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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十八話 軍神降臨(19)

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 波打つ胴が砂煙を吹き飛ばす。
 腫れた煙の中から姿を現したリーザは、既に次の攻撃態勢に入っていた。
 その形は爆発魔法の構え。
 ケビン殿が危ない、そう思うよりも早く、クラウスは無明剣の動作に入った。
 しかし明らかに間に合わない。無明の心を剣に宿すのには時間が足りない。

(ならば、踏み込むまで!)

 無理矢理にでも意識をこちらに向けさせる。
 むしろ、こちらに意識が向いていないこの瞬間こそ勝機。
 そう考えたクラウスが、右足に力を込めようとした瞬間、

「?!」

 背中を悪寒が撫で上がった。
 自然と、クラウスの目線はその悪寒の原因に、リーザの手元に流れた。

(これは、違う!)

 その手にあるもの、それはただの爆発魔法では無かった。武の神が与えたひらめきが、その手の中にあった。
 例えるなら、それは、

(これは……数珠(じゅず)?)

 真珠(しんじゅ)のネックレスのように、光り輝く小さな光の珠(たま)が、光の線で結ばれている。
 しかし輪の形にはなっていない。一本の線だ。両手の平が光る線で結ばれており、その線に珠が三個ついている。
 両手の平の間隔は徐々に広がっている。広がるごとに、線が伸びるほどに、新たな珠が両手から生まれている。

(まさか――)

 考えるよりも早く、クラウスは後方に跳んでいた。
 クラウスの足が地面から離れた直後、リーザは両腕を大きく振った。
 線が引き千切れ、珠が散らばる。
 そして間も無く、それらは一斉に弾けた。

「ぅおおおっ!?」

 空気を千切ったかのような連続爆発音がクラウスの身を包む。
 吹き飛びながら発した悲鳴は自身の耳に届いていない。
 その悲鳴には意外の色が滲んでいた。
 これでは死なないと受けた瞬間に分かったからだ。
 これは以前の爆発魔法だ。槍のように指向性を持たせたものでは無い。
 そうしなかった理由は出来ないからだ。線に結ばれただけの状態では拘束力が弱いため、珠が不規則に回転してしまうからだ。
 吹き飛ばされながら理解する。
 これは自分とケビン殿達からの攻撃、両方を吹き飛ばすためだけのものだと。
 背中と地面が削りあうのを感じながら理解する。
 リーザの意識はまだケビン殿の方に向いたままであることを。
 上半身を起こすよりも先に声を上げる。

「ケビン殿!」

 しかしそれ以上のことは何も出来ない。
 立ち上がり、自衛のために構えるまでが精一杯。
 そして直後、クラウスの思いは空しく、リーザの手から単発の爆発魔法が放たれた。
 感じなくても分かる。これは以前の爆発魔法では無いと。指向性を持たせた赤い槍であると。
 クラウスには見守ることしか出来なかった。
 しかし次の瞬間、

「?!」

 クラウスはありえないものを見た。
 それは爆発魔法に迫る巨大な光。
 一瞬、クラウスはそれがケビン達が放った光弾だと信じられなかった。
 爆発魔法が膨らみ、そして弾け、赤い閃光が生まれる。
 その槍の先端は巨大の光の塊に突き刺さった。
 閃光と火花が散り、轟音が鳴り響く。

「っ!」

 その衝撃の余波と閃光に、クラウスは目を細めた。
 しかし見逃さなかった。何が起きたのかを。ケビン達が何をしたのかを。

(止めた?! あの爆発魔法を!?)

 数百人の光弾を同時にぶつけて相殺したのだ。
 しかしそんなことがどうして出来た?

(こんなこと、心が繋がっていなければ――)

 そこまで考えて、クラウスはようやく気付いた。
 ケビン達の、部隊全員の心が繋がっていることに。
 だからあんなことが出来た?
 いや、心が繋がっているだけでは足りない。

(リーザが魔法を放つタイミング、射線、爆発までの時間、それらを完全に見切っていなければ出来ない)

 これはもしや、と思った。
 そしてその答えは既に見えていた。
 ケビンの背中から後方へ長い線が伸びている。
 目で追うと、その先には――

「アラン様!」

 主の姿があった。
 いつの間にこんな近くまで来ていたのか。
 いや、それよりもいつからケビン達と心を通じ合わせたのか。
 多分、それは台本が開かなくなったあたりからだろう。
 アラン様はケビンに台本を貸したのだ。この展開を台本がアラン様に示したのだろう。
 そして我が主はケビンと線を繋いだまま、声を上げた。

「クラウス、俺達があの怪物に勝つには、これしかない!」

 主は私と目を合わせながら、言葉を続けた。

「だから、力を貸してくれ!」

 力を貸せと言っても、どうすれば――

「!」

 瞬間、クラウスは理解した。
 正確には教えられた。剣を通して、アランの考えを読んだ。
 返事をするよりも先に体が動いた。
 アランも同時に動き始める。
 二人の動きは同じであった。
 手の平で刀身を撫でる、という動作。
 クラウスは右手に握った刀を左手で、アランは左手に握った刀を右手で。
 まるで合わせ鏡のように二人の動きが重なる。
 しかし、その後に二人が見せた動きは、まったく奇妙なものであった。
 同時に、刀を真上に振りかざす。
 切っ先を空へ向けた大上段の構え。
 そして、二人は同時に振り下ろした。
 鍔迫り合い(つばぜりあい)のように刀がぶつかり合い、場に甲高い金属音が響き渡る。
 火花が散るほどの衝突。
 しかし散ったのは火花だけでは無かった。
 ケビンと一部の部下達にはそれが見えていた。
 光の輪があふれるように広がったのを。
 これは合図。
 この戦場にいる者達の心を揺らし、意識をアランとクラウスの方に向けさせるための合図。
 同じ動作をもう一度。
 刀が再びぶつかり合い、光の輪が再びあふれる。
 合図を送りながら、アランは光の輪に反応を示した者達と、リーザの暴力から隠れている者達と心を結んでいった。
 そしてアランは再び確信した。
 やはりみな大なり小なり自分やクラウスと同じような能力を持っている。
 光の輪に反応した者はその潜在能力が高い。
 その者達と心を繋げ、感覚を共有することで能力の自覚をうながす。
 そしてアランは彼らに請う。
 近くの者達と心を繋げよと。この感覚を共有せよと。
 刀から火花が再び散る。
 戦場に金属音が響く度に、線が増えていく。
 アランを中心に、くもの巣のように線が広がっていく。
 光の輪が広がる度に、隠れていた兵士達が場に姿を現す。
 その者達の目はみなリーザに向けられていたが、遠いところを見ているようでもあった。
 兵士達は感動していた。かつてのクラウスやアランと同じように。神秘の門を開いたことに、新たな世界に目覚めたことに。
 兵士達の目に新たな色が滲み始める。
 それは希望、そして勇気。
 みな己の心に問うていた。やれるのか、あの怪物に。戦えるのか、と。
 ある者がそれに答えていた。やれるさ、力を合わせればきっと勝てる、と。
 我々はか弱い。だが、ゆえに手を取り合える。怪物に立ち向かえる。
 しかしまだ足りぬ。あの圧倒的な暴力に立ち向かうにはまだ足りない。
 もっと昂ぶらねば(たかぶらねば)ならない。あれを前に恐怖のかけらも抱かぬように。狂気の域に踏み込むまで戦意を引き上げねばならない。
 誰かが、そう思った。
 アランとクラウスはその思いを剣に汲み、ぶつけあった。
 それが合図となった。

「雄雄雄ォッ!」

 誰かが叫んだ。

「応ッ!」

 誰かがその叫びに応えた。

「応ッ!」

 雄叫びは連鎖し、こだまのように広がっていった。

「応ッ! 応ッ! 応ッ!」

 連なる叫び声が、リーザの心に迫る。

「応ッ! 応ッ! 応ッ!」

 押しつぶされるような圧迫感。
 自然と、リーザの足が一歩下がる。
 それをクラウスは見逃さなかった。

(分からないから怖いのだな、リーザ!)

 見えないのだな、心を通じてあふれるこの力が!
 眼に見えぬならその心に聞け! 感じているはずだ! これが武神の采配、軍神の降臨ぞ! 
 心の共鳴の連鎖! 一つになった意識から生まれる数の暴力! 矛盾を体現したこの力をその身で知れ!

 昂ぶる心。その感覚をクラウスは言葉にした。

「ゆくぞリーザ! 貴様のその圧倒的な暴力、我等が神秘で凌駕せん!」

 以前、アランの能力は戦闘向きでは無いと述べた。
 しかしそれはあくまで個人戦闘での話。
 相性の良い仲間と協力することで、アランの能力は、その影響範囲によってとてつもない結果を生みだす。
 共鳴による連鎖、感覚と技術の全体共有、それが『武神の号令』の正体。アランとクラウスはそれをいつでも発動することが出来るのだ。

 そしてアランとクラウスが惹かれあったのは偶然では無い。
 似たような能力を持つ者、相性が良いもの同士は自然と惹かれあうのだ。それが能力の開花と自覚をうながす。
 さらにいえば、アランに惹かれているものはクラウスだけでは無い。リックしかり、ディーノしかり……

 そのうちの一人は近くまで来ている。

   第三十九話 二刀一心 三位一体 に続く
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