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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十話 武技交錯(9)

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   ◆◆◆

 動かぬリックに対しアランは再び攻撃を仕掛けた。
 しかし、いや、やはりと言うべきか、当たらない。
 ゆらゆらとした動きで回避するリック。その動きに筋肉の硬直は全く見られない。
 風に吹かれて倒れたかのような動きで、素人目には回避動作にすら見えない。
 その異様な動きに当てられたのか、周囲にいる兵士達の表情が変わった。
 皆、呆気に取られたような顔をしている。
 その顔のいずれにも期待感の色は無い。
 その表情には僅かにあきらめの色が混じっていた。
 皆気付いていた。リックがさらに遠いところへ、さらなる武の高みへ辿り付きつつあることに。
 当然、アランもその事に気付いていた。
 だからアランは焦っていた。
 リックが手の届かぬ所に行ってしまう前に、自分に勝ち目があるうちに決着をつけようとしていた。
 攻めるアラン。受けるリック。
 先ほどまでとは打って変わって立場が逆になった双方であったが、その攻防には一つ違うところがあった。
 リックが放つ反撃は全て入っているのだ。
 攻めれば攻めるほどにアランの体には傷が増えていった。
 そして、リックは返り血を浴びながら、生傷を増やしていくアランを感情の無い瞳で見つめていた。
 リックの意識はゆっくりと目覚めつつあった。
 まるで夢を見ているような感覚であった。半覚醒とでも言うべきか、半分寝ていて半分起きている、そんな感覚であった。
 自分の体が自分のものでは無いように感じる。しかし動かしている感覚はある。
 体は勝手に動いているような感じだ。「ような」と表現した理由は、過程が後から伝わってくるからだ。
 何故自分はこう動こうと思ったのか、その思考の過程が動いた後に判明するのだ。
 だから、考える前に体が勝手に動いているという表現は当てはまらない。
 恐らく、自分はとても深いところで考えて動いているのだ。理性が及ばぬ深い領域で考え、行動しているのだ。
 根拠は無い。ただなんとなくそんな気がするというだけだ。
 だが、どうしてもこの考えが正解であるように思えてならない。

(……)

 答えを求めるリック。
 直後、理性がある記憶を紐解いた。
 それは古い武人のお話であった。
 その武人が使っていたというある技が、この問いの答えとして最もふさわしいように思えた。

(まさか、自分は「夢想の境地」を身に着けたのか)

 起を見せずに事を成す、そう呼ばれている技。会得すれば、先の先、後の先、そのような読み合いが無に帰してしまうと伝えられている神秘の技。
 自分は神秘を身に着けた、それを自覚した瞬間、リックの意識は震えた。
 武の神よ、あなたは一体どれほど遠いところにいるのか。
 奥義を会得したことであなたの居る領域にかなり近づけたと思った。手が届きそうになっていると感じた。
 しかしそれは間違いだった。あなたはまだ遥か遠いところにいる。
 感謝しかない。それに気付かせてくれたことに。感動的とすら言える。この男と巡り合わせてくれたこの運命に、さらなる武の高みへと導いてくれたことに、ただただ頭を下げることしか出来ない。
 命のやり取りに強い喜びを抱くリック。どこか狂気じみたその感情にリックは身を委ねた。

 リックの感動に水を差すようであるが、『夢想の境地』とは魔力を感知して相手の行動を読む技である。大げさな名がつけられているが、要はアランの神秘と基本は同じものだ。
 違うのは行動に移す過程。アランの場合は『台本』という形で表層意識にある理性に判断を委ねるが、リックの場合は深層意識が直接行動の決定を下す。
 理性が全く関与しないゆえに「起こり」が消える。脱力もその要因の一つになっているが。
 同質の技であるのに、アランの『台本』が『夢想の境地』に対して無力化した理由は単純である。深層意識の活動には魔力がほとんど使われておらず、読み取るのが困難なのだ。アランの感知能力ではかろうじて『悪寒』が走る程度である。
 こう書くとアランの『台本』は『夢想の境地』の劣化互換であるかのように感じるだろうが、そうでは無い。
 理性が強く機能した方が有利になる場合もある。以前にも述べたと思うが、アランの神秘は戦いに真価を発揮する能力では無いのだ。

 そして、薄々とではあるが、アランはそのことに気付き始めていた。
 自分の動きは完全に読まれている。が、こっちは相手の動きを読めなくなった。
 これでは勝ち目が無い。
 だが、そう分かっていてもアランは手を止めなかった。
 その原動力はディーノと同じ、「意地」であった。

 武の神はとても残酷なことをした。
 アランが神秘を身に着けるのにどれほどの死線を潜っただろう、何度死の淵に立たされただろう。
 リックはそれをたったの一度で成したのだ。

 アランはリックが持つ才能に、嫉妬を通り越した憤りを抱いていた。
 その煮えたぎった感情が、アランの脳裏にある記憶を呼び起こす。
 それは幼い頃の記憶であった。
 四歳になったばかりのアンナが放つ大きな炎を、物陰から盗み見ていた記憶。

(そうだ、思い出した。自分がこの感情を初めて抱いた対象はアンナだったんだ)

 あれを見たその日、自分は幼いなりに察したのだ。将来この家を支えるのは、上に立つのはアンナの方であることを。
 だから自分は貧民街へ逃げた。家から、厳しい父から離れたかったのだ。
 そして、父の厳しさはアンナに向けられるようになった。
 その事に自分は下衆な喜びを抱いた。だが、その感情はすぐに罪悪感に変わった。
 だから自分はアンナに優しくなれた。そうしなければいけない、そんな気がしたのだ。
 アンナはそんな自分を慕ってくれた。
 しかし、俺はその好意を素直には受け止められなかった。
 アンナに苦しさを押し付けたという後ろめたさがあったし、やっぱり悔しかったのだ。いつか追い越してやる、驚かせてやる、そんなことを心の奥底で考えていた。
 だから、剣の練習をしようなどという、ディーノの馬鹿げた提案に素直に頷けたのだ。自分の中にあったつまらない「意地」が、藁をも掴む思いで首を縦に振らせたのだ。
 この年齢になってようやくそんな単純なことに気がつけた。
 しかし、そのつまらない「意地」のおかげで自分はここまで来られた。神秘を身に着けることが出来た。
 だが今、目の前にいる男によって、その「意地」が重ねて生み出した成果は否定されようとしている。
 認めたくない。許せない。この「意地」をこの男に叩きつけてやりたい。

 だから、アランの心は叫びを上げた。

“せめて、せめてあと一太刀!”

 と。
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