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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十話 武技交錯(12)

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   ◆◆◆

 その夜――

 戦いに敗れたクリスは、生き残った兵士達と共に森の中を歩いていた。
 その中には担架で運ばれるディーノとアンナの姿もあった。
 しかし、アランとクラウスの姿は無かった。

「……」

 クリスはうつむきがちに、力無く歩いていた。
 あまりにも、あんまりな負け方だったせいか、クリスは放心ぎみであった。
 クリスはぼんやりと先の戦いについて考えていた。

(……どうして負けた?)

 最初から城に篭っていたほうが良かったのだろうか?
 いや、それは駄目だ。敵の大将だったあの女炎使いは城壁に穴を開ける力を持っている。 事実、あのあと我々は城に逃げ込んだが、壁はあっという間に穴だらけにされた。それに、城内ではアンナの騎馬隊の機動力を生かせない。
 城壁が防御の機能を果たせないのでは城に篭る意味がほとんど無い。包囲殲滅されるか、狭い城内で乱戦になるだけだ。そして実際にそうなり、我々は敗れた。

(……そもそも、現在の城と呼ばれるものに防御効果はほとんど無いのではないか?)

 ずっと疑問だった。現在の城と呼ばれるものの建築様式は防御拠点としての価値を有しているのかと。

(そういえば――)

 かつて、王室会議でそんな議題が挙がったことがある。
 その議題を挙げた者は、壁を作るより穴を掘ったほうがいいと述べた。横方向からの直線的な攻撃を防ぐならば、壁よりも地面を利用したほうが良いと。
 これに別の者が反論した。高い壁があれば高所から攻撃できる。その利を捨てるのかと。
 穴を掘ることを提案した者はその反論にこう答えた。高所を利用したいのであれば、壁ではなく丘を作るべきであると。
 これに反論は特に出なかったが、議題は発展せず、流れてしまった。
 しかし、今のクリスにはその者が提案した穴を掘るという手段こそ、正解であるように思えてならなかった。

 クリスの考えは正しかった。
 はっきり言えば、現在の防御陣地の設計についての考え方は完全に間違っているのだ。
 光弾はほぼ直線の軌道を取る。そんな攻撃に対して、わざわざ身を晒して壁を張るのでは無く、穴を掘って身を隠し、大地を壁として使った方が効果的なのだ。騎馬突撃もこれだけで防御できる。
 穴を迷路のように張り巡らせればなお良い。敵にこちらの動きを一切見せずに奇襲、狙撃することが容易になる。
 この考え方は後に実践され、「塹壕陣地」と呼ばれるようになる。

 しかし直後、クリスは重なる思考を振り払うように頭を軽く振り、こめかみを押さえた。

(いや、そうじゃない、そうじゃあない。そんなことを考えたいんじゃあない)

 もっと強烈に印象に残っているものがある。
 わざと考えないようにしていたことだ。

(あの敵の士気の高まり、あれは一体なんだったんだ?)

 リックがアランに勝った、たったそれだけのことで敵兵達の士気は凶戦士のように高ぶった。
 リックとアランの戦いは一体どんなものだったのか。遠いせいでこちらからはよく見えなかった。想像しか出来ないが、とても劇的なもの、兵士達の心を強く掴むほど神秘的なものだったのだろう。
 もし、あれを真似できたら――兵士達を凶戦士の集団に変える、そんなことが自由に出来るようになれば、どれほど素晴らしいだろう。
 そこまで考えたところで、クリスは再び小さく首を振った。

(……いや、そんなこと出来るはずがない。それは神の領分だ)

 その時、心中にふと浮かんだ「神」という言葉が、ある古い記憶を呼び起こした。
 それは子供の時に読んだ、ある軍記の一説であった。

「時に、戦場に武の神が降臨することがあった。その加護を受けた兵士は皆、死を恐れず、死に祈りを捧げる神の戦士となり、敵を蹂躙していった。私はそのような出来事を『武神の号令』と呼ぶことにした」

(武神の号令、か――)

 確かに、神の力が乗り移ったと言っても過言では無い出来事だった。

(そうか、自分は武の神に敗れたのか)

 じゃあしょうがないか、そんなあきらめが一瞬浮かんだ後、

(……ふざけるな!)

 クリスの心は叫んでいた。

(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁ!)

 クリスはうつむいていた顔を上げ、星空を睨んだ。

(なにが『武神の号令』だ! なにが神の力だ! これが神の御意思だとでも言うのかぁ!)

 クリスは見えない何かに対して毒を吐いていた。

(神よ、俺は多くの仲間を失った! 城を、多くの臣下を、ハンスを失った! これがあなたの御意思なのか! 何度私から奪うつもりなのだ! 何度私に困難を与えるつもりなのだ!)

 ドロドロとした感情は少しずつ別のものに変わっていき、

(ふざけるな! ……ふざけるなぁ!)

 最後には炎のような感情だけがクリスの中に残った。

 クリスの心はとてつもない忍耐力と反発力を有していた。
 クリスの心をそのように鍛え上げたのは、今は亡きクリスの父とハンスである。
 クリスはまだあきらめていない。その心はまだ折れていない。この困難を逆に糧とし、その足を前に出すのだ。

 そして、あきらめていない男はまだもう一人いた。
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