上 下
139 / 586
第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十三話 盾(4)

しおりを挟む
(……どうすればいい?)

 バージルの心に影が差す。
 直後、見えざる悪魔がその影、バージルが抱いた不安を現実のものとした。
 敵兵士達が少し前進したのだ。
 距離を詰められた。それはすなわち、光弾の威力が増すと言うこと。
 そして、同じ防御では絶対に耐えられないということでもある。

(……どうすればいい?!)

 叫べども望む答えは見出せない。
 が、望んでいない答えなら思いついた。

「……」

 これしか手が無い、と思った。しかし、口にするにはためらいが生まれる手段だった。
 それでも言うしかなかった。

「……すまない! 次は守ってやれない! 自力でなんとかしてくれ!」

 分かっていたのか、覚悟していたのか、クレアはすぐに答えた。

「分かっています。御気になさらず」

 その言葉を聞いた瞬間、バージルはクレアから離れるように前へ飛び出した。
 ほぼ同時に、閃光がバージルの目に飛び込む。
 バージルは足を止めず、前進しながら光の壁を展開した。
 壁に光弾が次々と着弾する。
 しかし、その数は先よりも遥かに少なかった。
 包囲網の中心から離れたからであった。この攻撃は円の中心点であるバージルとクレアに向かって放たれたもの。全ての攻撃が同時に炸裂するため、その一点においては凄まじい火力を発揮するが、円の中心から離れるだけで被弾数が一気に落ちる。
 バージルは余力を持って攻撃を凌いだ後、クレアの安否を確認するために後ろへ振り返った。
 すると、クレアも同じように移動しているのが目に入った。バージルから付かず離れずという感じの距離を取っている。
 分かっている、というのはこの攻撃を凌ぐ術も含めての言葉だったのだろう。
 その傷で今の攻撃をよく避けたものだ、とバージルは思った。
 しかもクレアは右足だけで立っている。一本足であの攻撃をくぐり抜けたとは、驚きしかない。
 そして直後、バージルの心に再び影が差した。
 それは自虐の念。
 なんて情けないザマだ。助けに来たというのにこれでは意味が無いではないか、という思考。
 この場に飛び込むこと自体が普通の人間には出来ない芸当なのだが、その事実はバージルの心を照らす光にはならなかった。
 そんな負の思考はバージルの心に一つの映像を浮かび上がらせた。
 それは「こうしていたほうが良かったのではないか」という考え。
 その映像に描かれているのは、傷ついたクレアに肩を貸し、ひきずるように場から撤退する自身の姿であった。

(……)

 実は、この考えはさっき既に思いついていた。
 これを選ばなかったのは単純に自信が無かったからだ。クレアを抱え運びながらこの場から逃げることは難しいと思ったからだ。

(……この期に及んで、俺はまだ自分の命が惜しいのか)

 暗いバージルの心が生み出した結論は、自分の心にとどめを刺すものであった。

 はっきり言ってバージルが自分を責める必要性は一切無い。それどころか、バージルは自信を褒め、勇気付けるべきである。縁が濃いとは言えない相手のために無謀の場に飛び込んだのだから。
 それに、命を惜しむことを卑下するのも最適とは言えない。この場面では無駄に命を散らす方が間違いであろう。問題は現在の状況が有利になるかどうかなのだ。少なくとも、今回は敵の攻撃を無傷かつ消耗を抑えて凌ぐことが出来た。結果だけ見れば悪い選択では無い。

 しかしバージルにはそういう考え方が出来なかった。これは彼の気質であった。バージルの思考は負の方向に偏る傾向があった。

 だが時に、そのはきだめのような暗く重い心の中から、輝かしい宝石が生まれることがあるのだ。

 その時は、バージルにとって運命の時となるその瞬間は、確実に近づいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...