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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十七話 炎の槍(2)
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◆◆◆
リーザ達はゆっくりと前進を開始した。
対し、反乱軍は慌しく動き始めた。
中でも目立つほど激しく動き始めたのは弓兵達。
少数にまとめられ各所に配置されていた弓兵部隊たちは、それぞれがある共通点を含んだ場所へ走った。
それは屋根が高い民家。または長い射線が確保出来る屋根。
それらの家の壁にはハシゴがかけられている。
そのハシゴを支えている兵士の一人が向かってくる弓兵達に向かって声を上げた。
「速く登れ! ただし慌てるな! 決して前にいる奴を急かすんじゃないぞ!」
これに弓兵達は期待されていた通りの動きを見せた。
間隔を維持したまま、一定の速度を保って登っていく。
一切の乱れ無くこんな動きが出来るのは、この二日間訓練していたからだ。
そして屋根に上がった者から順番に、事前に決められていた配置についていった。
屋根の淵には防御用の大盾が固定設置されている。
傍には拳大ほどの大きさがある石が詰め込まれた籠もあった。
接近されたら弓からこれに切り替える。この高さからならば、下に向かって投げるだけで下手な光弾を凌駕する威力を出せるからだ。
そして、最後に登った弓小隊の隊長が部下の配置に間違いが無いこと確認しつつ、周囲を見回した。
屋根には厚みのある板や横倒しにしたハシゴで橋がかけられおり、別の屋根に移動することが出来るようになっていた。
敵の進軍経路に応じて攻撃陣地を柔軟に切り替えるためであるが、脱出手段を確保する目的もあった。
リーザが強力な炎の使い手であることは周知されていた。家ごと焼き払われた場合の対処手段であった。
そして、弓小隊の隊長は見回しながらあることに気付いた。
(……しかし、よく出来た街だ)
よく出来ているというのは、街の構造に対しての評価だ。
街は明らかに戦闘を意識した設計がされていた。
まず不自然に高い建物が多い。三階以上の家屋が珍しくないのだ。道幅が広い大通り沿いではその傾向が特に顕著で、ほぼ全てが高層物件だ。
そして複数ある大通りの先には必ず広場があるのだが、これも露骨だ。
広場と大通りの間には区切りとなる溝があるが、これが妙に深く、一足では飛び越えられない幅を持っているのだ。
溝の底には水が流れているが、とりあえず流しているだけという感じで、景観を美化するために作られたようには見えない。この広場と溝は向かってくる敵を迎撃するための陣地として用意されたものだろう。
そして我々はそのように使っている。広場には大勢の大盾兵と魔法使いが配置されている。
(……ん?)
その中にいたある男に、隊長は目をとめた。
その男が周りから浮いていたからだ。
大盾兵達の列に並んでいるが、その手にあるのは大盾ではなく剣だ。
(……? まあ、いいか)
気になるが今はそれどころでは無い、そう思った隊長は、近づいてくるリーザ達のほうに視線を戻した。
リーザ達はもう街の前まで迫っていた。
あと一分もしないうちに弓の射程に入る距離。
「……」
隊長の顔に緊張の色が宿る。
それを察した弓兵達は弓を構えた。
「……」
静かに攻撃の合図を待つ。
その時、ある音が弓兵達の耳に入った。
それは誰かがハシゴを登る音。
今頃誰が? 気になった弓兵達は構えを維持したまま、意識をハシゴの方に向けた。
そして間も無く、一人の男が屋根の下から姿を現した。
それはフレディ。
フレディは登って来た勢いのままするりと隣の屋根に移動した後、隊長がしたのと同じように周囲を見回した。
そしてあるものを見つけたフレディはそれに注目した。
それは先ほど隊長が目に留めた剣を持つ男、クラウス。
フレディはあごに手を当て、感心した様子でクラウスを見つめた。
(逃げずにちゃんと働くつもりみてえだな。……律儀だねえ)
それだけ考えた後、フレディはクラウスから視線を外した。
目的はクラウスの監視では無いからだ。
フレディはちらりとリーザの方を見た後、再び周囲を見回した。
リーザとの距離と、もしもの場合の逃走経路を再確認したのだ。
フレディはここに戦いに来たわけでは無い。目的は戦況の観察。そしてその伝達だ。
伝える相手はもちろんサイラス。送った情報はラルフを焦らせ、そして引っ張り出すために使われる。
そして、周辺の確認を終えたフレディは広場の方に視線を戻した。
クラウスは先と同じ姿勢のまま立っている。
フレディはその手にある剣を見つめながら、リーザとクラウスがぶつかったらどうなるかについて想像した。
(炎使い相手に剣でどうにかなるとは思えねえが……)
フレディの頭は至極一般的な予想を描いたが、その直後に「もしかしたら」という考えが浮かんだ。
(……アランみたいな動きが出来るなら、勝ち目があるかもしれねえな。……まあ、死なない程度に頑張ってくれればそれでいいさ)
そんな事を考えた後、フレディは視線をリーザの方に戻した。
フレディはクラウスではリーザを止められないと思っている。リーザを正面から撃退出来るのはラルフしかいないと思っている。剣で炎をなんとかすることは出来ないと、サイラスも思っている。
しかしそれは間違いであることをクラウスは証明する。クラウスはこの戦いで剣の新たな可能性を示すのだ。この戦いに関しては、サイラスの考えは全くと言っていいほどに当たらないのだ。
リーザ達はゆっくりと前進を開始した。
対し、反乱軍は慌しく動き始めた。
中でも目立つほど激しく動き始めたのは弓兵達。
少数にまとめられ各所に配置されていた弓兵部隊たちは、それぞれがある共通点を含んだ場所へ走った。
それは屋根が高い民家。または長い射線が確保出来る屋根。
それらの家の壁にはハシゴがかけられている。
そのハシゴを支えている兵士の一人が向かってくる弓兵達に向かって声を上げた。
「速く登れ! ただし慌てるな! 決して前にいる奴を急かすんじゃないぞ!」
これに弓兵達は期待されていた通りの動きを見せた。
間隔を維持したまま、一定の速度を保って登っていく。
一切の乱れ無くこんな動きが出来るのは、この二日間訓練していたからだ。
そして屋根に上がった者から順番に、事前に決められていた配置についていった。
屋根の淵には防御用の大盾が固定設置されている。
傍には拳大ほどの大きさがある石が詰め込まれた籠もあった。
接近されたら弓からこれに切り替える。この高さからならば、下に向かって投げるだけで下手な光弾を凌駕する威力を出せるからだ。
そして、最後に登った弓小隊の隊長が部下の配置に間違いが無いこと確認しつつ、周囲を見回した。
屋根には厚みのある板や横倒しにしたハシゴで橋がかけられおり、別の屋根に移動することが出来るようになっていた。
敵の進軍経路に応じて攻撃陣地を柔軟に切り替えるためであるが、脱出手段を確保する目的もあった。
リーザが強力な炎の使い手であることは周知されていた。家ごと焼き払われた場合の対処手段であった。
そして、弓小隊の隊長は見回しながらあることに気付いた。
(……しかし、よく出来た街だ)
よく出来ているというのは、街の構造に対しての評価だ。
街は明らかに戦闘を意識した設計がされていた。
まず不自然に高い建物が多い。三階以上の家屋が珍しくないのだ。道幅が広い大通り沿いではその傾向が特に顕著で、ほぼ全てが高層物件だ。
そして複数ある大通りの先には必ず広場があるのだが、これも露骨だ。
広場と大通りの間には区切りとなる溝があるが、これが妙に深く、一足では飛び越えられない幅を持っているのだ。
溝の底には水が流れているが、とりあえず流しているだけという感じで、景観を美化するために作られたようには見えない。この広場と溝は向かってくる敵を迎撃するための陣地として用意されたものだろう。
そして我々はそのように使っている。広場には大勢の大盾兵と魔法使いが配置されている。
(……ん?)
その中にいたある男に、隊長は目をとめた。
その男が周りから浮いていたからだ。
大盾兵達の列に並んでいるが、その手にあるのは大盾ではなく剣だ。
(……? まあ、いいか)
気になるが今はそれどころでは無い、そう思った隊長は、近づいてくるリーザ達のほうに視線を戻した。
リーザ達はもう街の前まで迫っていた。
あと一分もしないうちに弓の射程に入る距離。
「……」
隊長の顔に緊張の色が宿る。
それを察した弓兵達は弓を構えた。
「……」
静かに攻撃の合図を待つ。
その時、ある音が弓兵達の耳に入った。
それは誰かがハシゴを登る音。
今頃誰が? 気になった弓兵達は構えを維持したまま、意識をハシゴの方に向けた。
そして間も無く、一人の男が屋根の下から姿を現した。
それはフレディ。
フレディは登って来た勢いのままするりと隣の屋根に移動した後、隊長がしたのと同じように周囲を見回した。
そしてあるものを見つけたフレディはそれに注目した。
それは先ほど隊長が目に留めた剣を持つ男、クラウス。
フレディはあごに手を当て、感心した様子でクラウスを見つめた。
(逃げずにちゃんと働くつもりみてえだな。……律儀だねえ)
それだけ考えた後、フレディはクラウスから視線を外した。
目的はクラウスの監視では無いからだ。
フレディはちらりとリーザの方を見た後、再び周囲を見回した。
リーザとの距離と、もしもの場合の逃走経路を再確認したのだ。
フレディはここに戦いに来たわけでは無い。目的は戦況の観察。そしてその伝達だ。
伝える相手はもちろんサイラス。送った情報はラルフを焦らせ、そして引っ張り出すために使われる。
そして、周辺の確認を終えたフレディは広場の方に視線を戻した。
クラウスは先と同じ姿勢のまま立っている。
フレディはその手にある剣を見つめながら、リーザとクラウスがぶつかったらどうなるかについて想像した。
(炎使い相手に剣でどうにかなるとは思えねえが……)
フレディの頭は至極一般的な予想を描いたが、その直後に「もしかしたら」という考えが浮かんだ。
(……アランみたいな動きが出来るなら、勝ち目があるかもしれねえな。……まあ、死なない程度に頑張ってくれればそれでいいさ)
そんな事を考えた後、フレディは視線をリーザの方に戻した。
フレディはクラウスではリーザを止められないと思っている。リーザを正面から撃退出来るのはラルフしかいないと思っている。剣で炎をなんとかすることは出来ないと、サイラスも思っている。
しかしそれは間違いであることをクラウスは証明する。クラウスはこの戦いで剣の新たな可能性を示すのだ。この戦いに関しては、サイラスの考えは全くと言っていいほどに当たらないのだ。
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