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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十五話 悪魔の天秤(5)

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   ◆◆◆

 その後、サイラスとラルフは同じ馬車で移動を開始した。
 馬車は数多くの兵士に守られながら進んだ。
 しかしそのほとんどがサイラスの兵であった。
 そして馬車の中はサイラスとラルフの二人のみ。
 ヨハンを殺した時と同じ状況。いつでも暗殺できる構えである。
 サイラスはまだラルフに聞きたいことがあった。そしてその返事次第では、ここで済ませるつもりであった。
 が、サイラスはそれをすぐに尋ねることはしなかった。
 サイラスはまず世間話から始めた。
 誰でも知りえる共通の話題から、趣味趣向についてなど、比較的どうでもいいことを話した後、神学校のこと、そしてヨハンの私生活の様子についてなど、私事に踏み込んだものに内容を切り替えていった。
 それはラルフに「よく喋る人だ」と思わせるためであった。本当に聞きたい事を尋ねた際に、「調子に乗って口を滑らせてしまった」と思わせるためだ。単純に親睦を深めることも理由の一つである。

 しばらくして、サイラスは遂にその内容に踏み込んだ。

「そういえば、今夜はこの先にある町に停泊することになっているのですが、そこの酒場の料理がなかなかどうして、悪くないのですよ」

 まずは共通の話題である夜食について切り出し、

「今夜はそこでちょっとした宴会をやろうと思っています。兵士達を景気付けるためですが、なにより体力をつけてもらわねばなりませんから。……兵糧の輸送が妨害されてるせいで、最近は碌なものを食べていなかったでしょうからね」

 兵糧の話に繋げ、

「あなたもそうなのでは? ラルフ様?」

 ラルフに同意を求めた。
 これに対しての返事はわかっている。当然、

「……はい」

 である。
 ここまでは良い。問題はこれからだ。
 サイラスは意識を集中させながら口を開いた。

「……それにしても、私には今回の騒動は起きるべくして起きた事なのではないかと、そう思えてなりません」

 教会を非難していると受け止められる言葉であり、サイラスは実際にそのつもりで語っていた。
 対するラルフはこれに緊張の色を浮かべた。が、サイラスはかまわず言葉を続けた。

「ラルフ様、今の教会を、いえ、あの収容所のことをどう思われますか? 善いものだと思われますか?」

 この質問にラルフは、

「……」

 暫し沈黙した後、

「……善いものではないですね」

 と答えた。
 これにサイラスは傍目にはわからないほどの小さな安堵の息を吐いた。

(……まずは一安心か。もう少しはっきりと感情を表して欲しかったが、今はとりあえずこれで良しとしよう)

 そしてサイラスは再び口を開いた。

「今の教会は恨みを買って当然のことをしています。ラルフ様、だから私は思うのです。この騒動をねじ伏せても無駄なのではないかと。今の教会をなんとかしない限り、いずれ第二第三の騒動が起きるだけなのではないかと」

 ここでサイラスは言葉を切った。
 次の言葉が強烈だからだ。
 サイラスは暫し間を置いた後、その言葉を吐いた。

「……結局、悪いのは教会のほうなのでしょう」

 これに対するラルフの反応は、

「……」

 沈黙であった。
 が、サイラスは残念だとは思わなかった。ラルフが教会のことをどう思っているかについては、既に返事を聞いているからだ。
 あとは収容所に対して感情を共有すればいい。思い出を共有すればいい。
 だからサイラスはとっておきの話題を口に出した。

「……幼い頃、私は収容所にいました。幸運にも、私はそこから出ることが出来ましたが、ふと、あのつらい日々を思い出すことがあります。……ラルフ様もそうではありませんか?」

 これを聞いたラルフは表情から緊張の色を消し、口を開いた。

「……おっしゃる通りです。そのせいで時々眠れないことがあります」

 この返事を聞いたサイラスは間を置かずに口を開いた。この話題に熱を持たせるためだ。

 そして二人は収容所での思い出を長く語り合った。

 その中で、サイラスはある人物から剣を学んだことを語った。
 この話にラルフは目を輝かせた。
 その人物が使っていたある技が、人外のものとしか思えなかったからだ。

 その話の中にはクラウスも登場した。
 クラウスは収容所の出身であり、サイラスと同じ師のもとで剣を学んでいたのだ。

 意外な繋がりを持つ二人。
 しかし二人の関係は収容所だけにとどまらない。もっと根が深い。

 そして、そのクラウスはどうしているのかというと――

   三十六話 選択と結末 に続く
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