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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十話 稲光る舞台(3)

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 そして大男は身を強張らせる二人に向かって口を開いた。

「熊の一族の当主、オレグだ。御二人は狼と豹の当主であるな? 同じ戦いを生業とする者同士、よろしく頼む」

 人間味の薄い眼差しとは対照的に、その口調はしっかりとしており、そして重かった。

「「……」」

 対し、二人に出来たことは小さな会釈を返すことだけであった。
 オレグがほぼ魂だけで活動していることを二人は既に理解している。
 二人はそこから生まれる脅威について考えていた。
 まず、気配を感じ取りにくくなり、攻撃を事前に察知することが困難である。
 ここまでは誰にでも分かる。
 そしてそれだけならばこの男に対してこれほどの緊張を抱かないはずだ。
 攻撃が読めなくとも、速度を活かした一撃離脱を行えば勝ち目は十分にある。
 だから自分が気付いていない何かが、緊張の原因があるはずだ。
 二人は意識をその見えない脅威に向けた。
 もし、自分が魂だけで体を動かせたらどうする? と、想像しながら。
 そして二人はすぐに気付いた。
 そして二人の心は同時に震えた。
 そんなことが出来るのか、出来てしまうのだろうか、と。
 攻撃に感情を乗せ、相手の理性や本能に叩き付けることが出来るように、魂を乗せた攻撃が可能なのではないかと。魂を震わせる攻撃が可能なのではないかと。
 まさか、という言葉が二人の心に浮かび上がる。
 しかし二人はその「まさか」という感覚をすぐに振り払った。
 この男ならばきっと出来る、と。
 この男が自分よりも強いと感じる理由はきっとそこにあると。

「……っ」

 狼の男、ザウルは思わず歯を少し食いしばった。
 悔しかったのだ。
 なぜ、自分は今までそこに気付けなかったのかと。
 自分が天に至ったのは幼少時だ。
 なのに、今までそれに気付けなかった。
 魂だけで体を動かすという挑戦を放棄していた。
 魂の存在を知り、それが有する独特の感覚器官を利用するだけで満足していた。
 悔しさと焦りを抱く狼。
 それは豹も同じであった。
 そしてそれを感じ取った魔王は、

(……ふふ)

 内心ほくそ笑み、口を開いた。

「顔合わせは終わったな? では、食事まで解散とする。長旅で疲れているだろう、部屋でゆっくり休んでいろ」

 これに狼と豹は、

「「……では、お言葉に甘えて失礼します」」

 と、同時に頭を下げて謁見の間から出て行った。
 そして後には魔王とオレグだけが残った。
 しばらくして、オレグが口を開いた。

「……このために私を呼び、そして一度この部屋から追い出したのですな。まったく、相変わらず御意地が悪い」

 これに魔王は笑みを浮かべながら答えた。

「嫌な役をやらせてしまってすまんな。しかしこれであの二人はさらに努力を重ねるだろう」
「……」

 魔王の言葉に、熊は少し考えた後、

「……彼らを焦らせたかったのであれば、」

 思いついたことを口に出した。

「『あの御方』に会わせたほうが良かったのでは?」

 これに魔王は首を振った。

「あれはだめだ」

 熊がなぜかと問うと、魔王は答えた。

「あれは目標にするには遠すぎる。力の差がどれくらいあるかすらわからんよ」

 その言葉に熊は初めて『その御方』と出合った時の事を思い出した。
 オレグは武者修行と称して大陸を放浪していたことがあった。
 その時にオレグは『それ』と出会った。
 オレグは挑み、そして敗れた。一撃も入れることかなわずに。
 確かに、あの時の自分はなぜ負けたのかすら分からなかった。ただ圧倒的だった。
 しかし今戦えばどうだろうか。差は縮まっただろうか。それとも開いただろうか。
 熊がそんなことを考えていると、魔王が「それに、」と言葉を続けた。

「あいつは我らとは違うのだ」

 これに熊が「違うとは何がでしょうか」と尋ねると、魔王は少し考えてから答えた。

「……人が能力を磨き、それを子に伝えることを進化と呼ぶならば、あいつはその最前を行く者よ」

 魔王は「そして、」と言葉を続けた。

「その道は一つでは無い。私のように騙しあいや探りあいに長ける者もいれば、そうではない者、違う長所を磨いている者もいる」

 では、その者の長所とはなんなのか。好奇心から熊が口を開くよりも早く、魔王は答えた。

「……奴の力に興味があるか。まあ、お前なら当然よな。しかし我が教えずとも、お前はもう知っているはずだ」

 これに熊が内心で首を傾げると、魔王は答えを述べた。

「奴は私とお前の『天敵』よ。御伽噺に出てくるだろう?」

 その答えに熊は驚いて口を開いた。

「『天敵』……ですと? あの御伽噺に出てくる出鱈目(でたらめ)のような存在が、現実にいるとおっしゃられているのですか?! あの御方がそうであると?!」

 これに魔王は「そうだ」と答えた。
 そして魔王は再び笑みを浮かべながら口を開いた。

「誰が作ったのか、いつどこで生まれたのか、何も分からぬ御伽話だが、あれは良く出来た話よ。感の良い何者かが未来を予想して作ったとしか思えんわ」
「……」

 熊は言葉を失ったが、魔王は気にせず言葉を続けた。
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