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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十六話 選択と結末(13)

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「!」

 意外な防御からの突進に、ラルフの身が強張る。
 だがそれは一瞬。ラルフはすぐに防御魔法を展開した。
 後ろに控えているサイラスは左右を警戒。
 先と同じようにアランは回り込もうとすると思ったからだ。
 しかしアランの考えは違った。
 アランの狙いは正面突破。
『台本』はそれが出来ると言っている。
 アランは示された単純な筋書きを反芻しながら、刀の先端をある箇所に向けた。
 それはラルフが展開する防御魔法の中心点。
 その奥にはラルフの右手がある。
 アランはその点に向かって刀を突き出し、閃光を奔らせた。
 その数はやはり三本。
 傍目には一本に見える。重なっている。三本の閃光が全く同じ箇所に向けて放たれたのだ。
 一本、二本と突き刺さった閃光は防御魔法の中心点を傷つけ、穿ち、そして三本目で遂に――

「っ!?」

 遂に光る壁を貫いた。
 右手の甲を串刺しにされたラルフの顔が苦痛に歪む。
 直後、その手に走る鋭い痛みが激痛に変わった。
 アランが刃を回転させ始めたのだ。
 このままだと手を斬り裂かれる――それを恐怖と共に察したラルフは反射的に右手を後ろに引きつつ、ねじられているのと同じ方向に手首を捻った。
 刃が右手から「ぬるり」と引き抜かれる。

「っっぅあ!」

 その痛みを堪え切れなかったラルフは口から悲鳴を漏らした。
 無理も無かった。ラルフの右手親指と人差し指の間には大きな裂傷が出来ていた。
 親指と人差し指を別々の手で持って引き裂こうとしたかのような傷。
 刀は抜けた。しかしその際、刃はラルフの右手にある生命線をなぞるように切り裂いたのだ。
 ラルフの右手から血が噴出し、赤く染まる。
 それを見たラルフは思わず左手に魔力を込めた。
 その型は閃光魔法。
 痛みと恐怖から、ラルフの本能は最大の反撃を選んでいた。
 これにラルフの理性が声を上げた。
 どこを狙う? 正面は自分の防御魔法で塞がっている、と。
 その答えをラルフの本能は既に用意していた。
 ラルフの瞳がある箇所を捕える。
 それは防御魔法の中心点。
 そこに穴が出来ている。
 穴はちょうどいい具合に広がりつつある。
 さらに防御魔法は回転している。右手から刃を抜く際に、手首を捻ったからだ。
 ここに同じ回転を加えた閃光魔法を通せば何が起きるか。本能が語るよりも早く、ラルフの理性はそれを察し、そして行動に移した。

「!」

 瞬間、アランは表情を変えた。
 ラルフが何を繰り出そうとしているのかを知ったからだ。
 しかし驚きは無い。
 その顔に浮かんでいる色は迷い。
 台本は二つの選択肢を提示していた。
 最初に浮かんだのは「避ける」かどうか。
 難しくはない。ラルフが放とうとしている攻撃は扇状に広がっていく性質のもの。ゆえに、この近距離であれば横に高速移動するだけで回避出来る。だからアランの顔には恐怖も驚きも無い。
 しかしアランはこの選択肢を即座に却下。
 なぜなら、後ろにいるリリィが巻き込まれるからだ。
 だからアランは真後ろに向かって地を蹴った。
 アランは「庇う」という選択肢を選んだのだ。

 これは大きな分岐点であった。
 この時、アランはラルフに勝つことが、ラルフを倒すことが出来た。
 ラルフの最大攻撃を回避しつつ回り込み、そして斬る。それで終わっていた。
 しかしアランはそれを選べなかった。この瞬間からアランとラルフの長い因縁が始まったのだ。

 この因縁は業が深く、多くの血が流れることになる。
 もしもアランがその未来を知っていれば、ここで終わらせていたかもしれない。
 しかしアランはラルフと同じようにリリィを選んだ。
 だが、それはラルフと同じ理由では無い。
 この時のアランの心に「性」の概念は一切無い。リリィが「女」だからというのは一切関係無い。
 アランがリリィを庇った理由はアランの本質を示すものだ。リリィと親しいからというだけではない。リリィが優しく、そして弱いから、というのが最大の理由なのだ。
 しかし強い魔法使いを倒す機会を逃したことは事実である。後にアランはこの時の選択について思い悩むことになる。
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