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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十話 武技交錯(13)

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   ◆◆◆

 一方、武神が降臨したと例えられたその戦場跡に、複数の影がうごめいていた。
 影達は兵士の残骸を漁っていた。
 彼らは戦場を主な仕事場とする盗人であった。
 朝になれば勝利者達が戦利品を探しに来る。実りのある仕事が出来る時間はこの夜しか無いのだ。
 そんな影達の中に一人、奇妙な者が混じっていた。
 兵士の残骸を漁っているが、べたべたと触らない。あまり調べない。
 その者は兵士の顔を確認しているだけであった。
 何かを見つけたのか、その者の足がぴたりと止まる。
 直後、その者はそこへ駆け寄り、拾い上げた。
 それは剣であった。
 月光がその剣の形を闇の中に浮かび上がらせる。
 独特のしなりを持つ刀身、それはアランの剣のように見えた。
 その者は魔力を通し、剣を発光させた。
 持ち主の顔が照らされる。
 その者はやはり、クラウスであった。

(間違い無い)

 アランの剣であることを確認したクラウスは、輝く刀身を下に向けた。
 赤く染まった地面が、無残な光景が照らし出される。
 クラウスは下を照らしたまま、ゆっくりとその場を回った。
 死体の顔を一つ一つ、丁寧に確認する。
 そして、場を三週ほどしたところで、クラウスは足を止めた。

(アラン様の死体が無い)

 クラウスは顔を上げ、視線をある場所へ向けた。
 それは占領されたクリスの城であった。

(……)

 生きているという確信が持てたわけでは無い。しかし、クラウスの中には「もしかしたら」という考えがあった。

   ◆◆◆

 二週間後――

 太陽が真上に差し掛かった頃、クリスの部屋で目を覚ましたリックは、ベッドから飛び降りた。
 傍にいた付添い人がその行為をやんわりとたしなめながら、ベッドの上に戻るよう懇願する。
 が、リックは「歩くくらいならもう問題無い」と、勝手な弁を返した後、さっさと部屋から出て行った。

   ◆◆◆

 痛む体を引き摺りながらリックが向かった場所、それは医務室であった。
 広い室内には負傷した兵士達が足の踏み場も無いほどに寝かされていたが、リックの目的は彼らを労う(ねぎらう)ことでは無かった。
 リックは彼らを踏まぬように注意しながら、奥にある扉へと向かった。
 扉の傍には見張りが立っている。

「開けてくれ」

 リックが頼むように言うと、見張りは懐から鍵を取り出し、扉を開錠した。

「どうぞ」

 リックは入室を促す見張りに軽く礼を言った後、中へと入った。

 中には先客であるリーザがいた。
 リーザは包帯だらけのリックに対し、「痛そうね」とでも言いたげな顔を作りながら口を開いた。

「あらリック、寝てなくて大丈夫なの?」
「ああ」

 リックは即答したが、明らかな生返事である上に、顔はリーザの方を向いていなかった。
 リックの視線は部屋の中央にあるベッドへ向けられていた。
 そこにはアランが寝かされていた。
 その体にはリックと同じか、それ以上の包帯が巻かれている。

「助かりそうか?」

 リックの質問に、ベッドの傍に立っている医者は難しい顔で答えた。

「手は尽くしましたが……なんとも言えませんな」

 これに、リックは医者と同じくらい難しい顔で「そうか」と答えた。
 二人の表情に引き摺られるかのように、場が静寂に支配される。

 しばらくして、リーザが口を開いた。

「……リック、どうして彼を捕虜にしたの?」

 本当は「なぜ殺さなかったのか」と聞きたかった。そうしなかったのは、棘のある言葉でリックから真意を聞き出すのは難しいだろうと思ったからだ。
 事実、リックは即答しなかった。
 答えにくい事なのか、それとも深く考えていなかったのか。
 正解は両方であった。
 最後の一撃が寸止めになったのは直感による結果だ。結局とどめを刺さずに捕虜にした理由も「なんとなく」である。言葉で説明するのは難しい。
 しかし理由を作ることは出来る。リックの理性は一つの答えを用意していた。
 それは、今さっき思いついた口実という感じの内容であったが、でっちあげというほどのものでは無かった。むしろ、心の奥底でずっと願っていたのではないかと思える、そんな内容であった。
 リックはその内容をゆっくりと口にした。

「……俺は、アランを我が家に連れて帰ろうと考えている」

 この答えに対し、リーザは怒りと疑問が混じったような顔で再び尋ねた。

「どういうこと? 捕虜は収容所に入れるのが規則なのよ」

 暫し間を置いてから、リックが口を開く。

「……それは教会の連中が決めたことだろう?」

 これに、リーザは驚きの表情を浮かべた。

「一体何を考えているの? 教会に楯突くつもり?」

 リックは首を振った。

「そんなつもりは無い。俺はただ……」

 言葉を濁すリックに、

「ただ? なんなの?」

 と、リーザが急かすと、リックは言葉を選ぶように、ゆっくりと続きを話し始めた。

「……俺はただ、炎の一族に帰ってきて欲しいだけなんだ」

 何を言いたいのかよくわからない、というような顔をするリーザに対し、リックはうつむきながら言葉を続けた。

「かつて、国が二つにわかれる前、教会というものが誕生する以前、我が一族と炎の一族は手を取り合い、良き関係を築いていたという」

 言いたいことが頭の中で上手くまとまったのか、リックの口調は徐々に滑らかになっていった。

「俺はそんな時代に戻ってほしいと思っているだけなんだ。アランを我が家に招き入れればそこへ通じる道が出来る、そんな気がするんだ」

 言い終えたと同時にリックは顔を上げ、リーザの反応をうかがった。

「……」

 リーザは何も言わなかった。
 リーザには何も言えなかった。
 リーザの中には炎のような感情が渦巻いていた。
 炎の一族と再び手を取りたい? けっこうなことだ。
 だが、なぜそれがアランでなくてはならないのか。
 私も炎の一族の一人だ。なのに、なぜ私ではだめなのか。
 我が家もれっきとした炎の一族の一門である。なのに、なぜ我が家は「裏切り者の残りカス」などと蔑まされなければならないのか。
 なぜ、アランに差し伸べられているその手が、我々に向けられないのか。
 私とアラン、何が違うというのか。
 憎らしい。そして許せない。
 邪魔をしたい。アランに向けられているその優しき手を叩き払ってやりたい。

「……」

 だからリーザは考えた。アランの未来を断ち切る手段を。
 教会の規則を理由に反論する?
 悪くない手だが、リックは強引にでも連れて帰るつもりだろう。
 もっと良い手がある。
 アランは瀕死だ。動けない。
 そして、リックは四六時中ここにいるわけではない。
 なら話は簡単だ。

「……」

 やることが決まったリーザは口を堅くし、時機を待つことにした。
 場に静けさが満ちる。
 リックはリーザが何か言うのを待っている。
 リーザはリックが部屋から出て行くのを待っている。
 これはアランにとって生と死の分岐点であった。
 そして、その天秤は死の方に傾いていった。
 痺れを切らしたリックが口を開く。

「……俺が言いたいことはそれだけだ。何も無いなら、俺は部屋に――」

 だが次の瞬間、「カチャリ」という、開錠の音が室内に響き渡った。
 リックとリーザが扉の方へ目を向ける。
 すると扉が開き、一人の男が慌しく室内へと入ってきた。
 その男はリックが知る人であった。

「お前は……確か、母の付き人の一人だったな? 一体どうした?」

 疲れ果てているのか、男はリックの問いにすぐには答えられなかった。
 しばらくして、話せる程度に息を整えた男は、声を上げた。

「リック様、大変な事が起きているのです!」
「なにがあった?」
「大きな声で言えるようなことでは……」

 察したリックは耳を男の口元に近づけた。
 男の口が動き始める。
 すると、瞬く間にリックの顔色が変わった。
 そして、男の口が耳から離れたと同時に、リックは声を上げた。

「それは本当か?!」

 男が頷きを返すと、リックはリーザに向かって口を開いた。

「すまないリーザ。俺は今すぐに故郷へ帰らねばならなくなった」

 切羽詰ったリックの様子に好奇心をくすぐられたリーザは、駄目元の気持ちで聞いてみた。

「何があったの?」
「……」

 リックはやはり答えなかった。
 リックはどう答えるべきか迷っていた。
 自分がこれからやることは決まっている。
 それは教会を敵に回す行為だ。
 そうなると、自分とリーザの関係はどうなる?
 リーザは教会側の人間だ。
 なら話は早い。リーザに言えることは、

「……すまないが、教えられない」

 何一つ無い。
 この答えにリーザは、「ふうん」と、興味無さげな素振りを見せただけであった。
 元から期待していなかったのもあるが、今のリーザには他に聞きたいことがあった。

「アランはどうするの? 今から一緒に連れて帰るつもり?」

 言われて気付いたらしく、リックは暫し考える様子を見せた後、医者に向かって口を開いた。

「教えてくれ。今のアランを馬に乗せて運ぶことは可能か?」

 医者は即座に首を振った。

「無理です。そんなことをすれば傷が開いてしまいます」

 リックはあきらめずに食い下がった。

「何日待てばいい?」
「……一週間は安静が必要かと」

 この答えに、リックは苦い顔をした。
 一週間、そんな時間を待つ余裕は無い。

「……」

 リックは考えた末、

「……リーザ」

 あきらめたような表情で、リーザに向かって口を開いた。

「アランはここに置いていくことにする。……すまないが、よろしく頼む」
「……」

 リーザは返事をしなかったが、その目は「いいわ」と答えていた。
 そんなリーザに対し、リックは念を押した。

「頼む、リーザ」

 これに、リーザは「やれやれ」というような顔で口を開いた。

「……わかったわ。手当てはちゃんと続ける。死なせないように努力する」

 真剣さが感じられないその返事に、リックは眉をひそめたが、

「……信じたぞ、リーザ」

 怒りを言葉に滲ませることはせず、早足で部屋から出て行った。

「……」

 その背を黙って見送ったリーザは、アランの方に視線を向けた。
 リーザの中にねっとりとした感情が湧き上がる。
 それは快感であった。暗く甘く、濃い感情であった。
 あの炎の一族の長、カルロの息子の運命を握っている、それはリーザにとって至上の喜びであった。

「……」

 さて、どうしようか。
 今この場で彼の人生を終わらせてしまおうか?
 悪くない考えだ。
 だが、もっと良いことを思いついた。

「……」

 リーザはゆっくりと、そして静かに、アランの傍へと歩み寄った。
 なでるように、アランの胸の上に手を置く。
 弱弱しいその鼓動を確かめながら、リーザは口を開いた。

「アラン……あなたは収容所行きよ」

 そう言って、リーザは優しく微笑んだ。

 それは悪魔の笑みであった。
 リーザは知っているのだ。収容所での生活が死よりも苦しいことを。
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