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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第三十四話 武技乱舞(10)
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◆◆◆
深夜――
サイラスの部隊が設営していた陣に案内されたヨハンは、用意された幕屋の中で腰を下ろし、人心地をついていた。
一本の杭と布で屋根をこしらえただけの簡易な幕屋。下は薄く藁が敷かれているだけ。雨風と他人の視線を防ぐことしか出来ないものだ。
いつものヨハンならばこんな場所に甘んじることなどありえない。
が、ヨハンは黙ってその場に座った。
心身共に疲れきっていたからだ。
しかし体を横に倒すことはしない。
なぜだか、そんな気になれないのだ。
戦いの緊張が抜けていないからだろうか?
(……いや、なにか違う)
その「なにか」がなんなのか分からない。だから横になれないのだ。
「……」
いくら考えても答えは出ない。
だからヨハンは小さな疑問から、答えが出そうな問いから片付けていくことにした。
そのためにはサイラスと話をしなくてはならない。
しかし今は深夜。するにしても夜が明けてからのほうがいいだろう。
「……」
ここで再びヨハンの心が「なにか」に引っかかった。
話をするならば今すぐでなくてはならない、そんな気がするのだ。
そして、話すにしても慎重に進めなければならない、という感じもする。
出来るならば、自身の中で結論を出し、サイラスと話さずに事を終えるべきだ、という感覚もある。
「……」
分からない。自分は何に引っかかっているのか、何を見落としているのかが分からない。
何かに急かされているような感覚。その感覚は焦りに転化しつつある。
「……」
ここは一度外の夜風に当たって気持ちを落ち着けるべきだ、そう思ったヨハンが立ち上がろうとした瞬間、
「敵襲だ!」
突如耳に入った鋭い声に、ヨハンの体は飛び上がった。
その勢いのまま幕屋から飛び出す。
外ではヨハンと同じように声を聞いて出てきたらしき部下達が敵の姿を探していた。
ヨハンも辺りを見回してみるが、何も見当たらない。周りには暗い森が広がっているだけだ。
しばらくして部下の一人が声を上げた。
「敵はどこだ!?」
これに誰かが答えた。
「あっちだ!」
場にいる全員が声がした方向へ向き直る。
声は森の中から聞こえてきた。
その暗闇の先に敵がいるのか? ヨハンの部下の一人がそれを尋ねようと口を開きかけた瞬間、
「来るぞ! 全員集まれ! 隊列を組んで迎撃しろ!」
再びの森からの声。
今度はそれだけでは無い。大勢の足音も聞こえる。
それらの音を耳にしてようやく、ヨハンの部下達は行動を開始した。
敵の場所を尋ねた兵士が再び口を開く。
「十人はこの場に残ってヨハン様を守れ! 残りは私についてこい! 敵を迎撃するぞ!」
これに比較的若い者達が気勢を返すと、声を上げた兵士はその若者達を引き連れて森へ突撃していった。
残ることが決まった兵達もほぼ同時に動き始める。
声がした方向に向かって四人が壁を作り、残りの六人がヨハンの背と左右を守るために円陣を組む。
その直後、
「ヨハン様!」
左から飛んで来た呼び声にヨハンが視線を向けると、そこには部隊を引き連れ近づいてくるサイラスの姿があった。
ここでヨハンは気付くべきだった。部隊を連れているならば、もっと早くにその接近を察知できたはず。それが出来なかったということは、サイラス達は音を立てずに闇の中で伏せていたということなのだから。ヨハンの中にある「まさか、サイラスに限ってそんなことあるはずがない」という感覚がそれを邪魔していた。
残念ながらこれはそのまさかなのだ。
サイラスはヨハンのそばに駆け寄りながら声を上げた。
「ヨハン様を囲むように円陣を組め!」
瞬く間に、ヨハンの兵達が形成するそれとは比べ物にならないほどの厚みを持った円陣が作られる。
その中心にいるヨハンは安心した。安心してしまった。
直後、新しい音がヨハンの耳に入った。
戦闘音。それも近くから。ヨハンの兵の一部が入っていった森の中から聞こえてくる。
その音はすぐに止まった。どうやら小さな戦闘だったようだ。
そして、ヨハンの隣の立っていたサイラスが不思議な行動を取った。
右手を上げたのだ。
それは攻撃の合図に見えた。
その手が前に振り下ろされたと同時に、兵士達は何かしらの行動を起こすだろう。
ヨハンは疑問に抱いた。
兵士達に突撃をかけさせるつもりなのか? ここは一度撤退すべきなのでは? そう思った。
しかしそれを声にする間も無く、サイラスはその手を振り下ろした。
瞬間、
「ぐぁっ!」
ヨハンの耳に悲鳴が飛び込んだ。
かなり近い。隣から聞こえた。
しかし攻撃音も閃光も無かった。ということは弓矢か?
そんなことを考えながら悲鳴がした方にヨハンが視線を向けると、
(?!)
そこには棒状のものに胸を貫かれている部下の姿があった。
攻撃の正体は弓じゃない。剣だ。
しかもその剣を握っているものは敵兵じゃない、サイラスの――
「がぁっ!」「あぐ!」
ヨハンが考えをまとめる暇も無く、部下達は目の前で切り殺されていった。
誰に?
それはサイラスの兵達だ。
そして最後の一人の命が消えた瞬間、ヨハンはやっと声を上げることが出来た。
「貴様ら! 一体どういうつもり……っ?!」
しかしヨハンは言葉を最後まで発することが出来なかった。
なぜか?
両手が切り落とされたからだ。
悲鳴を上げる間も無く、今度は足首。
支えを失ったヨハンの体が地に落ちる。
丸太のようになってしまった両手足から血が噴水のように流れ出る。
凄惨な光景である。が、ヨハンの目は別のものを見ていた。
それは自分を斬った男の一人。
その者、サイラスは血が滴る剣の切っ先をヨハンの首元に突きつけながら、口を開いた。
「こういうつもりなのだよ、ヨハン」
深夜――
サイラスの部隊が設営していた陣に案内されたヨハンは、用意された幕屋の中で腰を下ろし、人心地をついていた。
一本の杭と布で屋根をこしらえただけの簡易な幕屋。下は薄く藁が敷かれているだけ。雨風と他人の視線を防ぐことしか出来ないものだ。
いつものヨハンならばこんな場所に甘んじることなどありえない。
が、ヨハンは黙ってその場に座った。
心身共に疲れきっていたからだ。
しかし体を横に倒すことはしない。
なぜだか、そんな気になれないのだ。
戦いの緊張が抜けていないからだろうか?
(……いや、なにか違う)
その「なにか」がなんなのか分からない。だから横になれないのだ。
「……」
いくら考えても答えは出ない。
だからヨハンは小さな疑問から、答えが出そうな問いから片付けていくことにした。
そのためにはサイラスと話をしなくてはならない。
しかし今は深夜。するにしても夜が明けてからのほうがいいだろう。
「……」
ここで再びヨハンの心が「なにか」に引っかかった。
話をするならば今すぐでなくてはならない、そんな気がするのだ。
そして、話すにしても慎重に進めなければならない、という感じもする。
出来るならば、自身の中で結論を出し、サイラスと話さずに事を終えるべきだ、という感覚もある。
「……」
分からない。自分は何に引っかかっているのか、何を見落としているのかが分からない。
何かに急かされているような感覚。その感覚は焦りに転化しつつある。
「……」
ここは一度外の夜風に当たって気持ちを落ち着けるべきだ、そう思ったヨハンが立ち上がろうとした瞬間、
「敵襲だ!」
突如耳に入った鋭い声に、ヨハンの体は飛び上がった。
その勢いのまま幕屋から飛び出す。
外ではヨハンと同じように声を聞いて出てきたらしき部下達が敵の姿を探していた。
ヨハンも辺りを見回してみるが、何も見当たらない。周りには暗い森が広がっているだけだ。
しばらくして部下の一人が声を上げた。
「敵はどこだ!?」
これに誰かが答えた。
「あっちだ!」
場にいる全員が声がした方向へ向き直る。
声は森の中から聞こえてきた。
その暗闇の先に敵がいるのか? ヨハンの部下の一人がそれを尋ねようと口を開きかけた瞬間、
「来るぞ! 全員集まれ! 隊列を組んで迎撃しろ!」
再びの森からの声。
今度はそれだけでは無い。大勢の足音も聞こえる。
それらの音を耳にしてようやく、ヨハンの部下達は行動を開始した。
敵の場所を尋ねた兵士が再び口を開く。
「十人はこの場に残ってヨハン様を守れ! 残りは私についてこい! 敵を迎撃するぞ!」
これに比較的若い者達が気勢を返すと、声を上げた兵士はその若者達を引き連れて森へ突撃していった。
残ることが決まった兵達もほぼ同時に動き始める。
声がした方向に向かって四人が壁を作り、残りの六人がヨハンの背と左右を守るために円陣を組む。
その直後、
「ヨハン様!」
左から飛んで来た呼び声にヨハンが視線を向けると、そこには部隊を引き連れ近づいてくるサイラスの姿があった。
ここでヨハンは気付くべきだった。部隊を連れているならば、もっと早くにその接近を察知できたはず。それが出来なかったということは、サイラス達は音を立てずに闇の中で伏せていたということなのだから。ヨハンの中にある「まさか、サイラスに限ってそんなことあるはずがない」という感覚がそれを邪魔していた。
残念ながらこれはそのまさかなのだ。
サイラスはヨハンのそばに駆け寄りながら声を上げた。
「ヨハン様を囲むように円陣を組め!」
瞬く間に、ヨハンの兵達が形成するそれとは比べ物にならないほどの厚みを持った円陣が作られる。
その中心にいるヨハンは安心した。安心してしまった。
直後、新しい音がヨハンの耳に入った。
戦闘音。それも近くから。ヨハンの兵の一部が入っていった森の中から聞こえてくる。
その音はすぐに止まった。どうやら小さな戦闘だったようだ。
そして、ヨハンの隣の立っていたサイラスが不思議な行動を取った。
右手を上げたのだ。
それは攻撃の合図に見えた。
その手が前に振り下ろされたと同時に、兵士達は何かしらの行動を起こすだろう。
ヨハンは疑問に抱いた。
兵士達に突撃をかけさせるつもりなのか? ここは一度撤退すべきなのでは? そう思った。
しかしそれを声にする間も無く、サイラスはその手を振り下ろした。
瞬間、
「ぐぁっ!」
ヨハンの耳に悲鳴が飛び込んだ。
かなり近い。隣から聞こえた。
しかし攻撃音も閃光も無かった。ということは弓矢か?
そんなことを考えながら悲鳴がした方にヨハンが視線を向けると、
(?!)
そこには棒状のものに胸を貫かれている部下の姿があった。
攻撃の正体は弓じゃない。剣だ。
しかもその剣を握っているものは敵兵じゃない、サイラスの――
「がぁっ!」「あぐ!」
ヨハンが考えをまとめる暇も無く、部下達は目の前で切り殺されていった。
誰に?
それはサイラスの兵達だ。
そして最後の一人の命が消えた瞬間、ヨハンはやっと声を上げることが出来た。
「貴様ら! 一体どういうつもり……っ?!」
しかしヨハンは言葉を最後まで発することが出来なかった。
なぜか?
両手が切り落とされたからだ。
悲鳴を上げる間も無く、今度は足首。
支えを失ったヨハンの体が地に落ちる。
丸太のようになってしまった両手足から血が噴水のように流れ出る。
凄惨な光景である。が、ヨハンの目は別のものを見ていた。
それは自分を斬った男の一人。
その者、サイラスは血が滴る剣の切っ先をヨハンの首元に突きつけながら、口を開いた。
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