはどうやってあの過酷さを伝えようかと悩んだが、心を読んだ魔王の方が先に口を開いた。

「……そうとう過酷なものだったようだな。だからお前は発動出来たのだ。今の時代で三位一体を成すには、厳しい環境に身を置くことが手段の一つだと断定してもいい」

 その口ぶりから、魔王は他の手も知っていることは明らかであった。
 オレグが尋ねるよりも早く、魔王はそれを言葉にし始めた。

「しかしもっと手っ取り早い手があるのは確かだ」

 それは何かと、オレグの興味が湧く。
 それを感じ取った魔王はいたずらを楽しむかのような笑みを浮かべ、口を開いた。

「知りたいか? 死ねばいいのだよ」

 この言葉にオレグは困惑の念を抱いた。
 そしてそれを感じ取った魔王は、顔に貼り付けていた笑みをさらに濃いものにした。
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