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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十八話 軍神降臨(3)
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◆◆◆
「クラウス殿!」
しばらくして、隙間から覗き見えた顔にケビンは声を上げた。
瓦礫を除去する手が自然と早まる。
そしてケビンの手がその体を掴むより早く、クラウスはのそのそと瓦礫の中から這い出てきた。
「クラウス殿、よかったご無事で! ……?」
ケビンはクラウスに肩を貸そうとした。が、その手が止まった。
クラウスがケビンを押しのけたからだ。
「クラウス殿?!」
様子がおかしいことに気付いたケビンがその名を呼ぶ。
「……」
しかしクラウスは返事をせず、ふらふらと前へ歩き始めた。
その目はうつろ。焦点が定まっていない。
こちらの声も聞こえていないようだ。
(まさか、気を失っている?!)
ならば止めないと、そう考えたケビンがクラウスの肩を掴む。
が、クラウスはその手を叩き払った。
振りほどかれた反動でケビンが尻餅をつく。
気を失っているくせにやけに力強い。これは片手片足では止められない。
「クラウス殿!」
再び声をかける。
「……」
しかしやはり返事は無い。
ケビンは周囲を見回しながら声を上げた。
「誰か! 誰かきてくれ!」
これにも返事は無い。
ケビンの焦りが募る。
なぜなら、クラウスが向かっている方向は今最も危険な場所だからだ。
「クラウス殿! そっちは駄目だ!」
しかしクラウスは歩みを止めない。
その足先はリーザの方へ真っ直ぐに向いていた。
◆◆◆
前へ、前へ。
淡々と足を前へ進める。
何を目指して?
実は何も目指していない。何も考えていない。
今のクラウスにあるのは、
(美しい……)
場違いで、そして新鮮な感動だ。
今のクラウスの目には幻想が見えていた。
それは数え切れないほどの光の線。
人から人へ、つなぎ合わせるように、からませるように、網のように張り巡らされている。
そして線は人と人の間に限らない。天を見上げれば、
(おお……なんと、)
そこにあるのはため息を吐きそうなほどの圧倒的な光景。
まず目を引くのはとても大きく、目に痛いほどに輝くひとつの星。
これはきっと太陽だ。
この燃える星から、細い光の線が雨のように降り注いできている。
その雨の行き着く先を追って目線を下げると、
(これが……大地)
眼下に広がるは輝く絨毯。
大地が輝いている。
その輝きは均一では無い。模様がある。ある場所では縞模様、別の場所では染みのように暗く、またある場所では水滴がしたたる水面のように波紋を描いている。
それが時間とともに変化している。縞模様が、染みが、波紋が、時に広がり時に消えている。
その変化がとても不思議で、幻想的で、心地よい。
まるで万華鏡。
そしてこの美しい大地と人も、光の線で繋がっている。
地から出ている線は太くそして力強い。
そう、『力強い』。実感できるほどに。
今なら分かる。自分は、いやこの地にある全てのものはこの線に引っ張られている。
「……」
その力を確かめるように足を前に出す。
地を踏みしめ、足裏で実感する。
その当たり前のことが今のクラウスには心地よかった。
新しい世界を見ているという実感と、同時に湧き上がる優越感。
それをもう一度味合うため、再び足を前に出す。
直後、
「?!」
嫌な感覚がクラウスの体に走った。
原因はすぐに分かった。
自分の体に、先ほどまでには無かった新しい一本の線が結ばれている。
それが不快、いや恐ろしい。
一体なぜ――誰が――線の出所を探る。
そして辿り着いたのは、
(これは……リーザの線!)
あの女が自分を見つけたから、気がついたから線が結ばれたのだ!
手遅れな事実に気がついたと同時に、世界が元の姿を取り戻す。
光る線の上に鮮やかな色が塗られていく。
そして明らかになるリーザの形相。
意外なことにそれは穏やかな表情。
それは勝者の顔。圧倒的余裕から生まれる笑み。
もはやリーザはクラウスのことを脅威だと思っていない。
しかし逃がすつもりも無い。
リーザはゆっくりと、見せ付けるようにあの魔法の準備を始めた。
クラウスの心に焦りと恐怖が湧きあがる。
同時に、
“試練はまだ終わっていない”
あの声が聞こえたような気がした。
尋ねる間も無く一方的に声は続く。
“もう一度言うぞ。お前はいつも一人で戦ってきたわけではないはずだ。言い換えれば、『一人で戦うべきでは無い』”
その言葉にクラウスは疑惑を通り越した怒りを抱いた。
一人で戦うなと言っても、どうすればいいのだ。意識と引力が視えるようになったが、これだけでどうにか出来るとは思えない。先と同じように意識の線を伸ばしても、どうにもならない! この状況をどうにかできる者など、周りには誰もいない!
クラウスが怒りを吐き終えたとほぼ同時に、リーザの手の上に赤く輝く光弾が完成する。
あとはそれを投げるだけ。それで自分の死が確定する。
(誰か――)
今のクラウスに出来ることは、祈るように誰かに乞い、願うだけであった。
◆◆◆
「!?」
直後、アランの顔は再び驚きの色に染まった。
なぜなら『台本』が勝手に開いたからだ。
しかもそれは自身に迫る危機について書かれたものでは無い。
それだけでは無い。何かが、いや誰かが自分の中に入ってきているような感じがする。
その感覚に体が硬直した。自分のとても奥深いところに、気安く入れてはならない領域にもぐり込まれようとしているような気がしたからだ。
しかしアランはすぐに体の力を抜いた。
それが、自分がよく知っている者だと気付いたからだ。
「クラウス殿!」
しばらくして、隙間から覗き見えた顔にケビンは声を上げた。
瓦礫を除去する手が自然と早まる。
そしてケビンの手がその体を掴むより早く、クラウスはのそのそと瓦礫の中から這い出てきた。
「クラウス殿、よかったご無事で! ……?」
ケビンはクラウスに肩を貸そうとした。が、その手が止まった。
クラウスがケビンを押しのけたからだ。
「クラウス殿?!」
様子がおかしいことに気付いたケビンがその名を呼ぶ。
「……」
しかしクラウスは返事をせず、ふらふらと前へ歩き始めた。
その目はうつろ。焦点が定まっていない。
こちらの声も聞こえていないようだ。
(まさか、気を失っている?!)
ならば止めないと、そう考えたケビンがクラウスの肩を掴む。
が、クラウスはその手を叩き払った。
振りほどかれた反動でケビンが尻餅をつく。
気を失っているくせにやけに力強い。これは片手片足では止められない。
「クラウス殿!」
再び声をかける。
「……」
しかしやはり返事は無い。
ケビンは周囲を見回しながら声を上げた。
「誰か! 誰かきてくれ!」
これにも返事は無い。
ケビンの焦りが募る。
なぜなら、クラウスが向かっている方向は今最も危険な場所だからだ。
「クラウス殿! そっちは駄目だ!」
しかしクラウスは歩みを止めない。
その足先はリーザの方へ真っ直ぐに向いていた。
◆◆◆
前へ、前へ。
淡々と足を前へ進める。
何を目指して?
実は何も目指していない。何も考えていない。
今のクラウスにあるのは、
(美しい……)
場違いで、そして新鮮な感動だ。
今のクラウスの目には幻想が見えていた。
それは数え切れないほどの光の線。
人から人へ、つなぎ合わせるように、からませるように、網のように張り巡らされている。
そして線は人と人の間に限らない。天を見上げれば、
(おお……なんと、)
そこにあるのはため息を吐きそうなほどの圧倒的な光景。
まず目を引くのはとても大きく、目に痛いほどに輝くひとつの星。
これはきっと太陽だ。
この燃える星から、細い光の線が雨のように降り注いできている。
その雨の行き着く先を追って目線を下げると、
(これが……大地)
眼下に広がるは輝く絨毯。
大地が輝いている。
その輝きは均一では無い。模様がある。ある場所では縞模様、別の場所では染みのように暗く、またある場所では水滴がしたたる水面のように波紋を描いている。
それが時間とともに変化している。縞模様が、染みが、波紋が、時に広がり時に消えている。
その変化がとても不思議で、幻想的で、心地よい。
まるで万華鏡。
そしてこの美しい大地と人も、光の線で繋がっている。
地から出ている線は太くそして力強い。
そう、『力強い』。実感できるほどに。
今なら分かる。自分は、いやこの地にある全てのものはこの線に引っ張られている。
「……」
その力を確かめるように足を前に出す。
地を踏みしめ、足裏で実感する。
その当たり前のことが今のクラウスには心地よかった。
新しい世界を見ているという実感と、同時に湧き上がる優越感。
それをもう一度味合うため、再び足を前に出す。
直後、
「?!」
嫌な感覚がクラウスの体に走った。
原因はすぐに分かった。
自分の体に、先ほどまでには無かった新しい一本の線が結ばれている。
それが不快、いや恐ろしい。
一体なぜ――誰が――線の出所を探る。
そして辿り着いたのは、
(これは……リーザの線!)
あの女が自分を見つけたから、気がついたから線が結ばれたのだ!
手遅れな事実に気がついたと同時に、世界が元の姿を取り戻す。
光る線の上に鮮やかな色が塗られていく。
そして明らかになるリーザの形相。
意外なことにそれは穏やかな表情。
それは勝者の顔。圧倒的余裕から生まれる笑み。
もはやリーザはクラウスのことを脅威だと思っていない。
しかし逃がすつもりも無い。
リーザはゆっくりと、見せ付けるようにあの魔法の準備を始めた。
クラウスの心に焦りと恐怖が湧きあがる。
同時に、
“試練はまだ終わっていない”
あの声が聞こえたような気がした。
尋ねる間も無く一方的に声は続く。
“もう一度言うぞ。お前はいつも一人で戦ってきたわけではないはずだ。言い換えれば、『一人で戦うべきでは無い』”
その言葉にクラウスは疑惑を通り越した怒りを抱いた。
一人で戦うなと言っても、どうすればいいのだ。意識と引力が視えるようになったが、これだけでどうにか出来るとは思えない。先と同じように意識の線を伸ばしても、どうにもならない! この状況をどうにかできる者など、周りには誰もいない!
クラウスが怒りを吐き終えたとほぼ同時に、リーザの手の上に赤く輝く光弾が完成する。
あとはそれを投げるだけ。それで自分の死が確定する。
(誰か――)
今のクラウスに出来ることは、祈るように誰かに乞い、願うだけであった。
◆◆◆
「!?」
直後、アランの顔は再び驚きの色に染まった。
なぜなら『台本』が勝手に開いたからだ。
しかもそれは自身に迫る危機について書かれたものでは無い。
それだけでは無い。何かが、いや誰かが自分の中に入ってきているような感じがする。
その感覚に体が硬直した。自分のとても奥深いところに、気安く入れてはならない領域にもぐり込まれようとしているような気がしたからだ。
しかしアランはすぐに体の力を抜いた。
それが、自分がよく知っている者だと気付いたからだ。
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