上 下
142 / 586
第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十三話 盾(7)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 バージルの体は浮遊感に包まれていた。
 痛みはもう無くなっている。
 周囲は暗黒。
 しかし頭上から光が差しているような感覚がある。
 見上げると、そこには空が覗いていた。



 そうとしか表現出来ない不思議な光景であった。まるで頭上の空間に穴が開いていて、そこから違う世界の景色が覗き見えているかのようであった。
 自分はどうやらそこへ向かっているようだ。上へ上へと体が浮き上がっているような感覚がある。
 顔に当たる日差しが心地よい。覗き見えている光景は美しい。
 早くそこへ行きたいとバージルは思った。
 しかし次の瞬間、

「待ちなさいバージル」

 耳に飛び込んだ懐かしい声に、バージルは振り返った。



 するとそこには死んだはずの姉、カミラがいた。
 何も無い暗黒空間の中に立っている。
 あまりの出来事に、バージルは何も声を返すことが出来なかった。
 間の抜けた表情を作るバージルに対しカミラが続けて口を開く。

「あなたとまたこうして話せて嬉しいのだけれども、帰りなさい。いますぐに。あなたはまだここに来るべきではないわ」

 帰る? どこに? バージルは姉の言葉の意味が分からなかった。
 間の抜けた表情を作り続けるバージルに、今度は真右から声がかかる。

「そうだぞバージル。お前にはまだ早い。お前にはやるべきことがあるだろう?」



 視線を移すと、そこには同じく死んだはずの兄、ダグラスがいた。
 やるべきこと? なんだそれは? バージルは兄が何を言っているか分からなかった。
 しかしそれはすぐに思い出せた。
 バージルはヨハンの部隊と戦っていたことを思い出した。
 そして胸に直撃を受けて倒れたことも思い出した。
 そこまで思い出してようやく状況を理解したバージルは心の中で叫んだ。

(なんということだ。自分は死んでしまったのか?! 夢であってほしい。そうだと言ってくれ!)

 バージルの顔に焦りが浮かぶ。
 そんなバージルに対し、ダグラスは口を開いた。

「心配するなバージル。心臓ならすぐに動き出す」

 鉄仮面をかぶっているため表情は見えないが、声の明るさからダグラスは笑っているようであった。
 これにバージルは焦りの表情を崩さなかった。
 何を根拠に言っているのか分からなかったからだ。
 そんなバージルに対し、今度はカミラが口を開いた。

「……すぐに引き戻されることは分かってたから、こうして話しかけた意味は無いんだけどね」

 同じ笑気を含んだ調子で話すカミラに、ダグラスが相槌を打つ。

「まあいいではないですか姉上。こんな機会、滅多に無い」

 危機感の無い二人の調子に当てられたのか、バージルの顔から焦りが抜ける。
 そして一呼吸分間を置いてから、カミラが再び口を開いた。

「……ねえ、バージル。あなた、悔しくないの?」

 これにバージルは「え?」というような表情を返した。
 その顔に対して今度はダグラスが口を開く。

「ヨハンに対して腹が立たないか、と姉上は聞いているのだ」

 考えるまでも無い質問だった。

「……腹が立つさ。当たり前だろう」

 その答えを聞いたダグラスは即座に口を開いた。

「なら決まりだ。さっさと帰れ。まあ、俺が言うまでも無く、もう時間切れのようだが」

 時間切れ、ダグラスが言ったその言葉の意味を考える間も無く、バージルの体に変化が起こった。
 浮遊感が消えた、と思ったら瞬く間に体が落下し始めたのだ。人間は飛べないということを思い出したかのように。

 そしてバージルは絶叫を上げる余裕も無く、闇の中へと落下していった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...