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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十九話 二刀一心 三位一体(12)
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◆◆◆
「……勝った、のか?」
肩で息をしながら、ラルフはそう呟いた。
眼前には、地に伏せたまま動かなくなったリーザの姿がある。
「……ふう」
息を整えながら、汗をぬぐう。
激しい戦いでは無かった。振り返ってみれば苦戦と呼べるものでは無い。疲れの大部分は緊張から来たものだ。
そして落ち着きを取り戻したラルフは、
「さて……」
最後の一手の動作に入った。
が、直後、
「そこまでだ」
静止の声と共に、ラルフは肩を掴まれた。
「!」
それはよく知っている声であったが、緊張が抜けきってなかったラルフは肩をびくりと震わせた。
もう一つの理由は感知が機能しなかったこと。
いつの間にか自分は孤立していた。自分はもう誰とも繋がっていない。神秘が機能していない。
所詮、借り物の能力だったのだ。訓練しなければ自力だけで維持出来るものでは無い。
そして孤立してしまった原因はすぐに予想がついた。
少し前に切断されたのだ。肩を掴んでいるこの男が、兵士達に心でそう命じたのだ。
根拠は無い。が、いま自分の肩を掴んでいる男の能力はそれを容易くやってのけそうなほどに強力だ。多分、アランより強い。
そこまでおぼろげに考えた後、ラルフはゆっくりとその男の名を声に出した。
「……どうして止めるのです? サイラス殿」
振り返ると、そこには自信に満ち溢れたような顔をしているサイラスの姿があった。
サイラスは先ほどまで脱走したアランを探していた。が、ある者に呼び寄せられてここに辿り着いた。
それは、呼んだ者はケビン。
彼ならば、サイラスならばこの戦いを止められると思ったからだ。
そしてサイラスはラルフの質問に答えた。
「彼女が炎の一族だからだ。我々の敵は教会のみ。炎の一族とまで事を構える必要は無い。そのためには彼女をいかしておいたほうがいい」
さらに付け加えるならば、彼女の殺意が薄いことをサイラスは感じ取っていた。
サイラスはリーザを戦力として残すことをあきらめてはいなかった。今の状況はその好機であると、サイラスは考えていた。
しかしサイラスはその事を、外界の脅威のことをラルフに伝えようとはしなかった。心を繋ごうとはしなかった。
ヨハンを殺した犯人が自分であると悟られては困るからだ。
だからサイラスは早々に場を締めた。
「戦いは終わった。無事な者は負傷者を運べ。撤収するぞ」
◆◆◆
その夜――
サイラスは自室で思索にふけっていた。
「……人間にこんな能力が備わっているとはな」
話し相手もいないのに、サイラスは呟いていた。
その内容はやはり神秘のことであった。
「しかしこれはまいったな……こんな技術が存在するのであれば、戦術を一から考え直さなくてはならない」
うんざりした口調であったが、その顔は対照的に嬉しそうであった。
サイラスは気付いていた。自身の神秘がかなり強力であることに。
思い返してみれば、自分はこの神秘を無自覚で使っていたような気がする。
昔から相手の考えが読めていた。だから裏をかけた。上手く世の中を渡れた。大した魔法能力を持たない自分が将軍の座につけた。
それらは全てこの神秘のおかげだったのだ。
「……しかしこの能力、まだうかつには使えんな」
サイラスは自身の能力が現状抱えている問題にも気付いていた。
まず第一に、無差別に使えば敵にまで力を与えてしまうこと。アランがラルフにそうしてしまったように。
第二に、自身の居場所が同じ感知能力持ちにばれてしまうこと。隠密行動にはまったく向いていない能力だ。
第三に、発動中は自身の考えが他人にもれやすいこと。隠し事にも向いていない。
第二の問題は多分どうにもならない。しかし、第一と第三の問題はなんとかしなくてはならない。この二つの問題は致命的な事態を招くおそれがある。工夫が必要だ。
「訓練でどうにかなるだろうか……なんにしても、やってみるしかないな」
明確な目標と直近の予定が決まったサイラスは、部屋の明かりを消した。
「……勝った、のか?」
肩で息をしながら、ラルフはそう呟いた。
眼前には、地に伏せたまま動かなくなったリーザの姿がある。
「……ふう」
息を整えながら、汗をぬぐう。
激しい戦いでは無かった。振り返ってみれば苦戦と呼べるものでは無い。疲れの大部分は緊張から来たものだ。
そして落ち着きを取り戻したラルフは、
「さて……」
最後の一手の動作に入った。
が、直後、
「そこまでだ」
静止の声と共に、ラルフは肩を掴まれた。
「!」
それはよく知っている声であったが、緊張が抜けきってなかったラルフは肩をびくりと震わせた。
もう一つの理由は感知が機能しなかったこと。
いつの間にか自分は孤立していた。自分はもう誰とも繋がっていない。神秘が機能していない。
所詮、借り物の能力だったのだ。訓練しなければ自力だけで維持出来るものでは無い。
そして孤立してしまった原因はすぐに予想がついた。
少し前に切断されたのだ。肩を掴んでいるこの男が、兵士達に心でそう命じたのだ。
根拠は無い。が、いま自分の肩を掴んでいる男の能力はそれを容易くやってのけそうなほどに強力だ。多分、アランより強い。
そこまでおぼろげに考えた後、ラルフはゆっくりとその男の名を声に出した。
「……どうして止めるのです? サイラス殿」
振り返ると、そこには自信に満ち溢れたような顔をしているサイラスの姿があった。
サイラスは先ほどまで脱走したアランを探していた。が、ある者に呼び寄せられてここに辿り着いた。
それは、呼んだ者はケビン。
彼ならば、サイラスならばこの戦いを止められると思ったからだ。
そしてサイラスはラルフの質問に答えた。
「彼女が炎の一族だからだ。我々の敵は教会のみ。炎の一族とまで事を構える必要は無い。そのためには彼女をいかしておいたほうがいい」
さらに付け加えるならば、彼女の殺意が薄いことをサイラスは感じ取っていた。
サイラスはリーザを戦力として残すことをあきらめてはいなかった。今の状況はその好機であると、サイラスは考えていた。
しかしサイラスはその事を、外界の脅威のことをラルフに伝えようとはしなかった。心を繋ごうとはしなかった。
ヨハンを殺した犯人が自分であると悟られては困るからだ。
だからサイラスは早々に場を締めた。
「戦いは終わった。無事な者は負傷者を運べ。撤収するぞ」
◆◆◆
その夜――
サイラスは自室で思索にふけっていた。
「……人間にこんな能力が備わっているとはな」
話し相手もいないのに、サイラスは呟いていた。
その内容はやはり神秘のことであった。
「しかしこれはまいったな……こんな技術が存在するのであれば、戦術を一から考え直さなくてはならない」
うんざりした口調であったが、その顔は対照的に嬉しそうであった。
サイラスは気付いていた。自身の神秘がかなり強力であることに。
思い返してみれば、自分はこの神秘を無自覚で使っていたような気がする。
昔から相手の考えが読めていた。だから裏をかけた。上手く世の中を渡れた。大した魔法能力を持たない自分が将軍の座につけた。
それらは全てこの神秘のおかげだったのだ。
「……しかしこの能力、まだうかつには使えんな」
サイラスは自身の能力が現状抱えている問題にも気付いていた。
まず第一に、無差別に使えば敵にまで力を与えてしまうこと。アランがラルフにそうしてしまったように。
第二に、自身の居場所が同じ感知能力持ちにばれてしまうこと。隠密行動にはまったく向いていない能力だ。
第三に、発動中は自身の考えが他人にもれやすいこと。隠し事にも向いていない。
第二の問題は多分どうにもならない。しかし、第一と第三の問題はなんとかしなくてはならない。この二つの問題は致命的な事態を招くおそれがある。工夫が必要だ。
「訓練でどうにかなるだろうか……なんにしても、やってみるしかないな」
明確な目標と直近の予定が決まったサイラスは、部屋の明かりを消した。
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