上 下
128 / 586
第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十二話 武人の性(10)

しおりを挟む
   ◆◆◆

「!?」

 直後、クレアは驚きに足を止めた。
 敵の攻撃が止まったのだ。
 場には太鼓の音が鳴り響いている。

(この合図は……)

 太鼓の拍子はどこかぎこちない。
 それもそのはず、この合図は滅多に使われないものだからだ。演奏者も慣れていないのだ。
 そして、その合図の意味は、

(……一騎討ち?!)

 であることをクレアが思い出した直後、目の前に一人の男が現れた。
 それは赤毛の男。ヨハンの真横についていた者だ。
 男はクレアに対して一礼した後、口を開いた。

「あまりに多勢に無勢でしたので、出来るだけ静観するつもりでしたが……どうやら私はあなたの技に心を奪われてしまったようだ」

 奇妙な理由を述べた後、男は名乗った。

「私の名はカイル。ヨハン様に飼われるただの犬だが、御相手願いたい」

 その眼から、カイルが真剣であることをクレアは察した。
 罠の可能性は捨てきれない。一対一であると思わせて、後ろから攻撃することは十分に考えられる。
 しかし彼の態度は丁寧だ。
 だからクレアは、

「……わかりました。このクレア、偉大なる一族の者として、その名誉をかけてお相手致しましょう」

 と、丁寧な言葉を返した。

   ◆◆◆

 その様を、バージルは屋敷の中から見つめていた。
 その瞳は言葉にし難い感情を湛えている。良い感情と暗い感情が混じっている。
 この戦いでバージルの瞳はその色を様々に変えていた。
 ある時は憎悪に染まり、ある時は驚きに見開いた。今は期待感の色が強い。
 バージルはクレアのことを応援していた。真剣に。あのいけ好かないヨハンを倒して欲しいと、本気で思っていたのだ。
 ことあるごとに我が家に難癖をつけてきたヨハン。
 ある時は軍事予算の縮小、またある時は別宅の取り潰し、土地の一部没収、それら全てが「魔力を飛ばせない」という理由からだ。
 あげくの果てには軍門に下れとぬかしてきた。
 ゆえにバージルはヨハンのことを嫌っている。憎んでいると言ってもいい。
 そんな中、唯一我が家に暖かい手を差し伸べてくれたのが、この偉大なる一族だ。
 援助は一度だけだ。しかし、それでも強く心に残っている。
 強くなりたいと願った時、この屋敷のことが一番に頭に浮かんだのは必然だったのかもしれない。

 バージルは知らない。
 盾の一族を軍門に加えるようヨハンをそそのかした者がいることを。
 両家の結束強化、魔力至上主義という建前のためなど、都合の良い理由をその者は並べた。
 これに対しヨハンは少しだけ迷った。盾の一族が不快感を抱くのは間違いなかったからだ。
 しかし、最後には悪い案では無いと、ヨハンは判断した。してしまった。盾の一族と資金が同時に手に入る、そう判断してしまったのだ。

 この国は分裂し始めている。少しずつ着実に。
 そしてそのひび割れにサイラスが決定打を叩き込もうとしていることをヨハンは知らない。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...