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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十六話 選択と結末(20)
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二週間後――
リーザの歩みは止まらず、サイラス達がいる町まであと一日という距離まで迫っていた。
しかしこれまでにリーザに対してまともな攻撃は行われていなかった。
なぜなら――
「どうでした?」
私室に戻ってきたサイラスに対し、待っていたフレディが口を開いた。
尋ねているのはラルフの答えについてだ。
サイラスは首を振った。
「駄目だ。やはりリリィの傍を離れようとしない。……リリィが全快するまでラルフは動かないつもりのようだ」
答えるサイラスの表情は険しく、それは口調にも現れていた。
そしてサイラスは苛立たしさを露にしたまま言葉を続けた。
「……つまり、ラルフという男はリリィの都合ひとつで勇敢にも腑抜けにもなるということだ。まったく厄介なことだ!」
吐き捨てるように言った後、サイラスはテーブルの上に残しておいた紅茶を一気に飲み干した。
気を落ち着かせるためと、あやうく飛び出すところだった汚い言葉を飲み込むためだ。
サイラスは息を吐きながらコップをテーブルに戻した後、再び口を開いた。
「……リリィのためにしか動かないというのであれば、リリィを巻き込むまでだ」
この言葉にフレディは思わず声を上げた。
「この街を戦場にするってことですかい?」
サイラスは即答した。
「今のままだとどうせそうなる。ラルフ抜きでリーザをなんとかすることは難しいが、障害物が多いこの街中ならかなり有利になる」
しかしこれにもフレディは物申した。
「でも、リーザってやつは炎を使うんでしょ? ってことは街が火の海になっちまうんじゃ?」
「……」
サイラスは肯定を意味する沈黙を返した。
言葉を返さないのは、サイラス自身も本当はこんな手を取りたく無いと思っているからだ。
街に被害が及べば間違いなく住民から不評を買うことになる。
現時点で既に評判はあまり良くない。街は不安で包まれている。
原因の一つは暴徒と化した一部の奴隷達のせいだ。
この二週間はその鎮圧を行っていた。
街が静かになる頃には、管理下に置いていた収容所の奴隷達も不信感と恐怖を露にするようになった。同じ無能力者が処刑されたのだから当然だろう。
しかしこれは今のところどうでもいい。ただの無能力者だけではどうにもならないことを前回の結果から知っているからだ。
前回は我が師が「強い無能力者の象徴」として全体を統率し、さらに一部魔法使いの協力を得た上で負けたのだ。秩序の無い奴隷達ではどうにもならないことは明らかだ。
恐怖で怯えていようが、今は大人しくしていてくれればそれでいい。無能力者達からの評判は後でどうにでもなるだろう。
「……」
そこまで考えたところで、サイラスは表情を変えた。
怒りが消え、目つきが鋭く冷たいものに変化した。
リリィの事を考えたからだ。
無能力者達からの評判について考えた瞬間、ラルフとリリィが一緒になる未来が浮かび上がったからだ。
最強の魔法使いと無能力者の結婚、間違いなく世は沸き立つだろう。
しかしそれは決して必要な事では無い。無能力者にとって都合のいい法を整備するだけで十分だろう。
だから目が冷たくなったのだ。やはりリリィは始末した方がいいのではないか、と思ったのだ。
(……やるにしても、今は駄目だ)
しかしサイラスは決断を一時保留にした。
リリィはラルフと彼の私兵によって安全が確保されている。それでもやれないことはないかもしれないが、間違いなく我々に疑いの目が向けられることになる。
「……」
サイラスは別のことに考えを移しながら椅子に腰を下ろした。
「……」
フレディも黙ったままサイラスの言葉を待った。
サイラスは目の前に迫ったリーザとの戦いについて思考を重ねていった。
勝敗の心配はしていない、サイラスはそう言った。
その期待が間違いであることをサイラスは感じている。
だがサイラスはまだ甘い。
サイラスは知らない。リーザが怪物と呼べるほどに成長しつつあることを。そしてそのきっかけとなる出会いが次の戦いで起きてしまうことを。
そしてリリィとラルフ、そしてアランに対しての認識もまだ甘い。
後に、サイラスもまたアランと同じように自身の選択について思い悩むことになる。サイラスが思っていた以上に三人の関係は厄介なものになってしまうのだ。
しかしサイラスを真に悩ませるのは別のものだ。
サイラスの真の敵は己自身。サイラスは己の鏡に悩まされることになるのだ。
第三十七話 炎の槍 に続く
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