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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十九話 二刀一心 三位一体(16)
しおりを挟む◆◆◆
次の日――
早朝、あの女は仕事への準備をしていた。
部屋は既にほとんど片付けられており、最小限の生活用品以外の荷物は綺麗にまとめられている。
女は荷物の中身の再確認を行っていた。
その中に一つ、とても目立つものがある。
細長い白い包みだ。
ある皮袋の確認を終えた女の手がそれに伸びた。
女が慣れた手つきで白い布を取り去ると、中から現れたのは細身の剣。
女は迷い無く、その剣を鞘から引き抜いた。
その刀身は鞘よりもさらに細く、握りと鍔の部分が無ければただの太い針と呼べるような形状をしていた。
一般には全く普及していないが、刺突剣という見た目どおりの名がついている。
これが彼女の仕事道具。精神攻撃に特化した剣だ。
女は剣に祈るように、刀身を眼前に置いた。
そして間も無くその刀身は発光を始めた。
「……」
意識を集中させ、剣に通う魔力の流れを感じ取る。
どうやら調子は悪くないようだ。
それを再確認した女は、別のものを刀身に流し込んだ。
すると間も無く、刀身は別の輝きを放ち始めた。
薄青く、そして時に黄みがかった光を放つ。
変化は目だけでなく耳にまで及んだ。
ぱちぱちと、何かが弾けたような音がその刀身から発せられるようになった。
「……」
そこで、女は懐から銅貨を一枚取り出した。
女はコイントスの要領でその銅貨を飛ばした。
軌道は真上では無く前。
ゆるやかな放物線を描いて飛んだその銅貨に向かって女は、
「疾ッ!」
気合とともに剣を突き出した。
直後、銅貨は軽い衝撃音と共に吹き飛んだ。
明らかに剣が届かない距離。
銅貨を打ったのは鋼の刀身では無い。
銅貨を襲ったのは薄青く黄みがかった閃光。刀身から放たれた紫電。
「まあ、問題は無い、かな」
自身の調子が良いことを声に出して確認した女は、剣を白い布で包みなおした。
◆◆◆
同時刻――
ある街で一人の酔っ払いが歩いていた。
夜通し飲み続けたせいか、その足はふらついている。
そして意味も無く上機嫌だ。
思考も定まっているか怪しいその男は、ふとある場所で足を止めた。
気付けば、前方に女がいる。壁に背を預けて立っている。
外套を深くかぶっているせいで顔は見えないが、線の細さと外套の上からでも分かる色気から、酔っ払いはそう思い込んだ。
そしてこの時ようやく、酔っ払いは自分が裏通りにいることに気付いた。この方向は帰り道では無い。
しかし今の酔っ払いにはどうでもよかった。
酔っ払いはあれは商売女であると勝手に思い込んでいた。こんな時間にこんな裏通りに、あんなに外套を深くかぶって立ってるんだからきっとそうだと。
だから酔っ払いはいくらなのか尋ねようと近づいた。
そして目の前まで迫った瞬間、
「おっと」
酔っ払いはお約束のように足を滑らせた。
体をささえようと反射的に手を伸ばす。
その時、左手は壁を掴んだが、右手は意味も無く女の外套を掴んでしまった。
左腕一本だけでは自重を支えきれず、酔っ払いの視点が大きく傾く。
その傾きに応じて、女の外套は酔っ払いの右手によってはぎとられた。
「……あ?」
そしてそれを見た酔っ払いは素っ頓狂な声を上げてしまった。
予想外だったからだ。
女という部分はあたっていた。しかも上玉だ。
しかしその格好は明らかに商売女のそれでは無かった。
胸元に鎖帷子(くさりかたびら)のようなものが見える。
ということはこの女は兵士なのか?
それにしては何か、雰囲気が違う。
それに珍しい顔だ。どこの国のものかわからない。奴隷にもこんな顔をしたやつはいなかった。
「……?」
酔っ払いが変な顔でみつめていると、女が口を開いた。
「……放セ」
威圧的なその声色に、酔っ払いは慌てて女から離れ、来た道を戻り始めた。
足を進ませながら酔っ払いは確信した。やはりこいつは異国の者だったと。
妙ななまりがあった。なまりというより、この国の言葉に慣れていない感じだった。
「……ったく、なんだってんだ」
そして男は愚痴をこぼした。
自分が悪いのは分かっているが、あんなに高圧的に言わなくても、などと自分勝手な言い訳を頭の中で並べていた。
だから気付かなかった。
女と同じくらい異質な男をすれ違ったことを。
体格の良い筋肉質なその男は女の客であった。女はこの男を待っていた。
だから女のほうから男に声をかけた。
「……遅い」
流暢な異国の言葉で。
そして男は同じ言葉で答えた。
「お前が早すぎるんだ」
少し遅刻したにもかかわらず軽い口調。
これに女は表情を変えることは無かったが、直後発せられた言葉には怒気が含まれていた。
「……その格好は何?」
女の言うとおり、男の格好は普通では無かった。
それは二人の祖国の、「和の国」の「着物」と呼ばれる衣装であった。
ゆったりとした雰囲気を放っており、広い袖がその印象を強くしている。
豪勢なものではない、礼装でもない、袴(はかま)と呼ばれる衣服を着用しない、着流しと呼ばれる庶民的なくだけた格好である。
だから男は明らかに異質であった。
しかし男は先と同じく軽い調子で答えた。
「何って? いつもどおりだが?」
茶化されてることは分かっていたが、女は真面目な質問を続けた。
「他人の目から自分を隠す気は無いの?」
「……」
男は少し沈黙した後、答えた。
「……顔がまったく違う異国で活動するならば、下手に隠すよりも、観光客や商売人として振舞ったほうがいいと思ってな。それに、俺から言わせてもらえばお前のほうが怪しい。それではまるで商売女みたいだぞ」
その言葉からは軽い調子が消えていた。
「……」
女は何も答えなかったが、しばらくして本来の用事について口を開いた。
「……私のことはどうでもいいでしょう。それより、あなたが注文していた品、手に入ったわよ」
これに男は「やっとか。待ちかねたぞ」とうんざりしたような口調で答えたが、その顔は少しほころんでいた。
そして女は外套の下からその品を覗かせた。
それは刀であった。
が、握りの部分、柄(つか)と呼ばれる部位の下部に、特徴的な紋様が掘り込まれていた。
その紋様は、円の中に葵の葉を三つ描いた「三つ葉葵」。
これは彼の愛刀であった。わざわざ祖国から取り寄せたのだ。
男は素早くその刀に手を伸ばしたが、
「今は駄目。あなた、これをどうやって持ち帰るつもり? まさか腰に差して、なんて考えてるんじゃないでしょうね?」
そう言いながら、女は男の手が届くよりも速く、刀を外套の下に戻した。
これに、男は「確かに、その通りだな」と納得しながらも、残念そうな顔を返した。
天国への階段を登る技術を体系化しているのは白い帝国だけでは無い。
「三」という数字は「和の国」にとっても特別なものであった。
そして、戦地におもむく準備を整えている「あの女」にも予想出来ていないことがあった。
次の戦いが想像以上の激戦になることだ。
第四十話 稲光る舞台 に続く
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