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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第三十二話 武人の性(7)
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そして直後、それまで直立不動を保っていたカイルがほんの少し動いた。
肩から足元までを隠し覆う大きな外套を身に纏っているゆえに分かりづらいが、確かに動いた。
腹のあたりの布が「もぞり」と揺らめき、「チャラリ」という小さいが確かな金属音が鳴った。
それを耳にしたカイルは自らを戒めた。
(思わず『構えてしまった』。興奮に心を揺らされたか)
今はヨハン様を守るのが務め。この距離で攻撃態勢を取る必要は無い。
カイルは姿勢と表情を元に戻した。
その小さな挙動をヨハンは見逃さなかった。
(そういえばこいつも「武人」だったな……)
このカイルという男はカルロを倒すために手に入れた。
何故か? 炎と相性がいいからだ。
しかしラルフを手に入れたことでカイルの存在意義はやや薄くなった。
だが、ラルフの次に頼れる者は誰か、と問われればこのカイルの名前しか浮かばない。
横目にカイルの表情を伺う。
(クレアと手合わせしてみたい、という顔をしておるな)
ぶつけてみてもいいが……絶対に勝てる保障が無い。正直なところ、この男をここで失うのは惜しい。
それについ先ほど別の手を思いついた。こちらのほうが堅実だ。
ヨハンはそこで思考を一旦切り、声を上げた。
「直撃だけを狙うな! 移動先を予測して撃て! わからなければクレアの周りに適当にばらまくだけでもいい! 数を活かせ! それと攻撃間隔に規則性を持たせるな! 各自の判断で適当に連射しろ!」
ヨハンの指示が響き渡る。
直後、戦場は一変した。
先ほどまでの規則的な美しさは無くなり、混沌が自己主張を始めた。
クレアの周りを光弾が不規則に飛び交う。
周辺の地面に次々と着弾し、土煙と土砂が舞い上がる。
しかしそれを利用することは出来ない。すさまじい数と密度の光弾がすぐにそれを払ってしまうし、敵はもはや視界など関係無しにでたらめに撃っている気配がある。こちらを正確に狙っているのは側近だけだ。
攻撃精度の平均値は大きく下がったが、こちらのほうがはるかに厄介だ。正確に狙ってくれたほうが避けやすい。回避先に光弾が置かれていないか意識しつつ、側近からの攻撃を捌かなければならない。
クレアがそんなことを考えた直後、場にヨハンの声が再び響いた。
「お前達は足を狙え! 当てられなくてもいい! 地面をえぐって足場を崩せ!」
それは前に出ている三人の側近への指示であった。
これに三人は少し戸惑う様子を見せた。
ここからでは地面をえぐるほどの威力は出ない。本当に地面に穴を開けようと思ったら、クレアの周辺の地形を変えようとするならば、接近戦と言えるくらいの間合いまで近づかなければならない。
しかしあんなに速く動ける相手に近づくのは自殺行為だ。
だから三人は少しだけ前に出た。
形だけ従ったように見せているだけである。が、指示を出した当のヨハンもそれで良いと思っていた。あの三人に地面をえぐるなどという大層なことが出来るとは最初から思っていなかったのだ。
大地は硬い。この距離では小さなくぼみが出来る程度だろう。ラルフのように穴を開けることは出来ない。
だがそれでも構わない。クレアに足元が危ないと意識させるのが狙いなのだ。だから「クレアにも聞こえるように」指示を出した。
しかし次の指示はクレアの耳に入れるわけにはいかない。
ヨハンは手近な兵士を一人呼び付け、次の命令を耳打ちした。
兵士は深い頷きを返した後、指示を伝えるため隊列の中に駆け込んでいった。
ヨハンはその背を見送った後、視線を三人の方に戻した。
それを避けるためにクレアは時々小さな跳躍をしている。
その様を見たヨハンは心の中で「良し」と頷きながら声を上げた。
「魔法使いは一列前に出ろ! 最前の大盾兵と並んで防御魔法を張れ!」
最悪の展開は前列の壁を「正面から」突破されることだ。前面は厚くしておいたほうがいい。
これもクレアに聞こえるように声を上げた。壁は硬い、正面から突破するのは難しいと思わせるためだ。
続けてもう一つ号令を飛ばす。
「左翼は十歩前進しろ! 包囲を縮めるのだ!」
進め! という部隊長の声を合図に左翼が前進を開始する。
軍靴の音が場に鳴り響く。
その音は綺麗に重なっていた。壮大な足音が十回鳴り響いたようにしか聞こえないほどに。歩幅も全員一致しており隊列に乱れは一切無い。
包囲は真円の形では無くなり、左側が少し欠けた月のような形になった。
結果、左翼側からの攻撃密度が増し、クレアは密度の薄い右翼側に流れた。
それを見たヨハンは薄い笑みを浮かべた。
(そうだ、右翼側に寄れ)
これまでの動きからクレアが雑魚との乱戦に持ち込みたがっていることは分かっている。雑魚を盾にしながら私に接近し、一撃見舞おうとでも考えているのだろう。
(浅はかな)
ヨハンは心の中でクレアのことをあざ笑った。
今まで私が戦いのことについてどれだけ考えてきたと思う?
お前達偉大なる一族が「武」とかいうものに執着している間に、我が一族はもっと大きなものを積み上げてきたのだ。
確かにお前達は強い。それは認めよう。もしかしたら、お前は私の元にたどり着けるかもしれない。
しかし私にその拳を当てることは出来ない。四人の側近とカイルがそれを許さない。三人が壁となり、一人が狙い撃ち、そしてお前達と同じ「武人」であるカイルが立ちふさがるのだ。
はっきりいって鉄壁だ。本当にそう思っている。あのカルロでも一人では突破出来ないように作り上げたのだから。
「……ふふっ」
心に満ちる優越感に含み笑いを漏らす。
だが直後、その心地よい感覚に水が差された。
(……しかし、本当は「盾」の一族の人間をあの三人のところに配するつもりだった)
同じ魔力至上主義の道を歩んできた「盾」の一族であるが、私に忠誠を誓うことは無かった。我が一族の傘下に入ることを頑なに拒否した。
(……まあ、いい)
今は考えても仕方の無いことだ。
今はこの戦いを終わらせることに集中すべきだろう。
(そうだ。そしてその後は……)
国を強化しつつ炎の一族をねじ伏せ、『次』に備えなくては。
(しかし、あの『使者』が言った事、あれは本当なのだろうか?)
全面的な信用は難しい。素性がよく分からない人間だったからだ。
だが、あの使者が言ったことを基本に考えると色々なことに辻褄が合う。そも、我が祖先が魔力至上主義の道を選んだのは『それ』が理由なのだから。
平和ボケしている場合では無い、国を強くしなくてはならない、その願いから我が祖先は声を上げたのだ。
(しかし、我が祖先がこの道を選んでからもう数百年経っている。『そいつら』はまだ我々のことを狙っているのだろうか?)
疑問に思考が停止する。
情報が足りない。今は答えの出ない問いだ。
肩から足元までを隠し覆う大きな外套を身に纏っているゆえに分かりづらいが、確かに動いた。
腹のあたりの布が「もぞり」と揺らめき、「チャラリ」という小さいが確かな金属音が鳴った。
それを耳にしたカイルは自らを戒めた。
(思わず『構えてしまった』。興奮に心を揺らされたか)
今はヨハン様を守るのが務め。この距離で攻撃態勢を取る必要は無い。
カイルは姿勢と表情を元に戻した。
その小さな挙動をヨハンは見逃さなかった。
(そういえばこいつも「武人」だったな……)
このカイルという男はカルロを倒すために手に入れた。
何故か? 炎と相性がいいからだ。
しかしラルフを手に入れたことでカイルの存在意義はやや薄くなった。
だが、ラルフの次に頼れる者は誰か、と問われればこのカイルの名前しか浮かばない。
横目にカイルの表情を伺う。
(クレアと手合わせしてみたい、という顔をしておるな)
ぶつけてみてもいいが……絶対に勝てる保障が無い。正直なところ、この男をここで失うのは惜しい。
それについ先ほど別の手を思いついた。こちらのほうが堅実だ。
ヨハンはそこで思考を一旦切り、声を上げた。
「直撃だけを狙うな! 移動先を予測して撃て! わからなければクレアの周りに適当にばらまくだけでもいい! 数を活かせ! それと攻撃間隔に規則性を持たせるな! 各自の判断で適当に連射しろ!」
ヨハンの指示が響き渡る。
直後、戦場は一変した。
先ほどまでの規則的な美しさは無くなり、混沌が自己主張を始めた。
クレアの周りを光弾が不規則に飛び交う。
周辺の地面に次々と着弾し、土煙と土砂が舞い上がる。
しかしそれを利用することは出来ない。すさまじい数と密度の光弾がすぐにそれを払ってしまうし、敵はもはや視界など関係無しにでたらめに撃っている気配がある。こちらを正確に狙っているのは側近だけだ。
攻撃精度の平均値は大きく下がったが、こちらのほうがはるかに厄介だ。正確に狙ってくれたほうが避けやすい。回避先に光弾が置かれていないか意識しつつ、側近からの攻撃を捌かなければならない。
クレアがそんなことを考えた直後、場にヨハンの声が再び響いた。
「お前達は足を狙え! 当てられなくてもいい! 地面をえぐって足場を崩せ!」
それは前に出ている三人の側近への指示であった。
これに三人は少し戸惑う様子を見せた。
ここからでは地面をえぐるほどの威力は出ない。本当に地面に穴を開けようと思ったら、クレアの周辺の地形を変えようとするならば、接近戦と言えるくらいの間合いまで近づかなければならない。
しかしあんなに速く動ける相手に近づくのは自殺行為だ。
だから三人は少しだけ前に出た。
形だけ従ったように見せているだけである。が、指示を出した当のヨハンもそれで良いと思っていた。あの三人に地面をえぐるなどという大層なことが出来るとは最初から思っていなかったのだ。
大地は硬い。この距離では小さなくぼみが出来る程度だろう。ラルフのように穴を開けることは出来ない。
だがそれでも構わない。クレアに足元が危ないと意識させるのが狙いなのだ。だから「クレアにも聞こえるように」指示を出した。
しかし次の指示はクレアの耳に入れるわけにはいかない。
ヨハンは手近な兵士を一人呼び付け、次の命令を耳打ちした。
兵士は深い頷きを返した後、指示を伝えるため隊列の中に駆け込んでいった。
ヨハンはその背を見送った後、視線を三人の方に戻した。
それを避けるためにクレアは時々小さな跳躍をしている。
その様を見たヨハンは心の中で「良し」と頷きながら声を上げた。
「魔法使いは一列前に出ろ! 最前の大盾兵と並んで防御魔法を張れ!」
最悪の展開は前列の壁を「正面から」突破されることだ。前面は厚くしておいたほうがいい。
これもクレアに聞こえるように声を上げた。壁は硬い、正面から突破するのは難しいと思わせるためだ。
続けてもう一つ号令を飛ばす。
「左翼は十歩前進しろ! 包囲を縮めるのだ!」
進め! という部隊長の声を合図に左翼が前進を開始する。
軍靴の音が場に鳴り響く。
その音は綺麗に重なっていた。壮大な足音が十回鳴り響いたようにしか聞こえないほどに。歩幅も全員一致しており隊列に乱れは一切無い。
包囲は真円の形では無くなり、左側が少し欠けた月のような形になった。
結果、左翼側からの攻撃密度が増し、クレアは密度の薄い右翼側に流れた。
それを見たヨハンは薄い笑みを浮かべた。
(そうだ、右翼側に寄れ)
これまでの動きからクレアが雑魚との乱戦に持ち込みたがっていることは分かっている。雑魚を盾にしながら私に接近し、一撃見舞おうとでも考えているのだろう。
(浅はかな)
ヨハンは心の中でクレアのことをあざ笑った。
今まで私が戦いのことについてどれだけ考えてきたと思う?
お前達偉大なる一族が「武」とかいうものに執着している間に、我が一族はもっと大きなものを積み上げてきたのだ。
確かにお前達は強い。それは認めよう。もしかしたら、お前は私の元にたどり着けるかもしれない。
しかし私にその拳を当てることは出来ない。四人の側近とカイルがそれを許さない。三人が壁となり、一人が狙い撃ち、そしてお前達と同じ「武人」であるカイルが立ちふさがるのだ。
はっきりいって鉄壁だ。本当にそう思っている。あのカルロでも一人では突破出来ないように作り上げたのだから。
「……ふふっ」
心に満ちる優越感に含み笑いを漏らす。
だが直後、その心地よい感覚に水が差された。
(……しかし、本当は「盾」の一族の人間をあの三人のところに配するつもりだった)
同じ魔力至上主義の道を歩んできた「盾」の一族であるが、私に忠誠を誓うことは無かった。我が一族の傘下に入ることを頑なに拒否した。
(……まあ、いい)
今は考えても仕方の無いことだ。
今はこの戦いを終わらせることに集中すべきだろう。
(そうだ。そしてその後は……)
国を強化しつつ炎の一族をねじ伏せ、『次』に備えなくては。
(しかし、あの『使者』が言った事、あれは本当なのだろうか?)
全面的な信用は難しい。素性がよく分からない人間だったからだ。
だが、あの使者が言ったことを基本に考えると色々なことに辻褄が合う。そも、我が祖先が魔力至上主義の道を選んだのは『それ』が理由なのだから。
平和ボケしている場合では無い、国を強くしなくてはならない、その願いから我が祖先は声を上げたのだ。
(しかし、我が祖先がこの道を選んでからもう数百年経っている。『そいつら』はまだ我々のことを狙っているのだろうか?)
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