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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十六話 選択と結末(19)

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   ◆◆◆

 夜――

「リリィは助かるそうだ」

 先とは全く逆の内容をサイラスは口に出した。
 しかしその相手はラルフではなくフレディだ。
 そして場所はサイラスの私室。
 サイラスはあることを尋ねるためにフレディを呼びつけていた。

「……お前が殺し損ねるとは珍しいな。リリィに情でも移ったのか?」

 サイラスはフレディがリリィに情けをかけたのだと思っていた。
 その根拠に毒を使っておらず、しかも貫通させている。たとえ毒が無くとも、あの命中箇所であれば貫通させずに矢尻を体内に留めておくだけで死亡は免れなかったはずだ。

「……」

 サイラスの問いにフレディはすぐに答えなかった。
 しばらくして、

「……正直、自分でもよくわかりやせん」

 逃げのような答えがその口から漏れ出した。

「……」

 が、サイラスは問い詰めようとはしなかった。
 咎めるつもりなど最初から無かったからだ。
 対し、何も言われないことに僅かな恐怖を抱いたフレディは、気を紛らわそうと口を開いた。

「そういえば大将、ラルフの返事はどうだったんで?」

 これにサイラスは面倒そうに答えた。

「知ってるだろう。上手くいったよ」

 サイラスは懐から一枚の紙を取り出し、テーブルの上に広げた。
 それはやはり血判状。
 端には新たな名前が、ラルフの名前が記されている。
 そしてこれがサイラスがフレディを問い詰めない理由の一つであった。望んだ結果が得られたからなのだ。
 フレディはこの時点でサイラスの機嫌が悪くないことに気がついた。
 が、それでも不安めいたものを払拭出来なかったフレディは再び口を開いた。

「しかし考えようによっては楽な仕事でしたね。女一人でこっちに寝返ってくれたんだから。あっしがラルフだったら大金を要求してやしたよ」

 少し茶化した台詞である。
 が、少し機嫌の良いサイラスはこの会話に乗った。

「確かにお前の言う通り、考え方によっては今回の仕事は楽で安く済んだとも言える。厄介な要求や質問が何も無かったのだからな」

 滑らかなサイラスの舌はさらなる言葉をつむぎだした。

「しかしそれはラルフの意思が薄弱である証明なのかもしれん。あいつは多分大したことは考えていない。その場の雰囲気や勢い、またはその時の感情に流されているだけだろう」

 喋るうちにサイラスの舌は重くなっていった。ラルフに対する印象が良くないせいだ。
 そして直後にサイラスの舌はさらに重くなった。厄介な心配事に気付いてしまったせいだ。

「……私はラルフを抱き込むために良い餌と生贄を使った。この手は誰にでも使える。敵から同じ手を仕掛けられることが今の私が最も恐れていることだ」

 しかし同時に、その不安を打ち消す要素をサイラスは見出していた。

「だがラルフには一番良い餌を、王座をちらつかせておいたからな。これより良いものを用意出来るやつはそうそういないだろう」

 そう言った後、サイラスはテーブルの上に置いてあったコップを手に取り、注がれていた琥珀色の液体を一口含んだ。
 そしてサイラスの口がコップから離れたのとほぼ同時に、フレディが再び口を開いた。

「じゃあ、リリィとラルフは今のまま置いておくとして、一緒に捕まえたアランの方はどうするんで?」
「……」

 この質問にサイラスはすぐには答えなかった。
 とりあえずどうするかは決めてある。しかしそれが最良かどうかは分からないからだ。
 サイラスはコップの液体をもう一度口に含んだ後、口を開いた。

「……殺しはしない。むしろ丁重に扱う。後の交渉のためにな」

 サイラスの意図をすぐに理解したフレディはそれを声に出した。

「交渉っていうとつまり、炎の一族との戦いは避けるってことですかい?」

 サイラスは頷きを返した。

「ああ、そうだ。炎の一族を全て敵に回すようなことだけは避けたい」

 カルロが戦線から離れ、そしてその原因となったラルフを手中に収めた。なのにそうする理由をフレディは分かっていたが、あえて口に出した。

「そうしたいのはやっぱり、ヨハンがあんなことを言い残したからですか?」

 サイラスは「そうだ」と答えた後、コップの中身を飲み干し、言葉を続けた。

「……ヨハンの言葉が真実であるかどうかはこの戦いで明らかになるだろう。それらしい気配が既に迫ってきているがな」

 迫っている、この表現が引っかかったフレディは再び尋ねた。

「ヨハンが言っていた敵らしき連中がこっちに向かって来ているんですかい?」

 これにサイラスは首を振った。

「……ヨハンが言っていた連中の一味なのかは分からん。しかし部隊がこっちに向かって来ているのは事実だ。恐らく、我々はそいつらと一戦交えることになるだろう」

 戦闘になる、なぜそう思うのかをフレディが尋ねるより早く、サイラスはその理由を述べた。

「先に接触した仲間が進軍を停止させるための話し合いを行ったが、交渉は決裂。その後間も無く戦闘になったが、全く歯が立たずに蹴散らされたそうだ。精鋭が相手では無理も無いがな」

 相手が誰なのかまで分かっているようなその口ぶりに、フレディは思わず尋ねた。

「え? 相手は精鋭魔道士なんですかい?」

 これにサイラスは頷きを返した。

「そうだ。炎の一族の女、リーザだ」

 答えながらサイラスの心には影が差していた。
 なぜなら、反乱を起こす際にリーザを放置するように指示したのは誰でもないサイラス自身であったからだ。強力な魔法使いであるリーザを『戦力』として残しておくために、被害を与えないように指示したのだ。
 しかしそれが裏目に出てしまった。
 サイラスは重くなった口で言葉を続けた。

「……先にも言ったようにリーザが『本当の敵』なのかは分からん。はっきりしていることはリーザが我々の邪魔をするつもりであるということだけだ。交渉で教会側の立場を示したからな」

 サイラスは重い口調でそう述べたが、フレディは軽い調子で言葉を返した。

「でもこっちにはラルフがいるわけだし、負けることはないでしょう?」

 明るい予想。そしてサイラス自身もそう思っている。
 が、サイラスは再び重い口調で言葉をつむいだ。

「勝敗の心配はしていない。ただ……」

 フレディが続きを促すより早く、サイラスは言葉を続けた。

「……私にはリーザが『潰し合いのための当て馬』にされているように思えてならないのだ。少なくとも、私が『本当の敵』の立場であればそうする。教会と反乱軍の衝突を上手く利用する。無関係の人間も出来るだけ巻き込んでな」

 このサイラスの言葉は、フレディの口を重くした。
 しかしフレディも心の奥底ではそう思っていた。

「……」

 そしてフレディの口が閉じてしまったのを見たサイラスは、会話を締めにかかった。

「……何にしても、降りかかる火の粉は払わねばなるまい。出来る準備はしておかねばな」

 勝敗の心配はしていない、サイラスはそう言った。
 しかしこの思いは裏切られることになる。
 サイラスはまだ甘い。ラルフの気質は彼が考えているよりも厄介なものなのだ。
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