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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第三十二話 武人の性(15)
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◆◆◆
そして、戦況はヨハンが予想したほうに流れていった。
しかしその進展は遅かった。
クレアは魔力を伴わない攻撃の対処がやや不得手であった。普段魔力感知に頼りすぎているせいである。リックと比べると動体視力の鍛えが甘い。
それでも少しずつ慣れてはきている。その証拠に、右手と右足だけでそれなりに捌けるようになってきた。左手を攻撃に回す余裕が生まれつつある。
しかし何より、この射程ぎりぎりの距離は安全圏であるということが大きい。
後退するだけで簡単に避けられるからだ。あれは飛び道具では無い。使い手自らが踏み込んで来ない限り、これ以上伸びてくることは無いのだ。分銅の動きを見切れなかった場合は後ろに地を蹴るだけでいい。
前と横だけを意識すれば良いという点も重要だ。光弾を使った曲打ちを仕掛けられても、分銅が後ろから襲い掛かってくることは無い。背後に回り込むには鎖の長さが足りない。
そして、この距離を維持しているうちに一つ気付いた事がある。
攻撃の発生と変化そのものは決して速くは無いのだ。
分銅の動き自体は見えないくらい速い。しかし、その分銅に動きが伝わるまでに間があるのだ。いかに握り手を早く振ろうとも、鎖がかなり長いゆえにどうしても少し遅れるのだ。光弾を使う場合でも同じこと。光弾が鎖に当たるまで間がある。
だが、光弾を用いた曲打ちはその軌道変化を見切ることが困難だ。これだけは何度見てもよく分からない。だから攻めあぐねているのだ。
どうするか。どう仕掛けるか。
(……やはりここは無難に、)
まずは武器破壊だろう。そう判断したクレアは左手を貫手の形に変え、指先に魔力を集中させた。
(分銅を切り落としたと同時に踏み込む)
だが、光弾による曲打ちを迎撃するのは難しい。軌道を読みやすい通常の攻撃を待つ。
それはすぐに来た。
カイルが左腕を袈裟に振り下ろす。
(これ!)
見えた。右上から左下に抜ける側頭部を狙った軌道。
緩い弧を描きながら迫る分銅。
それがクレアの間合いに入った瞬間、
「疾っ!」
突き上げるように一閃。
指先が鎖に触れる寸前、一点に集中させた魔力を開放。
指先と鎖の間から閃光と火花が生まれ、甲高い金属音が響き渡る。
「!」
直後、カイルの顔に驚きが浮かんだ。
同時に、カイルは腰の辺りに右手を回した。
確認せずとも切られた事は分かっていた。手ごたえがそう言っているのだ。
右手で外套の下にある留め具を「パチリ」と外す。
腹部を締め付けていたあるものが緩む感覚。
それが下にずり落ちないように、カイルは腹に力を込めた。
カイルの瞳の中にあるクレアの像が急速に大きくなる。
踏み込んできた。その言葉が文面として脳裏に浮かび上がるよりも早く、カイルは鎖を引き戻していた左手を前に出した。
握っていた鎖を放り投げ、即座に同じ手で散弾を発射。
引っ張られた直後に前へ放り投げられた鎖は空中でたわみ、からまるように歪んだ。
そこへ散弾が追いつく。
たわんだ鎖に散弾の一つが衝突する。
その衝撃から鎖は変形し、その変化は別の光弾と衝突する切っ掛けとなった。
変形と衝突、この反応は連鎖した。
「!」
瞬間、クレアは驚きに足を止めそうになった。
目の前で鎖が幾重にも張られているように見える。
まるで鎖の壁である。が、クレアは足を止めなかった。
所詮はただの鎖。防御魔法で強引に突破するか、断ち切ればいい、そう思ったからだ。
その考えは間違っていない。
しかしカイルの狙いは鎖に注目してもらうことであった。ただの鎖の壁が防御になるとは最初から思っていない。
そしてカイルは「ひゅっ」と、息を鋭く吐き、腹をへこませた。
「じゃらり」という金音を立てながら、あるものが垂れ下がる。
カイルはそれを右手で掴み、
「蛇っ!」
気勢と共にそれを放った。
翻った外套の下から現れたのは新たな鎖。
地を這うように低く放たれたそれは、鎖の壁の下を潜り抜け、
「っ?!」
クレアの左足首にからみついた。
その手ごたえを感じたと同時に、カイルは「魔力を送り込みながら」、鎖を強く引っ張った。
「くっ!?」
引き倒されないように、クレアは傷ついた右足で踏ん張った。
少しずつ引き摺られながらも、尖らせた左手を下段に構える。
鎖を切るつもりだ。
それを見たカイルは左手を大きく前に出し、鎖を掴んだ。
そして、カイルは一本釣りをするかのように、鎖を持つ左腕を力強く真上に上げた。
「!?」
その直後、クレアの体が浮き上がった。鎖に釣り上げられたのだ。
ただの腕力だけではこんな芸当は出来ない。カイルは魔力を用いていた。
左腕で鎖を真上に持ち上げる瞬間、カイルは左手を鎖の下に回し、光弾を発射したのだ。
真上に放たれた光弾はそのまま鎖を押し上げ、クレアの身を宙に舞い上げた。正確には吊り上げたというよりも、跳ね上げたのだ。
そして、カイルは背負い投げの要領で、鎖を引きながらクレアを後ろの地面に叩きつけようとした。
クレアの体は綺麗な弧を描きながらカイルの真上を通過したが、
「破っ!」
そこでクレアの右足が一閃。二人を結んでいたものは断ち切られた。
開放されたクレアは姿勢を立て直し、地面との衝突に備えたが、
「!? あぅっ!?」
着地を決めることが出来ず、その身は地面の上を滑った。
(左足が?!)
言う事を聞かなかった。そのせいで着地を失敗した。
原因を確かめるべく、クレアが視線を移すと、
(凍っている?!)
左足は白い霜に包まれていた。
これがカイルの鎖が必殺である真たる理由。
カイルの魔力は精鋭以上。ゆえにその冷却魔法の効果も生半可なものではない。細い足首を凍らせるくらいなら、数秒もあれば十分なのだ。
そして、戦況はヨハンが予想したほうに流れていった。
しかしその進展は遅かった。
クレアは魔力を伴わない攻撃の対処がやや不得手であった。普段魔力感知に頼りすぎているせいである。リックと比べると動体視力の鍛えが甘い。
それでも少しずつ慣れてはきている。その証拠に、右手と右足だけでそれなりに捌けるようになってきた。左手を攻撃に回す余裕が生まれつつある。
しかし何より、この射程ぎりぎりの距離は安全圏であるということが大きい。
後退するだけで簡単に避けられるからだ。あれは飛び道具では無い。使い手自らが踏み込んで来ない限り、これ以上伸びてくることは無いのだ。分銅の動きを見切れなかった場合は後ろに地を蹴るだけでいい。
前と横だけを意識すれば良いという点も重要だ。光弾を使った曲打ちを仕掛けられても、分銅が後ろから襲い掛かってくることは無い。背後に回り込むには鎖の長さが足りない。
そして、この距離を維持しているうちに一つ気付いた事がある。
攻撃の発生と変化そのものは決して速くは無いのだ。
分銅の動き自体は見えないくらい速い。しかし、その分銅に動きが伝わるまでに間があるのだ。いかに握り手を早く振ろうとも、鎖がかなり長いゆえにどうしても少し遅れるのだ。光弾を使う場合でも同じこと。光弾が鎖に当たるまで間がある。
だが、光弾を用いた曲打ちはその軌道変化を見切ることが困難だ。これだけは何度見てもよく分からない。だから攻めあぐねているのだ。
どうするか。どう仕掛けるか。
(……やはりここは無難に、)
まずは武器破壊だろう。そう判断したクレアは左手を貫手の形に変え、指先に魔力を集中させた。
(分銅を切り落としたと同時に踏み込む)
だが、光弾による曲打ちを迎撃するのは難しい。軌道を読みやすい通常の攻撃を待つ。
それはすぐに来た。
カイルが左腕を袈裟に振り下ろす。
(これ!)
見えた。右上から左下に抜ける側頭部を狙った軌道。
緩い弧を描きながら迫る分銅。
それがクレアの間合いに入った瞬間、
「疾っ!」
突き上げるように一閃。
指先が鎖に触れる寸前、一点に集中させた魔力を開放。
指先と鎖の間から閃光と火花が生まれ、甲高い金属音が響き渡る。
「!」
直後、カイルの顔に驚きが浮かんだ。
同時に、カイルは腰の辺りに右手を回した。
確認せずとも切られた事は分かっていた。手ごたえがそう言っているのだ。
右手で外套の下にある留め具を「パチリ」と外す。
腹部を締め付けていたあるものが緩む感覚。
それが下にずり落ちないように、カイルは腹に力を込めた。
カイルの瞳の中にあるクレアの像が急速に大きくなる。
踏み込んできた。その言葉が文面として脳裏に浮かび上がるよりも早く、カイルは鎖を引き戻していた左手を前に出した。
握っていた鎖を放り投げ、即座に同じ手で散弾を発射。
引っ張られた直後に前へ放り投げられた鎖は空中でたわみ、からまるように歪んだ。
そこへ散弾が追いつく。
たわんだ鎖に散弾の一つが衝突する。
その衝撃から鎖は変形し、その変化は別の光弾と衝突する切っ掛けとなった。
変形と衝突、この反応は連鎖した。
「!」
瞬間、クレアは驚きに足を止めそうになった。
目の前で鎖が幾重にも張られているように見える。
まるで鎖の壁である。が、クレアは足を止めなかった。
所詮はただの鎖。防御魔法で強引に突破するか、断ち切ればいい、そう思ったからだ。
その考えは間違っていない。
しかしカイルの狙いは鎖に注目してもらうことであった。ただの鎖の壁が防御になるとは最初から思っていない。
そしてカイルは「ひゅっ」と、息を鋭く吐き、腹をへこませた。
「じゃらり」という金音を立てながら、あるものが垂れ下がる。
カイルはそれを右手で掴み、
「蛇っ!」
気勢と共にそれを放った。
翻った外套の下から現れたのは新たな鎖。
地を這うように低く放たれたそれは、鎖の壁の下を潜り抜け、
「っ?!」
クレアの左足首にからみついた。
その手ごたえを感じたと同時に、カイルは「魔力を送り込みながら」、鎖を強く引っ張った。
「くっ!?」
引き倒されないように、クレアは傷ついた右足で踏ん張った。
少しずつ引き摺られながらも、尖らせた左手を下段に構える。
鎖を切るつもりだ。
それを見たカイルは左手を大きく前に出し、鎖を掴んだ。
そして、カイルは一本釣りをするかのように、鎖を持つ左腕を力強く真上に上げた。
「!?」
その直後、クレアの体が浮き上がった。鎖に釣り上げられたのだ。
ただの腕力だけではこんな芸当は出来ない。カイルは魔力を用いていた。
左腕で鎖を真上に持ち上げる瞬間、カイルは左手を鎖の下に回し、光弾を発射したのだ。
真上に放たれた光弾はそのまま鎖を押し上げ、クレアの身を宙に舞い上げた。正確には吊り上げたというよりも、跳ね上げたのだ。
そして、カイルは背負い投げの要領で、鎖を引きながらクレアを後ろの地面に叩きつけようとした。
クレアの体は綺麗な弧を描きながらカイルの真上を通過したが、
「破っ!」
そこでクレアの右足が一閃。二人を結んでいたものは断ち切られた。
開放されたクレアは姿勢を立て直し、地面との衝突に備えたが、
「!? あぅっ!?」
着地を決めることが出来ず、その身は地面の上を滑った。
(左足が?!)
言う事を聞かなかった。そのせいで着地を失敗した。
原因を確かめるべく、クレアが視線を移すと、
(凍っている?!)
左足は白い霜に包まれていた。
これがカイルの鎖が必殺である真たる理由。
カイルの魔力は精鋭以上。ゆえにその冷却魔法の効果も生半可なものではない。細い足首を凍らせるくらいなら、数秒もあれば十分なのだ。
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