上 下
205 / 586
第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十八話 軍神降臨(5)

しおりを挟む
 クラウスの体が陽炎のように揺らぎ、影が前へ伸び始める。
 直後、その影を衝撃波がなぎ払った。
 しかし消えたのは影のみ。
 本体は既に右方に転進している。
 リーザの目線がそれを捉える。
 が、それは既に影。直前にクラウスは前方に向かって地を蹴っている。
 あっという間に双方の間合いが縮まり、クラウスの脳裏に勝利の二文字が浮かび上がる。
 次の一足で確殺となる距離。
 しかしそれは以前のリーザが相手であればの話。
 直後、台本が次のページを開いたのとほぼ同時にクラウスは後方に向かって地を蹴った。
 クラウスの前で爆発が起きる。
 土砂が舞い上がり、衝撃波と共に石の散弾が周辺に散らばる。
 近距離用に調整した爆発魔法を地面に叩き込んだのだ。
 以前の接近戦用の爆発魔法とは比べ物にならない威力。
 そしてなにより、クラウスが大きく後方へ退いたのは、台本ではわからない不確定要素があったからだ。
 この未来を予知する神秘をもってしても、石と土の破片がどのように散らばるのかまでは計算できなかった。『ここは多分危険だ』、という曖昧な予測が悪寒という形で知らされただけだ。
 安全策は単純に爆心地から距離を取るしかない。石と土の破片を掻い潜りながら突っ込むという行為は、完全に運に頼った行動となる。

(……厄介な)

 だからクラウスは唇を少し噛んだ。
 一呼吸分ほど間を置いてから、足を再び前に出す。
 まばたきするよりも早く、即座に右に転進。
 直前までいた場所で土砂が舞い上がる。
 右へ流れるクラウスを追う様に爆発が連続する。
 背後で鳴り続く爆音。それから逃げるように足に活を入れ続ける。
 逃げるので精一杯だ。
 明らかに先とは反応の速さが違う。
 もうこの動きに慣れたのか?
 それになんだこの攻撃の激しさは。この魔法はこんなに連射の効く代物だったか?
 そう自問自答するクラウスであったが、その答えは既に見えていた。

(あの女の身体に何が起きている?)

 女の中で煌く数え切れないほどの星々。
 明らかに普通では無い。
 どうやったらあんなことが出来るのか、それはわからない。
 が、あれがどういう現象なのかはわかる。
 あれは自分が使っている加速技と原理は同じものだ。
 しかし繊細さと規模が違いすぎる。自分のように間接の動きを補助しているだけでは無い。あれは全体の能力が向上している。

(さて、どうしたものか)

 この化け物をどうやって攻めるか、そんなことをクラウスが考え始めた直後、

「!」

 真後ろから爆発音。
 かなり近い。
 やはり女の反応速度が上がっている。このままだと次で直撃される。

(ならばさらに加速して振り切るまで!)

 そう考えたクラウスが、足に魔力を込めた瞬間、

「!?」

 台本が開いた。
 同時に悪寒が走る。
 悪寒の原因は一秒後に「前方で」起きる爆発。
 移動先を完全に読んだ偏差射撃だ。
 後ろか横へ逃げるしかない。

(やむを得ん!)

 クラウスはやむなく右を選択。
 本当は後方に逃げたい。
 なぜなら、偏差射撃の後に追い討ちが来るからだ。偏差射撃はあくまでこちらの足を止めることだけが狙いの牽制。
 しかし横移動ではその追い討ちの攻撃範囲から逃げられない。だから最善手は後方への転進。 
 しかしそれは出来ない。これだけ前に加速している状態でそんなことをすれば、足は確実にお釈迦になってしまう。
 足に活を入れ、真横に跳ぶ。
 同時に台本の次のページが開いた。

(!?)

 瞬間、クラウスの心に違和感が走った。
 その感覚に急かされるまま、再び足に活を入れる。
 陽炎よりも速く、クラウスの影が流れる。

「っ!」

 代償として足に走る激痛。
 数瞬の間を置いて、クラウスの後方で爆音。
 足に苦を強いて得た余裕のある回避。
 いや、はっきりいって余裕がありすぎる。これならば足を消耗させる必要など無い。
 攻撃のタイミングまで予測できるクラウスがなぜこんな回避を選んだのか。

(おのれ、またか!)

 そう、またなのだ。

(台本の反応が鈍い!)

 クラウスは大きな問題を抱えていた。
 そしてその原因に本人は気付いていない。

(いや、鈍いというよりも迷っているような……!)

 偏差射撃の予測の時もそうだった。
 偏差射撃が来ることはわかっていた。
 しかしそのタイミングの提示があまりに直前すぎた。
 迷っていると表現したが、正にその通り。台本は何度も書き換えられている。数値が攻撃の直前までふらふらしている。
 なぜこんなことになる。所詮借り物ゆえに、上手く扱えないということなのか?

(否……それは違う。何かが予測の邪魔をしている)

 確信めいたものがあった。
 そも、台本の演算をしているのは自分では無くアラン様だ。自分はその演算結果を受け取っているだけに過ぎない。
 そして、アラン様のこの能力は相手の心を読み攻撃を予測する、それだけのものだ。
 では、ふらついているのはアラン様のせいなのだろうか。
 それも否。
 意識の線をしっかりと繋げているから分かる。アラン様の演算は完璧だ。
 つまり原因は、迷っているのは台本の方では無い。

(リーザが攻撃を迷っている?)

 それしか考えられない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...