182 / 586
第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十六話 選択と結末(18)
しおりを挟む
◆◆◆
その後、リリィはある宿の一室に運び込まれた。
中に入ることを禁じられたラルフは、その部屋のドアに張り付くように立っている。
部屋の中からは叫びのような呻き声が聞こえてくる。
しばらくして、そのドアが開いた。
そして中から出てきたのはサイラス。
ラルフは組み付くようにサイラスに迫りながら口を開いた。
「リリィは?!」
これにサイラスは難しい顔で答えた。
「……すまない。厳しい、としか言えない」
これを聞いたラルフは「そんな……」と呟きながら後ずさり、廊下の壁に背を預けた後、その場に座り込んだ。
サイラスはそんなラルフの傍に歩み寄り、目線の高さをあわせるようにしゃがみこんだ。
そしてサイラスはゆっくりと口を開いた。
「こんな時にこんな話をしていいのか分からないが……」
サイラスはわざと一呼吸分ほど間を置いてから、遂にそれを話した。
「少し前、君の父上が死んだという情報が私の耳に入った。確かな情報のようだ」
これにラルフは「え?」という力無くそして情けない声を返した。
その顔は少し間が抜けている。
しかしラルフはすぐに表情を変え始めた。
どうやら理解したようであった。自身の権力と安全を支えている後ろ盾が失われつつあることを。
認めたくないその事実をサイラスは口に出した。
「状況は反乱軍が優勢のようだ。教会に対して反旗を翻す貴族も増え始めた。……もしかしたら、教会はその力を失うかもしれない」
これにラルフは焦りと戸惑いの色を濃くした。
そしてサイラスはそんなラルフに対し畳み掛けた。
「こんな事になってしまって本当に残念だが……ラルフ殿、我々にはまだ道が残されている」
言いながらサイラスは懐から一枚の紙を取り出し、ラルフの前で広げた。
紙には茶色い楕円の印が規則正しく並んでいた。
いずれの楕円にも丸太の年輪のような模様が描かれていることから、ラルフはその茶色の染料が何なのかを見抜いた。
血だ。この茶色は血が乾いて成った色だ。これは血判状なのだ。
血判状とは血を印として誓いを立てるためのもの。
これまでの話の流れから、この血判状に記されている誓いの内容は読まなくても分かった。
そしてラルフがそれを尋ねるよりも早く、サイラスはそれを述べた。
「誘いが来たのだよ。反乱軍に加わらないか、と」
うつむいていたラルフの顔が上がり、サイラスと視線が重なる。
サイラスはその陰気な瞳に向かって言葉を続けた。
「私はこの血判状に名を連ねようと思っている。前にも言った通り、私は今の教会が善い組織であるとは思っていない。何とかしてこの現状を変えなければならないと考えている」
そしてサイラスはわざと一呼吸分ほど間を置いてから、ようやく本題を述べた。
「……ラルフ殿、あなたの力を私に、いや、我々反乱軍に貸してはもらえないだろうか。この国を善くするためにその力を振るってはもらえないだろうか」
「……」
ラルフは言葉を返さず、血判状とサイラスの顔を交互に見た。
何かを待っているような、もう一押しを期待しているかのような表情。
サイラスはその期待に沿えるであろう言葉をラルフにぶつけた。
「この残酷な世の中は変えなければならない。君の母の無念を晴らすためにも、そして今回のような、リリィのような犠牲を再び生まないためにも」
この言葉に、ラルフは目を見開いた。
その瞳には熱が宿りつつある。
そして閉ざされていた口がゆっくりと開き始めた。
その重い唇がつむいだラルフの返事は――
その後、リリィはある宿の一室に運び込まれた。
中に入ることを禁じられたラルフは、その部屋のドアに張り付くように立っている。
部屋の中からは叫びのような呻き声が聞こえてくる。
しばらくして、そのドアが開いた。
そして中から出てきたのはサイラス。
ラルフは組み付くようにサイラスに迫りながら口を開いた。
「リリィは?!」
これにサイラスは難しい顔で答えた。
「……すまない。厳しい、としか言えない」
これを聞いたラルフは「そんな……」と呟きながら後ずさり、廊下の壁に背を預けた後、その場に座り込んだ。
サイラスはそんなラルフの傍に歩み寄り、目線の高さをあわせるようにしゃがみこんだ。
そしてサイラスはゆっくりと口を開いた。
「こんな時にこんな話をしていいのか分からないが……」
サイラスはわざと一呼吸分ほど間を置いてから、遂にそれを話した。
「少し前、君の父上が死んだという情報が私の耳に入った。確かな情報のようだ」
これにラルフは「え?」という力無くそして情けない声を返した。
その顔は少し間が抜けている。
しかしラルフはすぐに表情を変え始めた。
どうやら理解したようであった。自身の権力と安全を支えている後ろ盾が失われつつあることを。
認めたくないその事実をサイラスは口に出した。
「状況は反乱軍が優勢のようだ。教会に対して反旗を翻す貴族も増え始めた。……もしかしたら、教会はその力を失うかもしれない」
これにラルフは焦りと戸惑いの色を濃くした。
そしてサイラスはそんなラルフに対し畳み掛けた。
「こんな事になってしまって本当に残念だが……ラルフ殿、我々にはまだ道が残されている」
言いながらサイラスは懐から一枚の紙を取り出し、ラルフの前で広げた。
紙には茶色い楕円の印が規則正しく並んでいた。
いずれの楕円にも丸太の年輪のような模様が描かれていることから、ラルフはその茶色の染料が何なのかを見抜いた。
血だ。この茶色は血が乾いて成った色だ。これは血判状なのだ。
血判状とは血を印として誓いを立てるためのもの。
これまでの話の流れから、この血判状に記されている誓いの内容は読まなくても分かった。
そしてラルフがそれを尋ねるよりも早く、サイラスはそれを述べた。
「誘いが来たのだよ。反乱軍に加わらないか、と」
うつむいていたラルフの顔が上がり、サイラスと視線が重なる。
サイラスはその陰気な瞳に向かって言葉を続けた。
「私はこの血判状に名を連ねようと思っている。前にも言った通り、私は今の教会が善い組織であるとは思っていない。何とかしてこの現状を変えなければならないと考えている」
そしてサイラスはわざと一呼吸分ほど間を置いてから、ようやく本題を述べた。
「……ラルフ殿、あなたの力を私に、いや、我々反乱軍に貸してはもらえないだろうか。この国を善くするためにその力を振るってはもらえないだろうか」
「……」
ラルフは言葉を返さず、血判状とサイラスの顔を交互に見た。
何かを待っているような、もう一押しを期待しているかのような表情。
サイラスはその期待に沿えるであろう言葉をラルフにぶつけた。
「この残酷な世の中は変えなければならない。君の母の無念を晴らすためにも、そして今回のような、リリィのような犠牲を再び生まないためにも」
この言葉に、ラルフは目を見開いた。
その瞳には熱が宿りつつある。
そして閉ざされていた口がゆっくりと開き始めた。
その重い唇がつむいだラルフの返事は――
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
浜薔薇の耳掃除
Toki Jijyaku 時 自若
大衆娯楽
人気の地域紹介ブログ「コニーのおすすめ」にて紹介された浜薔薇の耳掃除、それをきっかけに新しい常連客は確かに増えた。
しかしこの先どうしようかと思う蘆根(ろこん)と、なるようにしかならねえよという職人気質のタモツ、その二人を中心にした耳かき、ひげ剃り、マッサージの話。
女神様の使い、5歳からやってます
めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。
「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」
女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに?
優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕!
基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。
戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。
ハニーローズ ~ 『予知夢』から始まった未来変革 ~
悠月 星花
ファンタジー
「背筋を伸ばして凛とありたい」
トワイス国にアンナリーゼというお転婆な侯爵令嬢がいる。
アンナリーゼは、小さい頃に自分に関わる『予知夢』を見れるようになり、将来起こるであろう出来事を知っていくことになる。
幼馴染との結婚や家族や友人に囲まれ幸せな生活の予知夢見ていた。
いつの頃か、トワイス国の友好国であるローズディア公国とエルドア国を含めた三国が、インゼロ帝国から攻められ戦争になり、なすすべもなく家族や友人、そして大切な人を亡くすという夢を繰り返しみるようになる。
家族や友人、大切な人を守れる未来が欲しい。
アンナリーゼの必死の想いが、次代の女王『ハニーローズ』誕生という選択肢を増やす。
1つ1つの選択を積み重ね、みんなが幸せになれるようアンナリーゼは『予知夢』で見た未来を変革していく。
トワイス国の貴族として、強くたくましく、そして美しく成長していくアンナリーゼ。
その遊び場は、社交界へ学園へ隣国へと活躍の場所は変わっていく……
家族に支えられ、友人に慕われ、仲間を集め、愛する者たちが幸せな未来を生きられるよう、死の間際まで凛とした薔薇のように懸命に生きていく。
予知の先の未来に幸せを『ハニーローズ』に託し繋げることができるのか……
『予知夢』に翻弄されながら、懸命に生きていく母娘の物語。
※この作品は、「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルアップ+」「ノベリズム」にも掲載しています。
表紙は、菜見あぉ様にココナラにて依頼させていただきました。アンナリーゼとアンジェラです。
タイトルロゴは、草食動物様の企画にてお願いさせていただいたものです!
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
LIVE FOR HUMAN
mk-2
ファンタジー
完結済み。
どこかの世界にある島国・レチア王国。
ある日、太古の昔に在った災厄の化身・魔王を封印した宝玉『憎悪の泪』が盗賊により盗み出されてしまった。
窮した王国は、武勇と叡智の誉れ高き勇者・ラルフ=フィルハートに、宝玉奪還の勅命を下す――――
『魔王』とは何か。
『勇者』とは何か。
『人間』とは――――何か。
カラフルな個性を持つ仲間たちと共に、盗賊の潜む遺跡を目指す。
その中で見えてくる人生模様。
人の為に生き、人の為に死す。総ては己の為。
誰かと共に生きることを描いた冒険活劇です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる