上 下
186 / 586
第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十七話 炎の槍(2)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 リーザ達はゆっくりと前進を開始した。
 対し、反乱軍は慌しく動き始めた。
 中でも目立つほど激しく動き始めたのは弓兵達。
 少数にまとめられ各所に配置されていた弓兵部隊たちは、それぞれがある共通点を含んだ場所へ走った。
 それは屋根が高い民家。または長い射線が確保出来る屋根。
 それらの家の壁にはハシゴがかけられている。
 そのハシゴを支えている兵士の一人が向かってくる弓兵達に向かって声を上げた。

「速く登れ! ただし慌てるな! 決して前にいる奴を急かすんじゃないぞ!」

 これに弓兵達は期待されていた通りの動きを見せた。
 間隔を維持したまま、一定の速度を保って登っていく。
 一切の乱れ無くこんな動きが出来るのは、この二日間訓練していたからだ。
 そして屋根に上がった者から順番に、事前に決められていた配置についていった。
 屋根の淵には防御用の大盾が固定設置されている。
 傍には拳大ほどの大きさがある石が詰め込まれた籠もあった。
 接近されたら弓からこれに切り替える。この高さからならば、下に向かって投げるだけで下手な光弾を凌駕する威力を出せるからだ。
 そして、最後に登った弓小隊の隊長が部下の配置に間違いが無いこと確認しつつ、周囲を見回した。
 屋根には厚みのある板や横倒しにしたハシゴで橋がかけられおり、別の屋根に移動することが出来るようになっていた。
 敵の進軍経路に応じて攻撃陣地を柔軟に切り替えるためであるが、脱出手段を確保する目的もあった。
 リーザが強力な炎の使い手であることは周知されていた。家ごと焼き払われた場合の対処手段であった。
 そして、弓小隊の隊長は見回しながらあることに気付いた。

(……しかし、よく出来た街だ)

 よく出来ているというのは、街の構造に対しての評価だ。
 街は明らかに戦闘を意識した設計がされていた。
 まず不自然に高い建物が多い。三階以上の家屋が珍しくないのだ。道幅が広い大通り沿いではその傾向が特に顕著で、ほぼ全てが高層物件だ。
 そして複数ある大通りの先には必ず広場があるのだが、これも露骨だ。
 広場と大通りの間には区切りとなる溝があるが、これが妙に深く、一足では飛び越えられない幅を持っているのだ。
 溝の底には水が流れているが、とりあえず流しているだけという感じで、景観を美化するために作られたようには見えない。この広場と溝は向かってくる敵を迎撃するための陣地として用意されたものだろう。
 そして我々はそのように使っている。広場には大勢の大盾兵と魔法使いが配置されている。

(……ん?)

 その中にいたある男に、隊長は目をとめた。
 その男が周りから浮いていたからだ。
 大盾兵達の列に並んでいるが、その手にあるのは大盾ではなく剣だ。

(……? まあ、いいか)

 気になるが今はそれどころでは無い、そう思った隊長は、近づいてくるリーザ達のほうに視線を戻した。
 リーザ達はもう街の前まで迫っていた。
 あと一分もしないうちに弓の射程に入る距離。

「……」

 隊長の顔に緊張の色が宿る。
 それを察した弓兵達は弓を構えた。

「……」

 静かに攻撃の合図を待つ。
 その時、ある音が弓兵達の耳に入った。
 それは誰かがハシゴを登る音。
 今頃誰が? 気になった弓兵達は構えを維持したまま、意識をハシゴの方に向けた。
 そして間も無く、一人の男が屋根の下から姿を現した。
 それはフレディ。
 フレディは登って来た勢いのままするりと隣の屋根に移動した後、隊長がしたのと同じように周囲を見回した。
 そしてあるものを見つけたフレディはそれに注目した。
 それは先ほど隊長が目に留めた剣を持つ男、クラウス。
 フレディはあごに手を当て、感心した様子でクラウスを見つめた。

(逃げずにちゃんと働くつもりみてえだな。……律儀だねえ)

 それだけ考えた後、フレディはクラウスから視線を外した。
 目的はクラウスの監視では無いからだ。
 フレディはちらりとリーザの方を見た後、再び周囲を見回した。
 リーザとの距離と、もしもの場合の逃走経路を再確認したのだ。
 フレディはここに戦いに来たわけでは無い。目的は戦況の観察。そしてその伝達だ。
 伝える相手はもちろんサイラス。送った情報はラルフを焦らせ、そして引っ張り出すために使われる。
 そして、周辺の確認を終えたフレディは広場の方に視線を戻した。
 クラウスは先と同じ姿勢のまま立っている。
 フレディはその手にある剣を見つめながら、リーザとクラウスがぶつかったらどうなるかについて想像した。

(炎使い相手に剣でどうにかなるとは思えねえが……)

 フレディの頭は至極一般的な予想を描いたが、その直後に「もしかしたら」という考えが浮かんだ。

(……アランみたいな動きが出来るなら、勝ち目があるかもしれねえな。……まあ、死なない程度に頑張ってくれればそれでいいさ)

 そんな事を考えた後、フレディは視線をリーザの方に戻した。

 フレディはクラウスではリーザを止められないと思っている。リーザを正面から撃退出来るのはラルフしかいないと思っている。剣で炎をなんとかすることは出来ないと、サイラスも思っている。
 しかしそれは間違いであることをクラウスは証明する。クラウスはこの戦いで剣の新たな可能性を示すのだ。この戦いに関しては、サイラスの考えは全くと言っていいほどに当たらないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

処理中です...