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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十四話 武技乱舞(11)

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 剣の切っ先からぽとり、ぽとりと、赤い雫が落ちる。

「……」

 ヨハンはその様を見つめていた。
 この瀬戸際にきてヨハンの思考は恐ろしいほどに冴え始めていた。
 しかし、その思考は「どうやったらこの場を切り抜けられるか」ということを考えているわけでは無かった。
 なぜならそれは不可能だからだ。
 両手が無くては魔法が使えない。
 そしてこの足ではもう走れない。
 だからヨハンはサイラスのことを考えていた。
 彼はなぜこんなことをするのか。
 理由はなんでもいいし、どうでもいい。他人からの恨みなぞ、数え切れないほど買っている。
 知りたいのは、なぜサイラスは自分をすぐに殺さないのかということだ。
 その問いの答えはすぐに予想がついた。

(たぶん、こやつは、こやつらは私をいたぶりたいだけなのだ)

 だからこんな半端なことをしている。

「……」

 ヨハンは血が滴る切っ先を見つめながら、どうやって死ぬかを考え始めた。
 彼らは私にどうしてほしいのか。泣き喚き、命乞いでもしてほしいのか。
 私はそんなことはしない。さっさと首でも落として終わらせてほしいと思っている。
 どうすればそうしてくれる? そう言えばいいのか?

「……」

 判断がつかないヨハンが沈黙を返していると、サイラスが口を開いた。

「……最後に何か言い残したいことはあるか?」

 この言葉に、ヨハンは「ありがたい」と思った。
 何か言えば綺麗に終わらせてくれる。
 最後の問題は何を言うかだ。
 それはすぐに思いついた。

「……」

 が、ヨハンはそれをすぐには口に出さなかった。
 奇妙な感情が芽生えたからだ。
 思いついたこと、それは残される家族のことでも、財産のことでも、教会のことでも無かった。
 久しく抱いたことが無かった感情がヨハンの中にあった。

 武の神はヨハンに最後の祝福を与えていた。

 ヨハンは国の未来を考えていた。純粋に、そして真剣に。

 この時のヨハンには「利己」などの「欲」から来る概念は存在しなかった。自身の命が終わることを覚悟してようやく、ヨハンは「己」というものを捨て、「国の未来」というものに真摯に向き合えたのだ。

 残すべき言葉はこれしかない、サイラスにこの事を教えておかねばならない、とヨハンは思った。

「……」

 遺言が決まったヨハンは、言葉を選ぶことを始めた。
 これはとても慎重にやらなければならない。相手の感情を激しく煽るような言葉はダメだ。真剣に受け止めてもらわなければならない。
 しかし淡白でもいけない。思わせぶりな言い回しにしなくては。サイラスに興味を持ってもらわねばならないのだ。

「……」

 静寂が場を支配する。
 その静けさがサイラスの気を揉み始めてようやく、ヨハンは口を開いた。

「サイラス」

「……なんだ」

「……お前のところに『使者』は来たか?」
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