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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十七話 炎の槍(9)
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その手から生み出された色は白ではなく赤。
高熱を持って現れたその赤は、瞬く間にクラウスの体を盾ごと飲み込んだ。
「っ!」
身を焼かれる激痛に、クラウスは思わず後方に地を蹴った。
強烈な熱波にクラウスの上体が揺らぎ、足がもつれる。
熱量だけでなく押しの強さも強烈。
クラウスを十分押し返したところで、リーザは炎を放つ左手を横に振るった。
炎が地を這う蛇のような軌跡を描き、兵士達を次々となぎ払う。
味方を巻き込んでいるが今のリーザに彼らのことを想う余裕は無い。
そして瞬く間に眼前は赤一色に染まった。
耳には悲鳴しか届かない。
その騒がしさとは対照的にリーザの心は落ち着きを取り戻しつつあった。
が、直後にリーザの目の前を一つの細い影が下によぎった。
反射的にリーザは右手を上にかざし、真上に防御魔法を展開した。
光の傘に矢雨が降り注ぐ。
自分の周囲に誰もいなくなったから――誤射がありえない状況になったから、上から集中攻撃を受けるようになったのだ。理性では冷静にそう分析できていたが、リーザの心は波打った。
右二の腕に突き刺さったままの矢から生まれる激痛がその波を大きくする。
苛立つ心。その心に従うまま、リーザは左手を上に振るった。
炎が家屋の軒下から屋根まで舐めるように這い、上にいた弓兵達までも飲み込む。
赤に包まれる家屋。だが、これだけでは満足できないとでも言うかのように、赤色は隣の家屋に乗り移っていった。
こんなことを繰り返せば、街全体があっという間に赤色に包まれるのは明らか。
にもかかわらず、リーザは再び赤色を別の家屋に向かって放った。
もうどうでもいい。ヨハンの街だからなど知ったことではない。言い訳なら後でいくらでもしてやる。罰も甘んじて受けよう。
そんなことを頭の片隅で考えながら、リーザは炎を再び放った。
が、
「!?」
その炎は目標に届かなかった。
防御魔法に遮られたのだ。
だがそれだけでリーザは驚いたりしない。目の前で起きたことが奇妙だったからだ。
防御魔法にぶつかった炎が光の粒子になって拡散してしまったのだ。
あの防御魔法は明らかに普通ではない。
あれはなんなのか。リーザの理性は記憶の海の中から正答らしきある一文を引き出した。
それは昔読んだ文献の一文。
ある特殊な魔法について書かれた本。厚みは無いが内容はよく覚えている。
なぜなら自分の、炎使いの天敵となる存在について書かれた本だったからだ。
その魔法は対象から急激に熱を奪い、光など別のものに変えてしまう。名を、
(冷却魔法?!)
と呼ぶ。
その珍しい魔法の使い手が、防御魔法を解除して顔を見せた。
使い手の正体はヨハンの側近「だった」男、カイルであった。
なぜ彼はここにいるのか。なぜこの戦いに突如参戦したのか。
その理由は彼の表情に表れていた。
(この戦いは本意では無い。……しかし、)
目元は少し沈んだ気持ちを表している。が、
(この街のどこかに父と母が捕らわれている以上、焼かせるわけにはいかん)
対照的に眉は力強く、十分な戦意を表していた。
そしてカイルはその戦意を見せ付けるように、少し大げさな動きをつけて「身構えた」。
右手は腰のあたりに引き、左手は防御魔法を張るために前に。そして両足は手と同じく左を前に出した半身の構え。
暗器使いである彼が堂々と両手を晒して構えることは珍しい。
それもそのはず。今の彼は鎖を所持していないからだ。それを隠す外套も纏っていない。
彼の鎖は工房に預けられている。修理のためだ。
修復は簡単で一日で終わるはずだった。しかし間が悪いことにそこへ反乱軍がやってきてしまった。
武器を扱う工房は当然のように占拠された。もしかしたら、鎖はもう工房から無くなってしまっているかもしれない。
そして、「この街のどこかに父と母が捕らわれている」という情報も確実性に欠けている。
カイルは主が不在なのをいいことにヨハンの書斎を漁った。
その際に父と母「らしき」二人の情報を見つけた。あくまでも「らしき」というだけだ。
ヨハンは汚れ仕事をする際、取り扱う情報は全てぼかしていた。比喩や隠喩を使い回し、特定の人物にしか情報が伝わらないように配慮していた。だから父と母の名が直接記された書類などはどこにも無かった。
だが、カイルの直感は「それらしき」書類を見つけだした。
そこに書かれている二人の特徴と人質のような不自由で慎重な扱いから、直感的に「これだ」とカイルは思った。
そしてなにより、大事なものは出来るだけ近くに置きたがるというヨハンの性質にも適っている。
高熱を持って現れたその赤は、瞬く間にクラウスの体を盾ごと飲み込んだ。
「っ!」
身を焼かれる激痛に、クラウスは思わず後方に地を蹴った。
強烈な熱波にクラウスの上体が揺らぎ、足がもつれる。
熱量だけでなく押しの強さも強烈。
クラウスを十分押し返したところで、リーザは炎を放つ左手を横に振るった。
炎が地を這う蛇のような軌跡を描き、兵士達を次々となぎ払う。
味方を巻き込んでいるが今のリーザに彼らのことを想う余裕は無い。
そして瞬く間に眼前は赤一色に染まった。
耳には悲鳴しか届かない。
その騒がしさとは対照的にリーザの心は落ち着きを取り戻しつつあった。
が、直後にリーザの目の前を一つの細い影が下によぎった。
反射的にリーザは右手を上にかざし、真上に防御魔法を展開した。
光の傘に矢雨が降り注ぐ。
自分の周囲に誰もいなくなったから――誤射がありえない状況になったから、上から集中攻撃を受けるようになったのだ。理性では冷静にそう分析できていたが、リーザの心は波打った。
右二の腕に突き刺さったままの矢から生まれる激痛がその波を大きくする。
苛立つ心。その心に従うまま、リーザは左手を上に振るった。
炎が家屋の軒下から屋根まで舐めるように這い、上にいた弓兵達までも飲み込む。
赤に包まれる家屋。だが、これだけでは満足できないとでも言うかのように、赤色は隣の家屋に乗り移っていった。
こんなことを繰り返せば、街全体があっという間に赤色に包まれるのは明らか。
にもかかわらず、リーザは再び赤色を別の家屋に向かって放った。
もうどうでもいい。ヨハンの街だからなど知ったことではない。言い訳なら後でいくらでもしてやる。罰も甘んじて受けよう。
そんなことを頭の片隅で考えながら、リーザは炎を再び放った。
が、
「!?」
その炎は目標に届かなかった。
防御魔法に遮られたのだ。
だがそれだけでリーザは驚いたりしない。目の前で起きたことが奇妙だったからだ。
防御魔法にぶつかった炎が光の粒子になって拡散してしまったのだ。
あの防御魔法は明らかに普通ではない。
あれはなんなのか。リーザの理性は記憶の海の中から正答らしきある一文を引き出した。
それは昔読んだ文献の一文。
ある特殊な魔法について書かれた本。厚みは無いが内容はよく覚えている。
なぜなら自分の、炎使いの天敵となる存在について書かれた本だったからだ。
その魔法は対象から急激に熱を奪い、光など別のものに変えてしまう。名を、
(冷却魔法?!)
と呼ぶ。
その珍しい魔法の使い手が、防御魔法を解除して顔を見せた。
使い手の正体はヨハンの側近「だった」男、カイルであった。
なぜ彼はここにいるのか。なぜこの戦いに突如参戦したのか。
その理由は彼の表情に表れていた。
(この戦いは本意では無い。……しかし、)
目元は少し沈んだ気持ちを表している。が、
(この街のどこかに父と母が捕らわれている以上、焼かせるわけにはいかん)
対照的に眉は力強く、十分な戦意を表していた。
そしてカイルはその戦意を見せ付けるように、少し大げさな動きをつけて「身構えた」。
右手は腰のあたりに引き、左手は防御魔法を張るために前に。そして両足は手と同じく左を前に出した半身の構え。
暗器使いである彼が堂々と両手を晒して構えることは珍しい。
それもそのはず。今の彼は鎖を所持していないからだ。それを隠す外套も纏っていない。
彼の鎖は工房に預けられている。修理のためだ。
修復は簡単で一日で終わるはずだった。しかし間が悪いことにそこへ反乱軍がやってきてしまった。
武器を扱う工房は当然のように占拠された。もしかしたら、鎖はもう工房から無くなってしまっているかもしれない。
そして、「この街のどこかに父と母が捕らわれている」という情報も確実性に欠けている。
カイルは主が不在なのをいいことにヨハンの書斎を漁った。
その際に父と母「らしき」二人の情報を見つけた。あくまでも「らしき」というだけだ。
ヨハンは汚れ仕事をする際、取り扱う情報は全てぼかしていた。比喩や隠喩を使い回し、特定の人物にしか情報が伝わらないように配慮していた。だから父と母の名が直接記された書類などはどこにも無かった。
だが、カイルの直感は「それらしき」書類を見つけだした。
そこに書かれている二人の特徴と人質のような不自由で慎重な扱いから、直感的に「これだ」とカイルは思った。
そしてなにより、大事なものは出来るだけ近くに置きたがるというヨハンの性質にも適っている。
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