上 下
213 / 586
第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十八話 軍神降臨(13)

しおりを挟む
 クラウスの左後方から幾度目かになる爆発音が響き渡る。

「……」

 波のことと脳のことについて考えながら、クラウスは既に爆発魔法を四発、リーザから見て「右」にそらしていた。
 リーザの顔はもはや恐怖に染まっている。
 なぜなら、クラウスが前進を開始したからだ。
 クラウスは自身の能力の精度を確認しながら、少しずつ間合いを詰め始めていた。
 そしてその確認は終わりつつあった。
 これなら次で決められる、そう思ったクラウスは、五度目となるリーザの射撃動作に合わせて左足に力をこめた。
 が、次の瞬間、

「!」

 今度はクラウスの顔が恐怖に染まった。
 足に込めていた力を使って右後方に飛ぶ。
 その直後、直前までクラウスが立っていた場所から土砂が柱のように立ちのぼった。

「くっ!」

 爆風に煽られたクラウスの体が地の上を転がる。
 三転したところで、クラウスは体勢を立て直した。
 立ち上がり、剣を構えたその顔に浮かんでいたのは、驚きの色。
 間違いでなければ、今のは――

(防御された?!)

 もっと具体的に言えば、「消された」。私が送り込んだ波は消去されたのだ。

(しかし、一体どうやって――)

 思考を重ねる間も無く、眼前にいるリーザが再び射撃体勢に。
 台本が開くのを感じたクラウスは、束ねた線をリーザに向かって発射。
 二人の顔は焦りに染まっている。
 当たってくれ、効いてくれ、そんな思いが顔に表れている。
 リーザの手から爆発魔法が放たれる。
 ぶつかり合う二人の焦り。その結果は、

「……」

 クラウスの方に軍配が上がった。
 クラウスの顔に安堵の色が少しにじむ。
 爆発魔法はリーザから見て「左」にそれた。
 前回までは「右」という信号を送っていたが、今回は逆にした。すると上手くいった。

(同じ波ばかりでは駄目、ということなのか……?)

 リーザの脳がどのように防御しているのかはまだはっきりとは分からない。が、もしかしたら、「慣れる」ということがあるのかもしれない。

 クラウスが考えていることは正解である。
 人間の脳には結果から補正する能力がある。
 だから間違った行動は何度も繰り返さない。
 どんなに真実味のある情報をもとにした行動であっても、間違っていれば疑う。結果がすべて。
 その疑いは自分自身にすら向けられる。人間の脳は己を疑う。そしてついには「自らを書き換える」のだ。

 幸いなことに、リーザの脳はまだ「右」を疑っているだけだ。
 だが不幸なことに、クラウスは「脳が疑う」ということと、「書き換える」ということがどういうものなのかまだ理解していない。
 クラウスは知らない。この理解の遅れは致命的な結果を招きかねないことを。

 それを伝えようと、古い友人がクラウスの耳元で声を上げている。

「――っ!」

 しかし悲しきことに、

「……」

 クラウスは反応出来ず、ゆるゆると歩き始めた。
 その進みはまるで牛歩の如く。
 理解していないという事実が、警戒となって足に現れている。
 古き友人の声はやはり届いていない。届くわけが無い。今のクラウスは死から遠すぎる存在だ。

「っ!」

 直後、クラウスの右後方で再び爆発音。
 その衝撃にクラウスの体がゆらめく。
 先と同じく「左」という信号を送ったが、思ったよりも軌道がそれなかった。だから爆風によろめいた。
 この事実に、クラウスはようやく古い友人と同じ焦りを抱いた。

(まさか、これも防御されつつある、のか?!)

「右」も「左」もまったく効かなくなったらどうすればいいのか。
「上」と「下」は多分、無理だ。
 なぜなら既に試しているのだが、「撃つな」という信号は全く効かないからだ。
 でたらめな、または現実的では無い命令は効きにくい、または全く効かないと考えていいだろう。
 右足がまだ無事であったならば、「上」という選択肢は使えたかもしれない。リックのような大きな跳躍を見せれば、リーザの頭の中に「上」という選択肢が増えたかもしれない。
 ならば、

(踏み込むしかない……!)

 残された時間はきっと多くない。だから詰めるしか無い。
 目の前にいるリーザが次の射撃体勢に移る。
 台本が開く感覚。それに合わせて左足に力を込める。
 リーザが手にある爆発魔法を振りかぶる。

(今だ!)

 瞬間、リーザの頭に向かって線を発射。
 リーザの脳が波に揺れる。
 しかしリーザの動きに変化は無い。
 楕円の軌跡を描くリーザの手から、指から、爆発魔法が離れる。

(南無三!)

 クラウスはどこの国のものなのかすら知らない言葉で願いながら、地を蹴った。
 線が確実に効いたという実感が無いからだ。
 放たれた爆発魔法が迫る。
 その軌跡を見たクラウスは、

(……際どい!)

 即座に地を蹴り直した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...