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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十八話 軍神降臨(18)

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   ◆◆◆

 リーザの頭の中に入り込んだ「それ」は、瞬く間に脳を支配した。
「それ」の正体は複数の波が絡み合った複合波だ。
「それ」はまず、急激な疲労感を脳に与えた。考えすぎて熱が出ている、だから休めと、脳の各部に言いふらして回った。
 これによって脳は休止状態に。
 実際にはそこまで疲労していない。
 しかし嘘の情報に次々と騙されていく。
 そして、「それ」は休もうとする脳に問題を提起した。解決しなければならない「何か」があると。
 これにリーザの脳は混乱した。
 なぜなら、その「何か」が分からないからだ。
 短期記憶を格納している海馬に尋ねても分からない。長期記憶を格納している脳幹もだ。どこに尋ねてもその「何か」が分からない。
 当然だ。そんなものはどこにも無い。その「何か」を正確に知っているのはクラウスの脳だけだ。
 幽霊のような、正体不明の重要課題が、危機感のような何かがリーザの頭の中をぐるぐると駆け巡る。
 休眠状態に入りつつある頭ゆえに、考えが上手くまとまらない。
 ひどい鬱になったかのような感覚。
 その重く暗い感覚の中で、あるものが声を上げた。「何か」の正体は分からないが、似ているものがあると。
 それはなんだと、気だるげに理性が尋ねると、そのものはある記憶を提示した。
 それは「家」に関する記憶。
 周囲からの蔑視、罵声、荒れる母、そのようなものに対してどうにも出来ない自分。
 そうだ、これに似ている。答えの見えない問いだ。
 理想はある。しかし、どうすればそれに辿り着けるのかが分からない。

「分からない。分からないけれど――」

 一つの道理を見出したリーザの理性は口を開いた。
 同時に、リーザの心は再び燃え上がり始めていた。
 そして、あるものが理性に代わってその言葉の続きを声に出した。

「何もしなければ、その理想は、可能性は、泡と消える」と。

 炎の血は摂理に準じた行動原理を持っている。
 その一つは、「時に、戦わなければ死ぬ」という単純なものだ。

   ◆◆◆

「ぅあああああぁっっ!!!」

 直後、リーザは吼えた。
 自分の中にある何かを消し飛ばすかのように。
 空気が震えたような錯覚を抱くほどの声量。
 その感覚に、クラウスはわずかにたじろいだ。
 そして驚いた。リーザが無明剣を打ち破ったからだ。

(なんだと!?)

 思わず、その驚きが言葉になる。
 直後、クラウスはリーザがどうやって無明剣を破ったのか理解した。
 叩き込んだ波と対になる、正負真逆の波形を脳内で作り出し、相殺したのだ。
 なぜそんな事が出来る。なぜそんな簡単に破れる。
 お前もこの暗く重い感覚を知っているというのか。乗り越えたというのか。絶望に耐性があるというのか!

(いや、それよりも、)

 もっと気になることがある。
「何か」がリーザの心を揺らした。相殺し、火をつけた。
 しかしその「何か」の正体が分からない。見えない。波に反応しないゆえに感知出来ない。それが波を出したことは間違いないのだが、その位置すらはっきりしない。見えたのは、感じ取れたのはその一瞬だけ。
 だが、一瞬だけ感じたその感覚を、自分は知っているような――

(そうだ。あれに似ている。あの不思議な、あの懐かしい声を聞いた時の、あの感覚に)

 あるというのか。私がまだ知らないものが。この神秘をもってしても見えないものが。
 もっと奥深いところに。深層意識のさらに奥に。「魂」のようなものが。
 もう一つ気になるのは、「台本」が事前にそれを察知したこと。
 なぜ分かった。
 これもそうななのか。アラン様の「魂」が知っていたからなのか。同じ炎の血ゆえに、予想出来たことなのか。

「!?」

 次の瞬間、クラウスは再びたじろいだ。
 リーザの体に変化が起こったからだ。
 リーザの体を埋め尽くしている星々が、その輝きをさらに増した。

「あああアアアァッ!」

 同時に、リーザは再び吼えた。
 その響きはもはや獣の咆哮(ほうこう)というよりも悲鳴に近い。
 リーザは苦しんでいた。クラウスにはそれが分かった。
 今のリーザはかなり無茶をしている。出力を上げすぎている。
 しかしリーザはその痛みを、熱さを受け入れようとしている。
 その変化に、クラウスはぽつりと言葉を漏らした。

「なんなのだ……こいつは?」

 まるで大型の獣と対峙しているかのような感覚。
 その表現は的を射ていた。
 クラウスは感じた。リーザの理性が消えていくのを。
 変わりつつあるリーザと視線が交わる。

「っ!」

 瞬間、クラウスの身はすくんだ。
 本当に、獣のような目だ。
 そしてその目に込められた意思も感じた。
 それは「どちらが強いか決めよう」、ただそれだけだった。
 本当にただのそれだけ。ゆえに異常。
 保険が何も無い。心に逃げが一切無い。自分の体が動く限り、自分の命の全てを戦闘のみに使う気だ。
 まさに狂戦士。
 その狂った獣は、見せ付けるようにゆらりと身構えた。

(来る!)

 ほぼ同時にクラウスも身構える。
 その形は居合い。
 これしか無い、と思いつつも、クラウスは迷っていた。
 距離を取り直すかどうかだ。
 間違いなく炎の威力は増しているはずだ。
 それがどれほどか分からない。
 後退したくない、という願望だけが足を止めている。
 願望というよりは甘えかもしれない。
 しかし、この獣相手にそんな甘えが通るのだろうか。
 リーザの両手が赤みを帯び始めても迷いは消えない。

(ええい、ままよ!)

 焦りをつのらせながら、剣に魔力を流し込む。
 台本が開かないことが焦りを加速させている。
 なぜ、と思うよりも一瞬早く、その答えは明らかになった。

「!」

 リーザの視線がクラウスから外れる。
 直後、大量の光弾と矢がリーザに襲い掛かった。
 攻撃を一点に集中させた一斉射撃。
 凄まじい密度の光弾がぶつかり合い、跳ね返り、地面に着弾する。
 巻き上がる砂煙がリーザの姿を隠す。

(どこからの攻撃だ?!)

 クラウスが視線を移すと、そこには部隊を率いるケビンの姿があった。

「!」

 が、クラウスはケビンと目を合わせることなく、リーザの方に視線を戻した。
 砂煙の中で魔力が膨らむのを感じ取ったからだ。

「邪魔ヲ……」

 その砂煙の中から怨嗟のような声がした直後、

「するなあアアアアァッ!」

 叫びと共に、赤い大蛇が砂煙の中から頭を出した。
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