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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十五話 悪魔の天秤(4)
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「……」
ラルフの表情に変化は無い。
その反応をサイラスは残念に思ったが、サイラスの気の沈みはとても僅かなものであった。
今は何の反応も示さなくてもいい。「世を変える」という言葉を意識の片隅に置いてくれるだけでいい。今は。
一呼吸分ほど間を置いた後、サイラスは口を開いた。
「……それでここからが本題なのですが、そのリリィ様のことで少しマズいことが起きつつあるのです」
これにラルフは即座に反応し、「なんですか、それは?」と尋ねた。
サイラスが答える。
「……実は、反乱が起きつつある、いや、もしかしたら既に起きているかもしれないのです」
そう言って、サイラスは丸められた紙を取り出し、ラルフに手渡した。
受け取ったラルフが紙を開き、書かれている文面に目を通す。
それは、ガストンを死に至らせるためにヨハンが書いたあの書状であった。
その内容を一言で纏めると、「ガストンを突出させろ。誰も援護するな」であった。
読みながらラルフは、父の字に似ているな、と思った。
そしてラルフが尋ねるよりも早く、サイラスは事の次第の説明を始めた。
「……それはヨハン様が書いたと思われる書簡ですが、問題は内容よりも手に入れた経緯にあります」
サイラスは言葉を続け、尋ねた。
「ラルフ様、最近兵糧の輸送に問題が起きていることはご存知ですか?」
これにラルフが「はい」という返事を返すと、直後にサイラスは再び話し始めた。
「私はそれの調査を行っておりました。そして、問題を起こした人物の一人がその書を持っていたのです」
不穏な内容に表情を硬くするラルフに対し、サイラスが話を続ける。
「書簡に書かれているガストンという者は、ある戦いで既に死亡しております。それがヨハン様が仕組んだことによる結果なのかどうかは、私には分かりません、しかし一つ確かなことは、兵糧の輸送を邪魔したものはその恨みから行動を起こしているということです」
ここでサイラスは言葉を切った。
間を置くことで台詞に深刻さを持たせるためだ。
暫くしてサイラスは口を開いた。
「……私は事の重大さに気付きました。規模の大きさから組織立った行動なのは明らか。そして、恨みの対象がヨハン様であるならば、相手は教会を敵として行動している可能性が高いということ」
ここまで聞いて、ラルフはようやくサイラスが何を言おうとしているのかを理解した。
そしてサイラスはラルフが思ったとおりの言葉を口に出した。
「調査の末、我々はその考えが正解なのだと思える、ある事実を見つけてしまいました。各地で正体不明の軍隊が組織されていることが確認されたのです。……そして、その軍のいくつかは収容所の方に向かっています」
サイラスは再び言葉を切り、暫し間を置いた後、口を開いた。
「彼らは間違いなく反乱を起こそうとしています。収容所を制圧して、奴隷達を味方につけるつもりなのでしょう。私はこれに対抗するための戦力を集めています。……実は、今日ここへうかがったのはそれが理由。ラルフ様、私にあなたの力を貸してはいただけないでしょうか?」
サイラスはわざと「リリィを危険な目に遭わせない為に」などの言葉をつけなかった。
その方が大義名分としては立派だからだ。
そして奇妙でもある。最初はリリィについての話だったのに、最後は反乱軍に対抗するための助力要請になっている。これに「はい」と答えるということは、「リリィを守るために手を貸す」という返事になってしまう。
サイラスが真に聞きたい返事は正にそれであった。女のために今の軍務を一旦放置するかどうかを尋ねているのだ。
そして、サイラスは肝心なことをわざと何も話していない。現状の反乱軍と防衛軍の戦力差についてなどだ。これではラルフという最強戦力がわざわざ出向かねばならない事態なのかどうかが全く分からない。サイラスはラルフの感情にしか訴えていない。数字を全く出していないのだ。
「……」
サイラスは黙ってラルフの返事を待った。
次に彼の口から出る言葉が「いいえ」ならば、あきらめるしかない。
自分が話していない肝心なことに対しての質問であるならば、希望は薄くなる。
そしてラルフはその口を開けた。
出てきた言葉は、
「わかりました。あなたに助力しましょう」
であった。
瞬間、サイラスは歓喜した。心の中で。
その感情はサイラスの顔に滲み、薄い笑みとなった。
口尻が僅かに釣り上がったその表情は、少し悪魔じみていた。
そして同時に、サイラスはラルフに対する評価を改めた。
それはかつてヨハンがカイルに対して述べた内容と同じ、「魔力は強いが、大した男では無い」というものであった。
ラルフの表情に変化は無い。
その反応をサイラスは残念に思ったが、サイラスの気の沈みはとても僅かなものであった。
今は何の反応も示さなくてもいい。「世を変える」という言葉を意識の片隅に置いてくれるだけでいい。今は。
一呼吸分ほど間を置いた後、サイラスは口を開いた。
「……それでここからが本題なのですが、そのリリィ様のことで少しマズいことが起きつつあるのです」
これにラルフは即座に反応し、「なんですか、それは?」と尋ねた。
サイラスが答える。
「……実は、反乱が起きつつある、いや、もしかしたら既に起きているかもしれないのです」
そう言って、サイラスは丸められた紙を取り出し、ラルフに手渡した。
受け取ったラルフが紙を開き、書かれている文面に目を通す。
それは、ガストンを死に至らせるためにヨハンが書いたあの書状であった。
その内容を一言で纏めると、「ガストンを突出させろ。誰も援護するな」であった。
読みながらラルフは、父の字に似ているな、と思った。
そしてラルフが尋ねるよりも早く、サイラスは事の次第の説明を始めた。
「……それはヨハン様が書いたと思われる書簡ですが、問題は内容よりも手に入れた経緯にあります」
サイラスは言葉を続け、尋ねた。
「ラルフ様、最近兵糧の輸送に問題が起きていることはご存知ですか?」
これにラルフが「はい」という返事を返すと、直後にサイラスは再び話し始めた。
「私はそれの調査を行っておりました。そして、問題を起こした人物の一人がその書を持っていたのです」
不穏な内容に表情を硬くするラルフに対し、サイラスが話を続ける。
「書簡に書かれているガストンという者は、ある戦いで既に死亡しております。それがヨハン様が仕組んだことによる結果なのかどうかは、私には分かりません、しかし一つ確かなことは、兵糧の輸送を邪魔したものはその恨みから行動を起こしているということです」
ここでサイラスは言葉を切った。
間を置くことで台詞に深刻さを持たせるためだ。
暫くしてサイラスは口を開いた。
「……私は事の重大さに気付きました。規模の大きさから組織立った行動なのは明らか。そして、恨みの対象がヨハン様であるならば、相手は教会を敵として行動している可能性が高いということ」
ここまで聞いて、ラルフはようやくサイラスが何を言おうとしているのかを理解した。
そしてサイラスはラルフが思ったとおりの言葉を口に出した。
「調査の末、我々はその考えが正解なのだと思える、ある事実を見つけてしまいました。各地で正体不明の軍隊が組織されていることが確認されたのです。……そして、その軍のいくつかは収容所の方に向かっています」
サイラスは再び言葉を切り、暫し間を置いた後、口を開いた。
「彼らは間違いなく反乱を起こそうとしています。収容所を制圧して、奴隷達を味方につけるつもりなのでしょう。私はこれに対抗するための戦力を集めています。……実は、今日ここへうかがったのはそれが理由。ラルフ様、私にあなたの力を貸してはいただけないでしょうか?」
サイラスはわざと「リリィを危険な目に遭わせない為に」などの言葉をつけなかった。
その方が大義名分としては立派だからだ。
そして奇妙でもある。最初はリリィについての話だったのに、最後は反乱軍に対抗するための助力要請になっている。これに「はい」と答えるということは、「リリィを守るために手を貸す」という返事になってしまう。
サイラスが真に聞きたい返事は正にそれであった。女のために今の軍務を一旦放置するかどうかを尋ねているのだ。
そして、サイラスは肝心なことをわざと何も話していない。現状の反乱軍と防衛軍の戦力差についてなどだ。これではラルフという最強戦力がわざわざ出向かねばならない事態なのかどうかが全く分からない。サイラスはラルフの感情にしか訴えていない。数字を全く出していないのだ。
「……」
サイラスは黙ってラルフの返事を待った。
次に彼の口から出る言葉が「いいえ」ならば、あきらめるしかない。
自分が話していない肝心なことに対しての質問であるならば、希望は薄くなる。
そしてラルフはその口を開けた。
出てきた言葉は、
「わかりました。あなたに助力しましょう」
であった。
瞬間、サイラスは歓喜した。心の中で。
その感情はサイラスの顔に滲み、薄い笑みとなった。
口尻が僅かに釣り上がったその表情は、少し悪魔じみていた。
そして同時に、サイラスはラルフに対する評価を改めた。
それはかつてヨハンがカイルに対して述べた内容と同じ、「魔力は強いが、大した男では無い」というものであった。
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