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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第三十二話 武人の性(9)
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そして直後、それを見たヨハンは表情を和らげた。
クレアに光弾が当たったのだ。
光る手甲で防御されている。しかし、当たったのだ。受け流されたわけでも無い。これは大きな変化だ。
貫手の鋭さは変わっていない。が、肝心の回避にかつての輝きが全く無い。
(これなら、五分も持たずに終わりそうだな)
表情をさらに緩ませつつあったヨハンであったが、次の瞬間には元の険しい顔つきに戻っていた。
クレアが構えを変えたのだ。
脇を少し開きながら右腕を前に出しつつ、真上に膝蹴りを放つように、右膝を鋭利に折り曲げながら右足を浮かせたのだ。左腕は右腕に添えるように前に出されている。
その一本足での立ち姿は、言葉で表せば「細い」。この一言に尽きる。
これは「片羽の構え」。偉大なる大魔道士が愛した構えの一つであり、細く見せることで被弾面積を小さくしつつ、反撃に重きを置く構えである。
しかし一族の歴史を振り返ってみてもこの構えの愛用者は少ない。なぜならば、この構えの発案者は片腕であり、技の構成と動きもそれに準じたものであったからだ。上げた右足を腕の代わりとして扱う構えなのだ。
当然片足になるので機動力は落ちる。それを補うための線の細さであり、技の構成も防御と反撃に重きを置いたものになっているのだ。
クレアはこの構えに執着していた時期があった。
父に勝ちたいと願っていた若き頃、屋敷の文献からこの構えを知ったクレアは体得と研鑽に相当の時間を費やした。防御と反撃に重きを置くという点に強く惹かれたのだ。
その過程でクレアは足による魔力制御の精度を飛躍的に向上させた。
でなければ機動力が著しく損なわれてしまうだけでなく、結果的に防御も脆くなってしまうからだ。一本足で鋭く動き、敵の攻撃を受けた際に姿勢を崩さぬようにするには、強靭な筋肉と、つま先一点に魔力を集中させて維持する高度な制御能力が必須なのだ。思い返せば、魔力感知を体得したのもその頃である。
「……」
光弾が飛び交う中、クレアの意識は澄んだ水のように透明で静かであった。
この状態を維持するにはそうでなければならない。四方八方から来る光弾を感知しつつ、軸足である左足のつま先に意識を向けるには、雑念に気を使う余裕など無いのだ。
迫る光弾を流し、時に受ける。
その際、左足のつま先に魔力を集中させ、地面に食い込ませる。そうしなければ踏ん張れないのだ。
そして時に動く。
指先から魔力を放出し、側近が放った強力な光弾を避ける。
移動の際は魔力制御を指単位で行う。
各指から放出する魔力の量に強弱をつけることで、移動方向を制御するのだ。
短いが鋭い移動に、クレアの服が翻る。
真上に突き上げていた右膝に引っかかっていた裾が滑り落ち、太腿があらわになる。
その色は悩ましい肌色ではなく無残な赤だ。
しかし、その残酷さがクレアの美しさをますます際立てた。
(まだ魅せてくれるのか)
カイルもその虜となっている者の一人である。
この戦いはもうすぐに終わるものだと思っていた。
しかしクレアは粘っている。
今のクレアの動きに以前のような激しさは無い。しかし、今のクレアには洗練された美しさと、どことなく感じさせる儚さがある。
ただの悪あがきだと言えるだろうか?
否。彼女は輝いている。武人が戦場で放つ輝きだ。
クレアはその輝きを維持したまま、少しずつこちらに近づいて来ている。
もしかしたらここまで辿りつけるのではないか?
(いや……やはり、それは無い)
防御出来ているとはいえ被弾が増えていることに間違いはないのだ。硬くなっただけとも言える。やはり時間の問題であろう。側近の光弾に当たって姿勢を崩したが最後、そのまま一気に終わらされる可能性がある。
そう、悲しいことに時間の問題なのだ。
(……)
哀れだ。それしか言葉が浮かばない。
このままでいいのだろうか?
「……」
このまま数の力によって虫けらのように死んでしまうというのならば、せめて――
「――っ」
心に浮かんだその言葉に、カイルは息を詰まらせた。
それをやりたい、という衝動が胸を突いたのだ。
理性が即座にその衝動を抑えにかかった。馬鹿げた考えだ、と。
時代に合わぬ古臭い行為だ。それに無意味。放って置くだけで終わるのに、なぜわざわざ自分の身を危険に晒す必要がある? ヨハン様もお許しにならないだろう。
この弁に、本能が反撃に出た。
それはたったの一言であった。
だが、その一言は理性が並べた全ての文句を吹き飛ばした。
その言葉とは、
「しかし、そこには名誉がある」であった。
そうだ名誉がある。
あれだけの武人と、名のある者と戦うこと、それは名誉だ。
それが手に入れば、もしかしたら、今の境遇を変えることが出来るかもしれない。
カイルがそう思った瞬間、
「……ヨハン様」
思わず、言葉が口から飛び出していた。
なんだ? というような視線を主君が向ける。
その面倒そうな視線に対し、カイルははっきりと自分の欲を口に出した。
「一つ、お願いが御座います」
クレアに光弾が当たったのだ。
光る手甲で防御されている。しかし、当たったのだ。受け流されたわけでも無い。これは大きな変化だ。
貫手の鋭さは変わっていない。が、肝心の回避にかつての輝きが全く無い。
(これなら、五分も持たずに終わりそうだな)
表情をさらに緩ませつつあったヨハンであったが、次の瞬間には元の険しい顔つきに戻っていた。
クレアが構えを変えたのだ。
脇を少し開きながら右腕を前に出しつつ、真上に膝蹴りを放つように、右膝を鋭利に折り曲げながら右足を浮かせたのだ。左腕は右腕に添えるように前に出されている。
その一本足での立ち姿は、言葉で表せば「細い」。この一言に尽きる。
これは「片羽の構え」。偉大なる大魔道士が愛した構えの一つであり、細く見せることで被弾面積を小さくしつつ、反撃に重きを置く構えである。
しかし一族の歴史を振り返ってみてもこの構えの愛用者は少ない。なぜならば、この構えの発案者は片腕であり、技の構成と動きもそれに準じたものであったからだ。上げた右足を腕の代わりとして扱う構えなのだ。
当然片足になるので機動力は落ちる。それを補うための線の細さであり、技の構成も防御と反撃に重きを置いたものになっているのだ。
クレアはこの構えに執着していた時期があった。
父に勝ちたいと願っていた若き頃、屋敷の文献からこの構えを知ったクレアは体得と研鑽に相当の時間を費やした。防御と反撃に重きを置くという点に強く惹かれたのだ。
その過程でクレアは足による魔力制御の精度を飛躍的に向上させた。
でなければ機動力が著しく損なわれてしまうだけでなく、結果的に防御も脆くなってしまうからだ。一本足で鋭く動き、敵の攻撃を受けた際に姿勢を崩さぬようにするには、強靭な筋肉と、つま先一点に魔力を集中させて維持する高度な制御能力が必須なのだ。思い返せば、魔力感知を体得したのもその頃である。
「……」
光弾が飛び交う中、クレアの意識は澄んだ水のように透明で静かであった。
この状態を維持するにはそうでなければならない。四方八方から来る光弾を感知しつつ、軸足である左足のつま先に意識を向けるには、雑念に気を使う余裕など無いのだ。
迫る光弾を流し、時に受ける。
その際、左足のつま先に魔力を集中させ、地面に食い込ませる。そうしなければ踏ん張れないのだ。
そして時に動く。
指先から魔力を放出し、側近が放った強力な光弾を避ける。
移動の際は魔力制御を指単位で行う。
各指から放出する魔力の量に強弱をつけることで、移動方向を制御するのだ。
短いが鋭い移動に、クレアの服が翻る。
真上に突き上げていた右膝に引っかかっていた裾が滑り落ち、太腿があらわになる。
その色は悩ましい肌色ではなく無残な赤だ。
しかし、その残酷さがクレアの美しさをますます際立てた。
(まだ魅せてくれるのか)
カイルもその虜となっている者の一人である。
この戦いはもうすぐに終わるものだと思っていた。
しかしクレアは粘っている。
今のクレアの動きに以前のような激しさは無い。しかし、今のクレアには洗練された美しさと、どことなく感じさせる儚さがある。
ただの悪あがきだと言えるだろうか?
否。彼女は輝いている。武人が戦場で放つ輝きだ。
クレアはその輝きを維持したまま、少しずつこちらに近づいて来ている。
もしかしたらここまで辿りつけるのではないか?
(いや……やはり、それは無い)
防御出来ているとはいえ被弾が増えていることに間違いはないのだ。硬くなっただけとも言える。やはり時間の問題であろう。側近の光弾に当たって姿勢を崩したが最後、そのまま一気に終わらされる可能性がある。
そう、悲しいことに時間の問題なのだ。
(……)
哀れだ。それしか言葉が浮かばない。
このままでいいのだろうか?
「……」
このまま数の力によって虫けらのように死んでしまうというのならば、せめて――
「――っ」
心に浮かんだその言葉に、カイルは息を詰まらせた。
それをやりたい、という衝動が胸を突いたのだ。
理性が即座にその衝動を抑えにかかった。馬鹿げた考えだ、と。
時代に合わぬ古臭い行為だ。それに無意味。放って置くだけで終わるのに、なぜわざわざ自分の身を危険に晒す必要がある? ヨハン様もお許しにならないだろう。
この弁に、本能が反撃に出た。
それはたったの一言であった。
だが、その一言は理性が並べた全ての文句を吹き飛ばした。
その言葉とは、
「しかし、そこには名誉がある」であった。
そうだ名誉がある。
あれだけの武人と、名のある者と戦うこと、それは名誉だ。
それが手に入れば、もしかしたら、今の境遇を変えることが出来るかもしれない。
カイルがそう思った瞬間、
「……ヨハン様」
思わず、言葉が口から飛び出していた。
なんだ? というような視線を主君が向ける。
その面倒そうな視線に対し、カイルははっきりと自分の欲を口に出した。
「一つ、お願いが御座います」
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