上 下
130 / 586
第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十二話 武人の性(12)

しおりを挟む
 先端には重量感のある分銅がついている。
 横手に放たれたそれは、カイルの左手を支点とした楕円の軌跡を描きながら、クレアの右頬に向かって飛んで来ていた。
 これに対しクレアは右手で防御魔法を展開した。
 減速はしない。このまま一気に間合いを詰め、左手による貫手を見舞う。
 分銅がついているとはいえ大した速度の攻撃では無い。この程度ならば破られることは無い、そう踏んだのだ。
 確かにそれはその通りであったのだが、

「!?」

 直後、予想だにし得ないことが起こった。
「かつん」という音と共に、分銅の軌道が変わったのだ。
 地に水平に走っていた分銅は突如真上に跳ね上がった。
 何かにぶつかったかのような変化だ。
 上への放物線の軌道に変化した分銅は、そのままクレアの防御魔法を飛び越え、彼女の頭上に達した。
 その瞬間、カイルは左手首を振り下ろすように、鋭く返した。
 引っ張られた分銅は鞭の先端のようにしなり、クレアの脳天目掛けて振り下ろされたが――

「破っ!」

 直後、気合と共に真上に放たれたクレアの左掌底打ちによって叩き返された。
 しかし安堵する間も無く、

「!」

 クレアの目が見開く。
 視界を埋めるように迫る白。
 光弾だ。それも一発では無い。連射だ。

「っ!」

 凄まじい衝撃がクレアの右手に伝わる。
 かなり重い。他の側近達より一段上の威力だ。
 そして防御魔法越しに凄まじい冷気が伝わってくる。展開している右手が痛いほどだ。
 このままではすぐに破られる、そう判断したクレアは左手を添えて防御魔法を強化しながら、後方に跳んだ。
 同時に、カイルも距離を取るために後ろに地を蹴る。
 互いの距離が開幕の時と同じくらいに開き、仕切りなおしとなった。
 構えを整えながら、クレアは先に起きた奇妙なことについて思考を巡らせた。
 どうして分銅の軌道が変わった?
 一つ確かなのは、軌道が変わった瞬間、「何かにぶつかった」かのような音が聞こえたこと。
 それは自分の防御魔法にでは無い。明らかに防御魔法に触れる前に軌道が変わった。
 何か見落としていることがあるはずだ。思い出せ。
 まず、あの男は大きく一歩踏み込みながら、分銅を投げた。

(……? 妙ね)

 大きく一歩踏み込んだにもかかわらず、あの程度の速度だったのか?
 目で追える速度だった。あれでは踏み込んだ意味が薄い。狙いに対して正確に飛ばすためだけに、手首を利かせずに踏み込みの勢いだけで分銅を放り投げたような感じだった。
 思い出せ。何かを見落としている。

(……!)

 そして、クレアはあることを思い出した。
 影だ。軌道が変わった瞬間、音が鳴った瞬間、分銅に小さな影のようなものがぶつかっていた。
 はっきりとは思い出せないが、たぶん石だ。音の質感も石のそれだった。あの男は鎖を左手で投げると同時に左足を前に出し、そのつま先で石を蹴り上げたのだ。

(分銅を投げる前から、防御魔法を展開されることを予想していた……?)

 そうとしか思えない立ち回りだ。

 クレアの考えは正解であった。
 カイルの鎖は正面を攻撃するためにあるものでは無い。正面はあくまで意識させるだけなのだ。前を攻撃するだけなら光弾のほうがいい。そもそもただの鎖では強力な防御魔法を突破出来ないことなど百も承知なのだ。
 鎖は相手の虚を突くためのもの。その技は相手の側面や頭上、そして足元を攻めるものばかりで構成されているのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

処理中です...