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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十二話 武人の性(8)

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 そして、意識が戦いからそれはじめていることに気付いたヨハンは、すぐさま思考の向きを修正した。

(さて、そろそろあいつが位置についた頃か?)

 ある者の位置を確認する。

(……あそこか)

 悪くない位置だ。射程ぎりぎりなのが少し気になるが。

(さて、後はクレアの動き方次第だな)

 視線を移す。
 クレアは光弾を撃ちながら走り回っていた。
 しかしその動きに陰りが見える。

(ようやく疲れてきたか?)

 このまま倒れてくれるならばそれはそれで良し。
 ヨハンの口元が緩み、顔全体に穏やかな表情が浮かび上がる。
 対し、クレアの顔は苦痛に歪んでいた。
 奥義の反動が全身に痛みを生んでいる。
 その口は粗い呼吸を繰り返している。
 もう体力が底を尽きかけている。
 クレアは迷っていた。一か八かの正面突破を仕掛けるかどうか。
 雑魚を盾にしながら進む手は安全だが、運動量がかなり増える。
 今の残体力で遠回りが出来るかどうか……正直なところ、分が悪いと判断せざるを得ない。
 しかし正面突破もかなり分が悪いのは確かなのだ。
 だから迷っている。動きを小さく、かつ緩慢にして体力を温存しながら、飛び道具を返すということを続けている。
 だが今のままでは事態は悪化していくだけなのは明らかだ。
 なぜなら――

(大盾兵の列が崩れる気配が無い!)

 最前の者を光弾で倒してもすぐに後列の者が入れ替わりに前へ出てくるのだ。逆に倒された者は後列で体勢を立て直し次の出番を待っているようだ。
 これでは一度に大勢を倒す手段が無ければ隊形を崩せない。それはつまり、味方のいない今の自分には不可能であるということだ。
 選ぶしかない。決断するしかない。

(ここはやはり、)

 そして、クレアが選んだ選択は、

(大盾兵の列を飛び越えて、隊列の中に飛び込む!)

 ヨハンが望む答えであった。
 クレアが視線を移す。
 その目が映す先はやはり右翼側。攻撃の密度が高い左翼側は選択肢に入らない。
 その先にヨハンが用意した備えがあると知らず、クレアは駆け出した。
 迫るクレアに向かって魔法使いたちが光弾を放つ。
 その時、ヨハンはクレアを凝視しながら心の中で叫んだ。

(踏め! そして跳べ!)

 クレアはヨハンが願った通りの行動を選んでしまった。
 数発の光弾を足場に高く舞い上がる。
 瞬間、

「今だ、撃て!」

 クレアの耳に入ったのはヨハンの声。
 クレアはすかさず視線を三人のところに向けた。

(!? 違う!)

 三人への指示では無い。三人は構えていない。
 刹那遅れて、クレアの魔力感知がある情報を拾う。

(何?!)

 視線を移す。
 直後、クレアの瞳が捕えたものは、

「! 四人目!?」

 いつの間にか右翼の隊列の中に移動していた四人目の側近の姿。
 邪魔にならないようにか、周囲の兵士達はその男から少し距離を置いている。
 しかし、何より目を引くのはその構え。
 まるで武術のような、正拳突きを放つかのような型だ。
 それを見たクレアは反射的に防御の姿勢を取った。
 この時、クレアは足を防御に用いることを選んだ。選んでしまった。光弾を踏むために込めた魔力をそのまま防御に利用しようと思ったのだ。

「!」

 そして刹那の後、クレアの顔は驚きに染まった。
 突き出された男の拳が輝いた、そのようにしか見えなかった。
 クレアの感知能力を含めた認識力はその閃光の速さに対し大きく遅れを取った。攻撃が来ている、という判断すら成されていなかった。
 しかしクレアの体は勝手に動いた。防衛本能がそうさせたのだ。積み重ねた修練の成せる技であった。
 クレアの右足は薙ぎ払うように振るわれ、魔力を込めたそのつま先は閃光の先端を捉えたが――

「っ!?」

 直後、クレアの右太腿に熱く鋭い痛みが走った。
 クレアの蹴りは閃光の軌道を僅かにそらす程度にとどまり、曲がった閃光はクレアの太腿をなぞりながら通り抜けていったのだ。
 閃光が残した煌びやかな光の粒子の中に鮮やかな赤色が加わる。
 クレアはその残酷な色を空中で撒き散らしながら、姿勢を大きく崩した。
 傍目にはクレアに閃光が直撃したようにしか見えなかった。が、場にただ一人、閃光と蹴りのぶつかり合いをはっきりと視認出来ていた者がいた。カイルである。

(致命傷には遠いが……)

 この時点で、カイルはこの戦いの大勢が決まったことを理解した。
 そして、空中で制御を失ったクレアであったが、かろうじて受身は取った。
 太腿の傷はそのままにすぐさま地を蹴り、ある目標に向かって突進する。
 目指す先は閃光を撃った男。あの男は危険だ。ここで倒しておかねばならない。
 が、クレアの前進はすぐに失速を始めた。やはり赤く染まった右足の動きが鈍い。
 しかしそれでもクレアは立ちふさがる雑魚を蹴散らし、閃光の男に迫った。
 男は既に閃光の構えを取っている。
 閃光を見てから回避するのは難しい。だが、拳の動きなら別だ。
 クレアは体を傾け、左前方に進路を変えた。
 それを見た男が拳を前に突き出す。
 拳が伸びる先、閃光の狙いはクレアの手前。
 瞬間、クレアは奥義を用いて進路を右に急転した。
 放たれる閃光。しかしその線上に目標の姿は既に無い。
 真横を通り抜ける閃光の風圧を感じながら、クレアは貫手を構えた。
 男はもう目の前だ。
 この時、カイルは閃光の男の命運が尽きたことを察した。
 自衛する手段に乏しいからだ。あいつの役割はヨハン様に近づいた者を陰から狙撃すること。そしてそれしか出来ないのだ。あのヨハン様が褒めるほど射程のある閃光魔法を使えるが、それ以外のことはまるで無能。防御魔法すら碌に使えない。
 そして、結果はカイルが予想した通りのものとなった。
 クレアの貫手が一閃。間も無く、閃光の男は鮮血を散らしながらその場に崩れ落ちた。
 それを見たカイルはその技に賞賛を送った。

(お見事。しかし……)

 同時に、クレアの命運も尽きたことをカイルは理解していた。

(ここまでだな。あの足の傷では時間の問題だろう)

 そして、賞賛を送ったカイルに対し、ヨハンの方は毒を吐いていた。

(あれで仕留められんとは……馬鹿者が)

 他人に聞こえぬ程度の舌打ちをする。

(まあいい。また代わりを探すか育てればいいだけのこと。とりあえず、この戦いは勝った)

 あの男を育てるのに五年以上費やしたという事実から目を背けながら、ヨハンは視線をクレアに戻した。
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