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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十六話 選択と結末(6)
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敵兵達の意識が出てきたアランに集まる。
対するアランは二人の意識にだけ注目した。
それはラルフとサイラス。
ラルフはアランの方を見ている。
一方、サイラスはラルフが空けた穴の方を見ていた。
サイラスは今のラルフの攻撃でリリィがどうなったのかを気にしていた。
(ここからではリリィの姿が見えんな。ラルフも気付いていないようだ)
サイラスはあることを期待していた。
(ラルフの攻撃でリリィが死んでくれれば後が楽になりそうだな。重傷でも悪くない。ラルフの感情が乱れるならばどんな結果でも歓迎だ)
そんなことを考えた後、サイラスはアランの方に視線を移した。
(アランは捕虜になったと聞いていたが、クラウスもそこにいるのか。奇妙な縁だな、まったく)
再会の場が同じ師から剣を学んだ収容所であることが、その奇妙さを増していた。
そして兵士達とラルフ、それとサイラスに見つめられながら、アランは構えた。
それが合図になったかのように、兵士達が光弾を放ち始める。
アランという小さな点に向かって次々と伸びる大量の光の線。
アランは動かない。ただ一つ変わったことは、刃が発光を始めたことだけ。
アランはその光る刀の先端を、目前に迫る光弾の方に向けた。
そして、刀の切っ先が光弾に触れる寸前、アランは刀を少し下げた。
結果、光弾は刀の先端に突き刺さることなく、斜めになった刃の上に乗った。
その光弾の重みを感じたと同時に手首を捻り、刀の先端を上に向ける。
下から押し上げたことで光弾の軌道が上向き、飛び立つように刃の上から離れる。
そして、アランはその反動を利用して体を僅かに屈めた。
次の瞬間、直前まで頭があった位置を別の光弾が通り過ぎていく。
下がった姿勢を戻しながら、次の光弾を受け、流す。
その際、先と同じように反動を利用して体の位置をずらし、別の光弾を避ける。
一連の防御を三度繰り返した頃には、アランに迫っていた光弾は全て後ろに通り過ぎていた。
「……」
場に再びの静寂が訪れる。
兵士達はまたも驚いていた。
それも当然、先の防御にアランが要した時間はたったの二秒である。
傍目には剣を前に突き出していただけにしか見えない。
三つの光弾の軌道が変わったことを認識出来たものは僅か。ほとんどの者は光弾がアランをすり抜けたように見えている。
「……」
先ほどは攻撃に参加しなかったラルフも同じ表情をしている。
そんな静けさの中、サイラスだけは違う表情を浮かべていた。
(クラウスが教えたのだろうな。師の型に似ている……憎らしいぐらいに)
サイラスは懐かしさを感じていた。
刃を盾とする防御は師も使っていた。師は魔法を使えなかったので、アランのような「流す」防御では無く、「切り払う」ことのほうが多かったが。
だからか、師は厚みのある剣を、強度と重量のある剣を愛用していた。
思い返せば、師はこの収容所でも特別な存在だった。
ここの乱暴な兵士達でさえも師に対しては距離を取っていた。
なぜか? 強かったからだ。
今でも覚えている。この収容所で行われた「試験」で見せた師の動きを。
圧倒的だった。師は試験管を瞬く間に切り伏せた。
殺しはしなかった。後の事を考えたのだろう。
そして私とクラウスも同じ試験に参加し、そして勝った。
だが、私とクラウスの勝利は師のような鮮やかなものでは無かった。特に、クラウスとは違って光魔法が使えない私の方は、勝てたのが奇跡と思えるような内容だった。
しかし―――それなのに、師は収容所から出ることを許されなかった。私とクラウスは出られたのにだ。
当時の試合の審判員であり、私を拾った雇い主でもあるヨハンに、そのことを尋ねたことがある。
直後、ヨハンの口から出た内容は、まだ若かった当時の私には衝撃的だった。
ヨハンの答えはこうだ。
「彼は出られんよ。魔法能力に目覚めない限りな。……少し考えれば分かるだろう。『魔法使いよりも強い無能力者が存在する』、この事実は教会にとって都合が悪いことだと」
これを聞いた時、その場で「ふざけるな」と言いそうになったことを覚えている。教会にとって重要なのは「魔法が使えるかどうか」だけで、「強いか弱いか」では無かったのだ。おかしな話だ。収容所内では強弱の関係をふりかざして地獄の所業が行われているというのに。
その後、私は反乱を引き起こし、師はその総大将を務めることになった。
そして師はヨハンと戦い、閃光魔法に貫かれた。
あの戦いを思い出すたびに私はやり場の無い感情を抱く。
(ああ武の神よ、なぜ、なぜ我が師に勝利を与えてくれなかったのか)
問いながら、サイラスの理性はその答えを導き出していた。
(……神に尋ねるまでも無いことだったな。分かっている。あの戦いは師のほうが分が悪かった。師の動きは速かったが、ヨハンの目と閃光魔法から逃れられるほどでは無かった。そして防ぐ手段もあの時の師には無かった)
戦いというものは現実を見せ付けてくる。残酷なほどに。
戦う場所が悪かったせいもある。遮蔽物の多い所で戦うべきだった。ヨハンと対峙した時点で相当の傷を負っていたのもあるだろう。
「こうだったら勝っていたかもしれない」、そんな事を考えても過去が変わるわけでは無い。……が、その思考の積み重ねは未来に生かすことが出来る。
(……だから私は反省し、準備してきたのだ)
かつて抱いた決意とその過程を振り返ったサイラスは、意識を目の前の戦いに戻した。
対するアランは二人の意識にだけ注目した。
それはラルフとサイラス。
ラルフはアランの方を見ている。
一方、サイラスはラルフが空けた穴の方を見ていた。
サイラスは今のラルフの攻撃でリリィがどうなったのかを気にしていた。
(ここからではリリィの姿が見えんな。ラルフも気付いていないようだ)
サイラスはあることを期待していた。
(ラルフの攻撃でリリィが死んでくれれば後が楽になりそうだな。重傷でも悪くない。ラルフの感情が乱れるならばどんな結果でも歓迎だ)
そんなことを考えた後、サイラスはアランの方に視線を移した。
(アランは捕虜になったと聞いていたが、クラウスもそこにいるのか。奇妙な縁だな、まったく)
再会の場が同じ師から剣を学んだ収容所であることが、その奇妙さを増していた。
そして兵士達とラルフ、それとサイラスに見つめられながら、アランは構えた。
それが合図になったかのように、兵士達が光弾を放ち始める。
アランという小さな点に向かって次々と伸びる大量の光の線。
アランは動かない。ただ一つ変わったことは、刃が発光を始めたことだけ。
アランはその光る刀の先端を、目前に迫る光弾の方に向けた。
そして、刀の切っ先が光弾に触れる寸前、アランは刀を少し下げた。
結果、光弾は刀の先端に突き刺さることなく、斜めになった刃の上に乗った。
その光弾の重みを感じたと同時に手首を捻り、刀の先端を上に向ける。
下から押し上げたことで光弾の軌道が上向き、飛び立つように刃の上から離れる。
そして、アランはその反動を利用して体を僅かに屈めた。
次の瞬間、直前まで頭があった位置を別の光弾が通り過ぎていく。
下がった姿勢を戻しながら、次の光弾を受け、流す。
その際、先と同じように反動を利用して体の位置をずらし、別の光弾を避ける。
一連の防御を三度繰り返した頃には、アランに迫っていた光弾は全て後ろに通り過ぎていた。
「……」
場に再びの静寂が訪れる。
兵士達はまたも驚いていた。
それも当然、先の防御にアランが要した時間はたったの二秒である。
傍目には剣を前に突き出していただけにしか見えない。
三つの光弾の軌道が変わったことを認識出来たものは僅か。ほとんどの者は光弾がアランをすり抜けたように見えている。
「……」
先ほどは攻撃に参加しなかったラルフも同じ表情をしている。
そんな静けさの中、サイラスだけは違う表情を浮かべていた。
(クラウスが教えたのだろうな。師の型に似ている……憎らしいぐらいに)
サイラスは懐かしさを感じていた。
刃を盾とする防御は師も使っていた。師は魔法を使えなかったので、アランのような「流す」防御では無く、「切り払う」ことのほうが多かったが。
だからか、師は厚みのある剣を、強度と重量のある剣を愛用していた。
思い返せば、師はこの収容所でも特別な存在だった。
ここの乱暴な兵士達でさえも師に対しては距離を取っていた。
なぜか? 強かったからだ。
今でも覚えている。この収容所で行われた「試験」で見せた師の動きを。
圧倒的だった。師は試験管を瞬く間に切り伏せた。
殺しはしなかった。後の事を考えたのだろう。
そして私とクラウスも同じ試験に参加し、そして勝った。
だが、私とクラウスの勝利は師のような鮮やかなものでは無かった。特に、クラウスとは違って光魔法が使えない私の方は、勝てたのが奇跡と思えるような内容だった。
しかし―――それなのに、師は収容所から出ることを許されなかった。私とクラウスは出られたのにだ。
当時の試合の審判員であり、私を拾った雇い主でもあるヨハンに、そのことを尋ねたことがある。
直後、ヨハンの口から出た内容は、まだ若かった当時の私には衝撃的だった。
ヨハンの答えはこうだ。
「彼は出られんよ。魔法能力に目覚めない限りな。……少し考えれば分かるだろう。『魔法使いよりも強い無能力者が存在する』、この事実は教会にとって都合が悪いことだと」
これを聞いた時、その場で「ふざけるな」と言いそうになったことを覚えている。教会にとって重要なのは「魔法が使えるかどうか」だけで、「強いか弱いか」では無かったのだ。おかしな話だ。収容所内では強弱の関係をふりかざして地獄の所業が行われているというのに。
その後、私は反乱を引き起こし、師はその総大将を務めることになった。
そして師はヨハンと戦い、閃光魔法に貫かれた。
あの戦いを思い出すたびに私はやり場の無い感情を抱く。
(ああ武の神よ、なぜ、なぜ我が師に勝利を与えてくれなかったのか)
問いながら、サイラスの理性はその答えを導き出していた。
(……神に尋ねるまでも無いことだったな。分かっている。あの戦いは師のほうが分が悪かった。師の動きは速かったが、ヨハンの目と閃光魔法から逃れられるほどでは無かった。そして防ぐ手段もあの時の師には無かった)
戦いというものは現実を見せ付けてくる。残酷なほどに。
戦う場所が悪かったせいもある。遮蔽物の多い所で戦うべきだった。ヨハンと対峙した時点で相当の傷を負っていたのもあるだろう。
「こうだったら勝っていたかもしれない」、そんな事を考えても過去が変わるわけでは無い。……が、その思考の積み重ねは未来に生かすことが出来る。
(……だから私は反省し、準備してきたのだ)
かつて抱いた決意とその過程を振り返ったサイラスは、意識を目の前の戦いに戻した。
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