184 / 586
第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十六話 選択と結末(20)
しおりを挟む◆◆◆
二週間後――
リーザの歩みは止まらず、サイラス達がいる町まであと一日という距離まで迫っていた。
しかしこれまでにリーザに対してまともな攻撃は行われていなかった。
なぜなら――
「どうでした?」
私室に戻ってきたサイラスに対し、待っていたフレディが口を開いた。
尋ねているのはラルフの答えについてだ。
サイラスは首を振った。
「駄目だ。やはりリリィの傍を離れようとしない。……リリィが全快するまでラルフは動かないつもりのようだ」
答えるサイラスの表情は険しく、それは口調にも現れていた。
そしてサイラスは苛立たしさを露にしたまま言葉を続けた。
「……つまり、ラルフという男はリリィの都合ひとつで勇敢にも腑抜けにもなるということだ。まったく厄介なことだ!」
吐き捨てるように言った後、サイラスはテーブルの上に残しておいた紅茶を一気に飲み干した。
気を落ち着かせるためと、あやうく飛び出すところだった汚い言葉を飲み込むためだ。
サイラスは息を吐きながらコップをテーブルに戻した後、再び口を開いた。
「……リリィのためにしか動かないというのであれば、リリィを巻き込むまでだ」
この言葉にフレディは思わず声を上げた。
「この街を戦場にするってことですかい?」
サイラスは即答した。
「今のままだとどうせそうなる。ラルフ抜きでリーザをなんとかすることは難しいが、障害物が多いこの街中ならかなり有利になる」
しかしこれにもフレディは物申した。
「でも、リーザってやつは炎を使うんでしょ? ってことは街が火の海になっちまうんじゃ?」
「……」
サイラスは肯定を意味する沈黙を返した。
言葉を返さないのは、サイラス自身も本当はこんな手を取りたく無いと思っているからだ。
街に被害が及べば間違いなく住民から不評を買うことになる。
現時点で既に評判はあまり良くない。街は不安で包まれている。
原因の一つは暴徒と化した一部の奴隷達のせいだ。
この二週間はその鎮圧を行っていた。
街が静かになる頃には、管理下に置いていた収容所の奴隷達も不信感と恐怖を露にするようになった。同じ無能力者が処刑されたのだから当然だろう。
しかしこれは今のところどうでもいい。ただの無能力者だけではどうにもならないことを前回の結果から知っているからだ。
前回は我が師が「強い無能力者の象徴」として全体を統率し、さらに一部魔法使いの協力を得た上で負けたのだ。秩序の無い奴隷達ではどうにもならないことは明らかだ。
恐怖で怯えていようが、今は大人しくしていてくれればそれでいい。無能力者達からの評判は後でどうにでもなるだろう。
「……」
そこまで考えたところで、サイラスは表情を変えた。
怒りが消え、目つきが鋭く冷たいものに変化した。
リリィの事を考えたからだ。
無能力者達からの評判について考えた瞬間、ラルフとリリィが一緒になる未来が浮かび上がったからだ。
最強の魔法使いと無能力者の結婚、間違いなく世は沸き立つだろう。
しかしそれは決して必要な事では無い。無能力者にとって都合のいい法を整備するだけで十分だろう。
だから目が冷たくなったのだ。やはりリリィは始末した方がいいのではないか、と思ったのだ。
(……やるにしても、今は駄目だ)
しかしサイラスは決断を一時保留にした。
リリィはラルフと彼の私兵によって安全が確保されている。それでもやれないことはないかもしれないが、間違いなく我々に疑いの目が向けられることになる。
「……」
サイラスは別のことに考えを移しながら椅子に腰を下ろした。
「……」
フレディも黙ったままサイラスの言葉を待った。
サイラスは目の前に迫ったリーザとの戦いについて思考を重ねていった。
勝敗の心配はしていない、サイラスはそう言った。
その期待が間違いであることをサイラスは感じている。
だがサイラスはまだ甘い。
サイラスは知らない。リーザが怪物と呼べるほどに成長しつつあることを。そしてそのきっかけとなる出会いが次の戦いで起きてしまうことを。
そしてリリィとラルフ、そしてアランに対しての認識もまだ甘い。
後に、サイラスもまたアランと同じように自身の選択について思い悩むことになる。サイラスが思っていた以上に三人の関係は厄介なものになってしまうのだ。
しかしサイラスを真に悩ませるのは別のものだ。
サイラスの真の敵は己自身。サイラスは己の鏡に悩まされることになるのだ。
第三十七話 炎の槍 に続く
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる