上 下
231 / 586
第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十九話 二刀一心 三位一体(12)

しおりを挟む
   ◆◆◆

「……勝った、のか?」

 肩で息をしながら、ラルフはそう呟いた。
 眼前には、地に伏せたまま動かなくなったリーザの姿がある。

「……ふう」

 息を整えながら、汗をぬぐう。
 激しい戦いでは無かった。振り返ってみれば苦戦と呼べるものでは無い。疲れの大部分は緊張から来たものだ。
 そして落ち着きを取り戻したラルフは、

「さて……」

 最後の一手の動作に入った。
 が、直後、

「そこまでだ」

 静止の声と共に、ラルフは肩を掴まれた。

「!」

 それはよく知っている声であったが、緊張が抜けきってなかったラルフは肩をびくりと震わせた。
 もう一つの理由は感知が機能しなかったこと。
 いつの間にか自分は孤立していた。自分はもう誰とも繋がっていない。神秘が機能していない。
 所詮、借り物の能力だったのだ。訓練しなければ自力だけで維持出来るものでは無い。
 そして孤立してしまった原因はすぐに予想がついた。
 少し前に切断されたのだ。肩を掴んでいるこの男が、兵士達に心でそう命じたのだ。
 根拠は無い。が、いま自分の肩を掴んでいる男の能力はそれを容易くやってのけそうなほどに強力だ。多分、アランより強い。
 そこまでおぼろげに考えた後、ラルフはゆっくりとその男の名を声に出した。

「……どうして止めるのです? サイラス殿」

 振り返ると、そこには自信に満ち溢れたような顔をしているサイラスの姿があった。
 サイラスは先ほどまで脱走したアランを探していた。が、ある者に呼び寄せられてここに辿り着いた。
 それは、呼んだ者はケビン。
 彼ならば、サイラスならばこの戦いを止められると思ったからだ。
 そしてサイラスはラルフの質問に答えた。

「彼女が炎の一族だからだ。我々の敵は教会のみ。炎の一族とまで事を構える必要は無い。そのためには彼女をいかしておいたほうがいい」

 さらに付け加えるならば、彼女の殺意が薄いことをサイラスは感じ取っていた。
 サイラスはリーザを戦力として残すことをあきらめてはいなかった。今の状況はその好機であると、サイラスは考えていた。
 しかしサイラスはその事を、外界の脅威のことをラルフに伝えようとはしなかった。心を繋ごうとはしなかった。
 ヨハンを殺した犯人が自分であると悟られては困るからだ。
 だからサイラスは早々に場を締めた。

「戦いは終わった。無事な者は負傷者を運べ。撤収するぞ」

   ◆◆◆

 その夜――
 サイラスは自室で思索にふけっていた。

「……人間にこんな能力が備わっているとはな」

 話し相手もいないのに、サイラスは呟いていた。
 その内容はやはり神秘のことであった。

「しかしこれはまいったな……こんな技術が存在するのであれば、戦術を一から考え直さなくてはならない」

 うんざりした口調であったが、その顔は対照的に嬉しそうであった。
 サイラスは気付いていた。自身の神秘がかなり強力であることに。
 思い返してみれば、自分はこの神秘を無自覚で使っていたような気がする。
 昔から相手の考えが読めていた。だから裏をかけた。上手く世の中を渡れた。大した魔法能力を持たない自分が将軍の座につけた。
 それらは全てこの神秘のおかげだったのだ。

「……しかしこの能力、まだうかつには使えんな」

 サイラスは自身の能力が現状抱えている問題にも気付いていた。
 まず第一に、無差別に使えば敵にまで力を与えてしまうこと。アランがラルフにそうしてしまったように。
 第二に、自身の居場所が同じ感知能力持ちにばれてしまうこと。隠密行動にはまったく向いていない能力だ。
 第三に、発動中は自身の考えが他人にもれやすいこと。隠し事にも向いていない。
 第二の問題は多分どうにもならない。しかし、第一と第三の問題はなんとかしなくてはならない。この二つの問題は致命的な事態を招くおそれがある。工夫が必要だ。

「訓練でどうにかなるだろうか……なんにしても、やってみるしかないな」

 明確な目標と直近の予定が決まったサイラスは、部屋の明かりを消した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...