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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十八話 軍神降臨(9)
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意識の切断は一瞬。
目の前に新たな景色が広がる。
(これは……)
夢だと、クラウスはすぐに気付いた。
なぜならこれも見たことがある映像だったからだ。
これは収容所時代の記憶。
雨の中で師が剣の素振りをしている。
草を刈るように、下段へのなぎ払いを繰り返している。
師が腕を振るたびに、足元の水溜りが大きな波を立てる。
なにも雨の中でやる必要のない鍛錬のように見える。
だからクラウスは「風邪を引いてしまいますぞ」と声をかけた。
その言葉に師は腕を止め、クラウスの方に向き直りながら口を開いた。
「やはり上手くいかないな」
何を試していたのですかと、クラウスは歩み寄ってくる師に尋ねたが、これに師は口を渋らせた。
「……笑わずに聞いてくれるか?」
もちろんですとも、とクラウスは答えたが、心の中では内容次第だと考えていた。
それを察したのか、師は、
「……」
本当に言っていいものか迷う素振りを見せたが、聞いて欲しいという欲求が勝ったのだろう、しばらくして口を開いた。
「……水を斬れないかと、試していたのだ」
「……」
笑うどころか、クラウスは呆気に取られたような顔を返した。
クラウスが「なぜそんなことを?」と尋ねると、師は次のように答えた。
「……私の血は半分ほど別の国のものだが、その国にこんな言葉があるんだ。『この世界は水のようなもので満たされている』と」
師は剣の方に目線を移しながら言葉を続けた。
「……その言葉を残したのは剣士で、その『水』を斬ることが出来たそうだ」
この言葉にクラウスは「それが本当ならば凄いですな」と述べたが、これは本心からでは無かった。
クラウスの心にはやはり疑いの色が強い。それを察した師は口を開いた。
「――」
……?
師は口をぱくぱくさせている。
しかし聞き取る事が出来ない。
(まさか――)
また時間切れなのか? 肝心なところで!
先と同じように視界が歪み始める。
待ってくれ――クラウスはそう声に出したが、願いは空しく、視界は闇に染まった。
その暗黒の中で、クラウスは
「剣に身をゆだねよ」
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